表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1190/1317

サイアスの千日物語 百五十九日目 その二

「やぁやぁ久し振り。

 元気してたぁ?」


本城中央塔天頂部特別区画。

通称「セラエノの庵」。


巨大な四角錘をした本城の頂点と一体化して

いるこの庵へと、大空に面した正面玄関から

お行儀良く来訪したサイアスへの挨拶だった。


「ご無沙汰しております。

 ご健勝そうで何よりです」


吹き込む背後の寒風をまずは遮断して

サイアスはセラエノに向き直り一礼した。



「大体80日くらいになるかねぇ?

 君が戻る前に起きれて良かったよ」



中二階ロフトの縁に腰掛けて

足をプラプラさせつつセラエノは笑った。


サイアスとセラエノが最後に会ったのは

ラインドルフ襲撃の起こる前日の事だ。

その後程なくセラエノは休眠期間に入った。


既に3段階目と見做されている重度の

「水の症例」により、セラエノの眠りと

目覚めは1朔望月単位を超えていた。


セラエノは自身の覚醒のピークが黒の月、

闇夜の宴に重なるよう長年調整し続けていた。


よって黒の月とその前後80日ほどを起き、

続く80日前後を寝て過ごした。そして次の

黒の月と宴までは休眠期間を意図的に連続させ

「寝溜め」をし、次なる黒の月とその前後を

不眠不休で乗り切るのだった。


今はそうした連続する休眠期間の丁度狭間で、

かなり意識もはっきりしていた。そうした折は

極力起き上がり、身体を動かすようにしていた。





「水の症例も3段階になると

 完全に人を選ぶというか……

 普通は廃用症候群でアウトだからねぇ。

 まぁ君はその点心配要らないみたいだけど」


広間の奥までやってきたサイアスへと

自身の補佐官なアトリアが寝起きに合わせ

差し入れた酒肴などをすすめつつ、セラエノ

はパタパタと翼を揺らした。


廃用症候群とは心身に具わった機能のうち

長期間使わぬ状態にあるものが、他ならぬ

自身の心身によって不要と判断され切捨て

られていく症状を指す。


目安としては10日寝たきりで1割ほど

起きて動くための機能が廃れるとされる。


1朔望月も眠れば3割は劣化する訳だ。

そして落ちた能力を取り戻せなければ

そこからさらに3割ずつ落ちていく。


要は並の人にとり、水の症例3段階目は

限りなく老衰に近いのだ。これを克服できる

のは地の能力が途轍もなく高いか、覚醒時に

途轍もない修養を積み上げ復帰し得るか。


さもなくば、能力の低下を抑制し得るかだ。



「……閣下もまた入砦前、アウクシリウムで

 メディナさんと会っているのだと

 伺っております」



進められるままモフモフのクッションに

モフっと腰掛け、自邸の「堕落の間」のお陰で

すっかり常態化してしまったゴロゴロモードに

入りそうなのを辛うじて堪える風のサイアス。



「ん? あぁ……

 その話も後でちょっとしようか。


 まずはお礼を言わせてちょーだい。

 小湿原とズーの件、よくやってくれた。

 あと護衛の件も助かった!


 ……護衛中に吐いた暴言については

 まぁ、見逃してやる事にいたそうぞ」



そう言うとセラエノはピン、

と右の人差し指を弾いた。


すると広間の卓上で巻貝らしき宝飾がキン、

と音を立て、どこかで聞いた声を奏でた。



『深夜に御婦人の寝所を襲うとは

 どこまでも見下げ果てた奴だ。

 ……相手が幾つか知っているのか?』



どこかで聞いたどころではなかったが

サイアスはしれっと悪びれるところなく



「飽くまで武略の一環ですので

 悪しからずご了承ください」



と勝手に果実酒割りを作って頂戴した。





「私にも寄越せぇ!」


とじたばたし出し、即刻同じものを

差し出されたセラエノは



「しっかしあの四枚羽のヤツ、

 結構な大物になったねぇ」



と嘆息気味にチビチビ呑んだ。



「まったくです。それに何より驚いたのは、

 奸智公同様何やら達観しているというか。


 人に対する何らの憎悪も敵愾心も

 持ち合わせていないように感じました」



とサイアス。


かつては四枚羽。そして今は「はねっかえり」

であり「アン・ズー」であるかの上位種に

ついては一通り借りを返し終えたと考えて

いるため、どこか楽しげに語っていた。



「楽しそうだった、ってか。その辺は

 もぅ根本的な精神構造が違うから

 気にしない方がいいけども。


 とりあえずズー連中が宴以外では傍観

 してくれるってだけでもこっちは

 大助かりだよ。


 お陰で荒野東域の制空権が取れた。

 次の作戦でこれが飛び切り活きて来る。

 10年は掛かると思ってたんだけどねぇ」



セラエノは当初より、サイアスに与えた

戦略目標について、特段の期限を切っては

いなかった。強いて言えば自身が再び覚醒期に

至る頃に何がしかの成果が見えれば、といった

程だったが、蓋を開ければ数十日で十数年分。


歴史の流れを歪めるが如き大成果であった。





「小湿原についての対応は

 あれで良かったものでしょうか」


とサイアス。


果実酒割りのつまみを物色し始め、

セラエノも中二階から降りてきて加わった。



「最良なんじゃないか?


『世界樹』に関しては私も実在の可能性を

 推察していただけだったんだけど、そうか

 やっぱりあったのか、てとこだねぇ……


『百頭伯』がこのまま黙って見逃してくれる

 とは思い難いけど、奸智っちと敵対してる

 のは有り難いね。てか奸智っちは案外

 懐柔策に乗ってくれそうな気がするなぁ。


 まぁその辺は今後の君次第だけど」



かつてセラエノがサイアスに出した指示とは

小湿原の植物相を保全したままズーを排除する事。

他の要素については一切説明していなかった。


世界樹の存在や百頭伯とその眷属に纏わる諸々は

セラエノとしても薄々勘付きつつあった、程度の

状態で、此度の顛末を得てようやく確証を持てた。

そういう次第だった。


とまれサイアスは休眠前のセラエノにより

与えられた密命を完全にこなしているし、

世界樹を盆栽として保守してさえいる。


さらには三の丸の礎を築き、魔や眷属との間に

不戦協定を結んでものけた。満点以上の出来だ。

そうした要素を一つずつ再確認するにつけ、

セラエノの機嫌はすっかり有頂天となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ