サイアスの千日物語 百五十六日目 その二
ずば抜けて騒がしい約1名は不在なものの
それなりに賑やかな朝食と小休止を楽しんだ後。
サイアス小隊の面々はそれぞれ自身の「軍務」
へと移った。軍務といってもそこは特務専門
の第四戦隊。それも特務中隊だ。
平素は待機が主任務となっている。
もっとも副長曰く「待機は遊撃と同義」
との事でもあり、命が無ければ勝手に動く。
さしあたっては帰境の日取りが延びた事を利し
少しでも稼げるうちに成果値を、と技能訓練に
励む傾向があった。
特に騎兵隊を有する第四戦隊所管の敷地には
専用の厩舎と特大の馬場があるし、他には
戦技研究所だってある。少し南には劇場が
あって軍楽隊として楽器の訓練もできる、と
とかく技能訓練の場に恵まれていた。
そこでサイアスとラーズ、そして
書類しばきに飽きたロイエは揃って
馬術の鍛錬へ。
クリームヒルトと肉娘たちは戦技研究所へと
向かい、異形らを模した絡繰との模擬戦に
励む事となった。
肉娘らは、元々身的能力に秀でていたため、
諸々の戦闘を経て戦力指数が3以上へと
成長していた。つまり種族水準値な個体で
あれば、既に単騎で撃破し得る状態にあった。
そこで彼女らは最近導入された新型となる
大口手足を模した絡繰を単騎撃破する事を
目標にして、日々熱心に鍛錬していた。
肉娘らは元よりサイアスの護衛として第一戦隊
の長オッピドゥスの肝煎りにて派遣されてきた
人員だ。護衛対象が平原に戻るなら当然着いて
いくべきだと息まいていた。
ゆえに此度の帰境に際しては是が非でも、鎧に
齧りついてでも着いていくと主張して聞かず、
実際に齧り付き食してしまいそうである事や
今さら10人も20人も変わらぬとの考えから
同行を許可されていた。
そうなると帰境中に対異形戦の経験が積めぬ。
つまり下手をすると、戻ってくる頃には技能値
や戦力指数でうっかり伝令なシェドに抜かれて
いるという事態に陥るかもしれない。
それは仮にも戦闘員として、他にも色々と
屈辱極まるとて、とにかく少しでも鍛えて
おこうと躍起になっているのであった。
他の面々としてはデネブが例の如く厨房へ。
厨房長ナタリーを始め食堂の面々からは
すっかり我が子の如くに可愛がられており、
幾つもの自慢の料理と技法を伝授されていた。
ディードはベリルの座学に着き合い、
ニティヤは何やら熱心に縫物を。
妖糸の使い手であるニティヤにとって裁縫事は
良い鍛錬となるため、趣味と実益を兼ねて
一家や小隊員の衣装等を頻回に作成しては与え、
その精緻な出来栄えを大層喜ばれていた。
さてサイアスらが自邸を出でて営舎を貫く
通路を北東の詰め所へと進んでいくと、西手に
並ぶ居宅の扉のうち詰め所から二番目が開いて
おり、資材部の人出が大勢出入りし賑やかな
有様であった。
第四戦隊の詰め所のうち旧来の建物は、本城の
城壁に並行する形で建っており、俯瞰すれば
居宅の連なる通路は北東から南西へ45度の
角度で伸びている。
そして通路の北東には詰め所、南西には食堂。
概ねそういう構造と成っていた。
通路の西手では北から順に城砦騎士のための
ための邸宅が4つ並び、一番北、詰め所の
すぐ隣が特務隊長たる城砦騎士マナサの邸宅だ。
つづく2邸は空き部屋となっていて4つ目が
騎兵隊長たる城砦騎士デレクの邸宅であり、
続けて四戦隊兵士長級の居宅が8つ。
ただし何とも恐るべき事に、この四戦隊兵士長
向けの8つの居宅のうち1つ目から6つ目まで
は魔改造の末元兵団長にして今は城砦騎士たる
サイアスとその小隊のための邸宅となっている。
城砦騎士用の邸宅の概ね3倍の敷地を占有し
2割が小隊用詰め所。3割が肉娘5名が居室だ。
残る半分、つまり騎士用邸宅1.5軒分を
サイアス一家の私邸とし、そのうち3分の1、
四戦隊兵士長のための居室概ね1つ分こそが
個人宅用としては城砦随一と言われる、件の
大浴場であった。
全ての資材部職人と工兵にとり、サイアスは
最上の得意客である。サイアスが近付くと
直ぐにこれに気付き、代わる代わる現れては
にこやかに会釈し作業へと戻った。
そのうち現場責任者らしき人物が現れて
磨き抜かれた飛びきりの営業スマイルをキメた。
「やぁステラ。
親方への昇進おめでとう」
とサイアス。此度の施工における責任者。
すなわち職人頭たる親方とはステラであった。
ステラは他と共通の装束としてガンビスンと
ホーズを纏っているが、別途唯一人黒い
ビロードのベレー帽を被っていた。
ベレー帽には茶色に染め上げた大振りの
羽飾り。そして銀のメダリオン。大振りの
羽飾りは木工の師範格を示し、同様に銀の
メダリオンは彫金の目録を証立てていた。
トリクティアの著名な木匠マリウスの愛弟子
ステラは入砦以来その技量を磨きに磨き、遂に
は木工の印可を得て師範格となったのだった。
「有難う御座います! でも銘は
今後も『ステラ・ディ・マリウス』で
いきますので、宜しくお願いいたします!!」
とにこやかにステラ。
平原随一の木匠と名高い師匠の名を
とことん使い切る気のようだ。
「ここもそろそろ仕上がるのかい?」
とサイアス。
マナサ邸の隣に位置するここは、誰あろう。
第四戦隊副長代行並びに騎兵隊長代行へと
任じられた城砦騎士にして軍師。サイアスの
姉たるヴァディスのための邸宅であった。
ヴァディスは四戦隊営舎へと引っ越すにあたり、
自身の邸宅への改築を要求した。改築内容とは
マナサ邸との内部での連結である。
ヴァディスは平素よりサイアス邸やマナサ邸に
頻繁に来訪していたので、出向任期が過ぎても
そのまま別邸代わりに使えるよう自身用の邸宅
をマナサ邸の一部とする意向だった。
ヴァディスはベオルクとデレクが中央城砦へと
帰還するまでの1朔望月間、この邸宅で自身の
愛馬ゲイレルルの「巫女」と共に暮らすらしい。
騎士団長チェルニーとその供回りや参謀部の
軍馬や馬車といった中央塔関係者の軍馬らは
城砦外郭の南側の厩舎の預かりであった。
ヴァディスは当座四戦隊騎兵隊長を担うため
愛馬共々巫女も引っ張ってきた格好だった。
「午後2時には完成致します」
とステラ。
「じゃあうちらは午後、
引っ越しの手伝いするわ」
とロイエ。
「夕方からは宴会かな……」
と小さく肩を竦めるサイアス。
ただでさえお祭り好きな四戦隊の下に
城砦美女ランキング1位が出向してくるのだ。
戦勝式典なぞ目ではない大騒ぎとなるだろう。
「あの二人、お次ぁ二日酔いで
寝込む事になりそうだなぁ……」
クツクツと肩を揺すって笑うラーズ。
サイアスらの帰境は未だなお
数日延びそうな気配であった。




