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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
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サイアスの千日物語 百五十九日目

参謀部でも巫女級と評される高い魔力を有する

がゆえか、意図せず歌声や音色に魔力の宿る

サイアスにとって、都合2時間区分にも渡る

リサイタルとは儀式魔術の履行にも等しい。


適宜手を抜けばいいのだがそこは歌姫。

プライドが許さず全力で取り組み、達成感

と共に寝入って起きた時には二日経っていた。


帰境絡みの引継ぎはその間にとどこおりなく

済んでいた。後はサイアス自身の「別件」

とやらを待つばかり。その別件とは二つあり、

そのうち片方の方が付いたようだ。


第二時間区分半ば、朝食後の小休止の折、

例によって例の如くステラが届けたのは桐箱。

紐解き現れ出でたのは、蒼みの強い黒の杯だった。


シルエットは西方諸国で広く見られる

ゴブレットに程近い。当世見られるそれらの

大半は金属製。或いは厚手の玻璃に彫金細工を

施した、豪奢で重厚な様式のものが主体だった。


だがこの杯はそうした西方風のシルエットを

有しつつも内実として東方風。宝飾要素はごく

僅かに留まり飽くまでも肌の美しさを

引き立てる役目に徹していた。


そう、この杯は西方風な東方の陶器。

杯というよりは足付きの茶碗であった。


青みの強い黒の地肌は夜空のよう。足には

靴を履くように銀細工を纏い、雫の下半分に

似た胴部には不可思議な紋様の輝きが散在した。


眺める角度で色味を変えるこの輝かしい紋様は

夜空に瞬く星々に似て、ともすれば地味にさえ

見えるこの杯を自ずから華やがせていた。


そして一度(ひとたび)上から覗き込んだなら、内側には

夜空に揺蕩たゆたう天の川、或いは銀河の深奥を

彷彿とさせるとりどりの虹彩が湛えられ、

垣間見る者を幻想の彼方へと誘った。



「これは……

 天目茶碗、ですか?」



東方諸国の元神官であり

かつ巫女でもあった博学才穎はくがくさいえい

ディードは予感に震える声で問うた。



「依頼したのは100日前。


 製法の取材からお願いして

 じっくり手間隙を掛けて貰った。


 帰境に間に合って良かったよ」



そう告げ目で笑むサイアスは

手にした杯をディードへと差し出した。



「『星杯』を君へ。

 早速今夜にも掲げよう」


「我が君……」



ディードは暫し言葉を失った。


そして暫しの後、杯を恭しく掲げ

一礼し愛おしげに杯を抱きかかえた。





東方諸国のとある国。

その神嶺の頂きにある「星天宮」。


天の川を神格として祀る唯一の社であり、

天地開闢てんちかいびゃく独神ひとりがみ、今は銀河の中心で妙なる

音色に包まれて永久に微睡み続けるという

天之御中主神あめのみなかぬしのかみ」を祭神とするその星天宮の、

ディードは神官であり巫女だった。


天之御中主神への祭儀は奏楽を専らとし、

或いは白銀のフルートを奏で、時に舞った。


だが荒野の死闘を経て隻腕となったディード

には、最早その音色を自らの神へと捧げる事が

できなかった。そこでディードは御神体である

「繚星」に加え、白銀のフルートをもサイアス

へと譲り渡していた。


サイアスはディードの意向を汲んだ。

そしてその祭事を自ら引き継いだ。


だが。


それでディードの抱く喪失感。


生を得てより20年に渡り仕えてきた

大いなる神との繋がりと、神官として、巫女

として生きてきた尊く誇らしい自身の過去。

これらに対する喪失感が、それで埋まる

はずもない事を、サイアスは判っていた。


そこでサイアスは新たなる天帝への祭事を。

すなわち後世「サイアスの星杯」として伝わる

祭事を新設した。これは自身の故郷が酒どころ

である事を多分に利した両得なものではあった。


だが本質的にはディードのため。

ディードがかつてと同様に自身の神への祭事を

隻腕でも問題なく、さらに誇りと共に主催できる

ように。失った大切な過去を取り戻せるように。

そういう意図によるものだったのだ。


ゆえにサイアスは自身が天之御中主神と

「繋がって」新たな「銀河のかんなぎ」となり、

ディードから繚星に次ぎ白銀のフルートをも

引き継いだあの日に資材部へと依頼を発し、

それが今日この日届いた。そういう次第だった。





「……我が君は。

 優しすぎますね……」


「さぁ…… どうだろう」


薄らと涙ぐみ笑むディードに

サイアスは小さく笑ってみせた。



「とんだ女ったらしよねぇ」


「大変語弊があるようだ」



嘆息しつつも得意げなロイエに

サイアスは苦笑し異議申し立てた。



「この女の敵ぃ!」


「是非とも鏡を見てくれ」


「きぃいいいぃい!」



便乗して非難するシェドへは

正当な反論を成し、シェドのリア充への

すべからき爆散をこいねがう熱い想いはたぎりまくった。





と、忽然とアトリアが現れた。


アトリアは参謀部中三役の1人という要職に

在りながら、同じく三役なヴァディス同様

「サイアス派」である事を公言してはばからぬ。


よってサイアス一家からは公邸への自由な

出入りが許可されるほど信頼されていた。



「閣下、参謀長がお会いしたいそうです」



軽く会釈しそう告げるアトリア。


アトリアの役職とは参謀長補佐官

であり、また監察の長であった。



「参謀長が? 起きたのかい」


「先日の戦勝式典と前後して目覚めたようです。

 もっとも一時的に眠りが浅くなっていると

 いうだけで、完全な覚醒常態にあるわけ

 ではありません。

 

 とは言え思考は十分に働くようですね。

 ここ数日は休眠中に起きた状況の変化やら

 今後の展望の算出やらに熱中されていました」



セラエノの「水の症例」すなわち「眠り病」

は4段階目に程近いと言われていた。


眠り病では休眠期間が常人より長くなる。

2段階目で休眠期間が1日を超え1日単位での

生活様式が崩れ、3段階目で1朔望月単位へと。


4段階目に至れば年単位と目され、その先に

ついては判らない。そういう症状だった。



「成程。じゃあ午後にでも」


「伝えておきます」



気さくに応じ、小さく頷くアトリア。

共に死線をくぐってもいるため他の軍師との

それに比して互いに随分気安いやりとりだった。

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