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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1184/1317

サイアスの千日物語 百五十四日目 その三

此度の騎士団全体規模での再編成にあたり

防衛主軍たる第一戦隊が斯くも派手なる変貌を

遂げるその一方、主攻軍たる第二戦隊では人員

が200程増えた事を除けばその変化は僅少に

留まっていた。


その最たる事由は死傷者の多さだ。


平原の人口に膾炙かいしゃする城砦騎士団への風評。

すなわち「ひとたび荒野の死地へと赴けば

一年と経たずに命を落とす」とはまさに

第二戦隊の在り様を謳ったものであるからだ。


本城砦歴107年度においては第273日目な

現時点で既に150程の死傷者を出している。

なおこの数値には新兵以下の階級者は含まれて

いないため、実値はともすれば数倍となろう。


これでも例年の6割に抑えられているのだが、

第二戦隊の戦闘員数が300であった事を

思えば内実として半数もの人員が入れ替わって

いると言えた。



そも城砦兵士とは人口4億の平原から送られて

きた補充兵を異形との死闘で篩いに掛け、まず

もって人智の外なる恐怖に打ち克ち、その上で

戦闘し勝ち抜き生き残った選りすぐりの強者だ。


1名で平原兵士1個小隊に匹敵すると言われる

彼らの代わりなぞ、そうそう軽々に充当できる

ものではない。


自然新旧の兵で錬度に歴然たる差が現れる。

結果入砦して日の浅い若手ほど死に易く、

さらなる若手新兵へと入れ替わっていく。


ベテランと新兵の二極化が際立つ

負のスパイラルが発生する事となった。


また補充兵のうち屈強なる体躯を有する者は

まずもって第一戦隊へと優先的に引き抜かれる。

よって大抵はあとに残された、重甲冑を纏うには

色々と足らぬ者が二戦隊へと入隊し、軽装のまま

異形との死闘に挑むのだ。


荒野に棲まう異形らは人より大きく強い。

重甲冑や重盾なくば一撃たりとも耐え得る

ものではなく、一撃必殺を標榜し志向するも

未熟な若手新兵でそれを確実に成せる者は稀だ。


第二戦隊では一部を除き他戦隊のような平時の

部隊編成を有していない。平時は兵員各位が

独自に鍛錬に励み、機をみて張り出される

軍務告知に応募する形で任に就く。


黒の月と闇夜の宴や合同作戦等強制参加となる

ものを除けば、平素の軍務についてはかなりの

裁量が各位に認められており、これも錬度の

格差に拍車をかけていた。


ざっくばらんに数値で示せば、第二戦隊戦闘員

の大多数は戦力指数が1以下であり、残る一部

はこぞって4以上。第一戦隊戦闘員の大多数が

そうであるような、戦力指数2や3の者が

ほとんど居ない状態であった。





もっともこうした、いと死に易き第二戦隊員ら

へも、神将サイアスの影響は如実に出ていた。


何せ本来ぽんぽこ死に往く兵を一兵たりとも

死なせずに、適度な実戦経験を積ませた上で

確実に生還させるのだ。


お陰でこれまで希少であった戦力指数2や3の

熟練兵の割合が少なからず増えた。戦力指数は

乗数であるからその戦力の増強振りは爆発的で、

結果戦隊全体の死傷率を昨年より4割減らして

おり、第二戦隊長たる剣聖ローディスから直々

に感状と宝物が下賜される程であった。


とまれこうした良い流れには是が非でも乗る

べしとて、第二戦隊ではまずは従来通りの

兵員増をはかり、その上でこれまで各個の

好きにさせていた教練を戦隊側で頻回に

主催する事とした。


また特定技能に特化した職人派な将兵の多い中

若手城砦騎士たるセメレーが指揮能力において

頭角を現し始めたため、通例1個中隊50名

までとされる城砦騎士としての指揮権を倍加し

員数100までとして、強襲部隊長ウラニアと

同様に平素より中から大隊の運用を経験させる

事とした。



総じて戦闘員数が300から500へと増え、

戦隊長と副長のような役職持ちを除けば50と

されてきた城砦騎士の兵団における指揮権を

2名に限り100に拡張。


また将来の戦隊副長候補として第一戦隊より

兵士長ヴァージルを副長補佐官として抜擢。


城砦騎士ヴァンクインを戦闘員50名と共に

北方領域中北西の拠点エルデリートへ常駐

させる。第二戦隊における再編成は、概ね

こういった次第となっていた。





第三戦隊では合同作戦が始まる以前より

進められていた本城勤務な職人や兵員らの

内郭北西区画への移住と住環境の整備。


さらには中央城砦近郊の各拠点を中心とした

大規模な施工への対応に加え、他戦隊における

再編成の承認と諸々の手続き等、平常通りに

忙殺されており、ぶっちゃけ自隊の再編成

どころではなかった。


だがそうした全てを上書きする形で1点だけ。

戦隊長ブークの長年の悲願であった軍楽隊の

編成が粛々と進められていた。


これまでの荒野での107年間、城砦騎士団

では軍楽を重要視してはこなかった。理由は

敵が人間ではないこと。中央城砦に拠った

夜間の篭城・防衛戦が主体なためだ。


遠征して野戦する必要がない上に伝令制度の

発達した中央城砦では、軍鼓や喇叭すら用いる

機会が乏しく、平原の人同士の戦において野戦

の名手として名高かった騎士団長チェルニーが

独自にかかえる者を除けば専門家が居なかった。


また当節平原においても楽器は嗜好品であり

平原を遠く離れた荒野ならなおさらで、そも

楽器に触れた事のある人材が希少である事。


また第二戦隊内の戦力格差と同様に、とかく

敵が強大で容易く兵員が死傷する状況下、熟練

を要する楽器の扱いに長けたものを定数揃える

事ができないという致命的な問題もあった。


だが個人単位で楽器を所持し、これを得意と

する者は兼ねてより少なからず在籍していた。


そして此度はそうした中、異形との死闘の

最中であってすら平然と奏楽を成し、その音色

で魔すら魅了する「誓いの歌姫」なる空前絶後

の人材が登場した。


歌唱に長け奏楽に長じ楽典に明るく編・作曲

すら可能。宮廷音楽長(ミンストレルマスター)としてやっていける

水準のヴィルトゥオーソでありマエストロだ。

この機を逃す手なぞなく、配属式での演奏会を

経て楽器を揃え、遂には劇場まで建設した。


ここにブークは満を持して第三戦隊の所管と

して城砦騎士団軍楽隊の設立を果たし、自ら

初代軍楽隊長に就任。


かの歌姫サイアスを副長に迎え50名の隊員を

抱え、まずは劇場のこけら落としとなる演奏会

を目指す事と成った。






第三戦隊軍楽隊の特徴としては、隊長以下

構成員の全てが戦隊内外の他の役職を兼務

している点が挙げられる。


これまでの二度の演奏はどちらも荒野の戦の

第一線で軍務に励む兵員らから、特に奏楽の

心得のあるものを抜擢採用してあたっていた。


ゆえに演奏会が済めば彼らは再び現場の軍務に

戻らねばならず、長期的に軍楽隊のためだけに

拘束することは困難であった。


よって50名規模といえど一度に用い得る

のは現状多くて2、30名だ。また異形との

死闘で用いるがゆえに膨大な成果値を得られる

戦闘技能とは異なって、通常技能は荒野でも

平原と変わらぬ仕様で獲得し磨かねばならない。


要するに一流の域にまで育てるのが多分に

困難だ。幸い此度の演奏会では隊員らの

幾ばくかの心神耗弱と引き換えに、総員が

技能値2にまでは達していた。


そこでブークはまずは裾野を広げるべく、

騎士団全体に対し、劇場へ足を運び望みの

楽器を借り受けて奏楽の修練に当たる事を

第三戦隊発効の特務に認定した。



1時間奏楽の訓練をする毎に勲功10点。

1時間区分6時間丸ごと費やせば100点。

技能値が上昇した際は技能値x1000点。



まったくズブの素人であっても軍務の合間を

縫って僅かずつから勲功を稼げ、とりあえず

ギコギコゲイゲプップクプーと楽しんで

うっかり技能値1に到達すれば報酬勲功が

アウクシリウムでの特別休暇一回分だ。



劇場にはひっきりなしに兵らがやってきて

既に正規な楽隊員と共に四六時中音色を

響かせる事となり、これを視察し才ありと

見て取るやすかさずブークがスカウトする。


そんな感じの思惑を胸に、軍楽隊は実に

順風満帆なスタートを切る風であった。

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