サイアスの千日物語 百五十九日目 その三
「そういえば」
自身の周囲に散乱するフカでモコな
クッションを奪い合うように確保しつつ、
「アイーダ作戦で邂逅した際の
はねっかえりの捨て台詞。
『神は時を持たぬ』とは、
結局どういう意味だったのでしょうか」
サイアスはセラエノにそう問うた。
あの時のあの状況を思い返してみたならば、
まずは互いに互いを牽制しつつ安全に離脱したい
意向があり、それゆえ敢えてかの者は謎掛け的な
発言を成した風もある。
だがそも直前にサイアスから「見料を寄越せ」と
焚き付けられた上での事だ。見料と呼ぶに相応な
深い意味があるように思えてならなかった。
「んー、まぁそうねぇ……」
果実酒割りをチビチビしつつ、サイアスを
値踏みするように眺めるセラエノ。
「15・5・3かぁ……
まだちょい難しい気がするなぁ」
と言葉を濁した。
セラエノ語る数値が自身の知力に観測技能
そして魔術技能だと即座に理解したサイアス。
理解はしたが納得はいかないので
「そこを何とか一言で」
と軽く小首を傾げて食い下がった。
セラエノもまた即座に応じ
「時間はノーカン」
と語るもサイアスは
「成程、判らん……」
益々小首を傾げまくった。
じゃけゆぅたろぉも、と何やらぶつくさ
膨れつつサイアスの手元から茶菓子を着服し
「『時』とは概念。『魔』も概念。
しかも高次が接頭する存在だから
上位階型でも何ら不思議はないわけで。
まぁ多分『時とは何か』から説明しないと
いけないだろうから今この場では無理だね。
そのうち小分けな書面で実家に送るから
それ読んでよ。急ぎの案件でもないし
当座は通信教育でいいだろ」
「そうですか」
確かに今すぐは判りようがない、と
あっさりそこを認めつつも
「初回特典は特製バインダーで
お願いします」
とオマケを要求するサイアス。
知力や魅力、雄弁に話術といった
会話交渉に係る能力が着実に
高まっているようだった。
「全巻揃えたら時空時計が完成か!」
「そんな凄いものがあるのなら
勿体ぶらずに今すぐください」
「ノンノン!
それじゃ浪漫がない!」
蓋しどちらももっともではあった。
「まぁ何にせよ宴までに間に合えば」
と嘯きつつ、果実酒割りの二杯目を
二人分用意し始めたサイアス。
「……フフ、多少は勘付いてるのか。
うんうん、確かにそこなんだよね。
ただ現段階では私としても、いまいち
確証が持てないんだなぁこれが。
まぁ次の宴では君ん家と縁浅からぬ
ヤツが出てくるのはほぼ確実なんだけど」
と語るセラエノに物言いたげな表情を。
しかしセラエノは示唆に留めて明言は避け、
サイアスはそれ以上追求はしなかった。
結局のところ、いかに天地千年を見通す
大賢者であろうとも、人の身で在る以上は
知覚できる範囲に自然限度が出てくるのだ。
セラエノと言えど高次の存在たる魔について
全て読みきる事はできぬし、参謀長という立場を
思えば迂闊に言質を取らせるわけにもいかぬ。
要は痛し痒しといったところなのだ、と
サイアスは理解した。
「ま、ともかく当座は平原だよ。
今日の本題はそこらでね…… っと。
まずは君にお祝いを言っておかないと。
サイアス、所領安堵おめでとう。
ライナス殿も鼻が高いだろう……
後は焦らずじっくりと、君のために
君自身の物語を紡いでいけばいい。
とはいえ新たなる人の世の守護者、
絶対強者たる城砦騎士となったからには
これまでと対して変わらないのだろうけどね」
とセラエノはサイアスを寿いだ。
サイアスの所領たる騎士団領ラインシュタット
には今後平原に対する最前線の拠点としての
価値が大きく付加される。
端的に言って兵を集める側になるわけで、
中央城砦への兵士提供義務は当然の如く
免除される事となった。
兵士提供義務による所領の衰退を避けるべく
千日の猶予を待たずして入砦したサイアスは、
これにて自身の目的は果たしたのだった。
自領を護るのに軍備を整えるのは当然で、
騎士団側の下命はサイアスにとっては
一挙両得の内容とも言えた。
「騎士団長閣下からは、まずは所領の
発展に尽くせ、と下命を受けました」
多量の兵を保持するには多量の食料と金が要る。
多量の食料と金を保持するにはまず以て国力を
高めねばならない。つまりラインシュタットに
とり自国の発展は軍務そのものであった。
「んだねー。
発展のさせ方には色々あるけど
方法論はお任せさ。必要なお膳立ては
全て引き受けるから自由にやるといい。
もっとも1点だけ、確実にやって欲しい
事もある。それは水軍の編成と調練さ。
艦隊戦やれる規模で頼む。勿論、
異形相手でね……」
セラエノはそう告げ不敵に笑んだ。
自由にして良いとしつつも、要求はべらぼうに
高度かつ困難。これに応えようと思うなら
結局万難を排して取り組まざるを得ず、
自由にする余地なぞありそうもない。
ある意味「いかにも」な要求を受け、
サイアスは苦笑し小さく肩を竦めた。




