サイアスの千日物語 百五十四日目 その二
再編成後の第一戦隊中4大隊のうち、残る
2大隊における戦闘員数の割り当ては共に
100ずつとなっていた。
もっともこれら2大隊はそれぞれの拠点の基幹
を担っているに過ぎず、実際は他戦隊等の部隊と
混成しての運用となる。そのため総体としては
員数に比してかなり大規模であると言えた。
北東大隊では此度の大々的な再編成において
大隊自身にはほぼ有意な変化が無かった。
魚人との暗黙の共闘や魚人を追う大型種の西方
への移動。さらには羽牙との不戦協定を経て
すっかり安全度合いの増した北往路と支城近郊
だが、物資を平原よりの輸送に頼る中央城砦に
とり同地が最重要拠点である事には変わりない。
そのため城主シベリウス以下精兵100名は
全て残留し、参謀部より出向中の軍師にして
祈祷士「沼跳び」ロミュオーも留任。
連合軍よりの駐留騎士団は共和制トリクティア
の機動大隊からフェルモリア大王国の鉄騎衆
へと交代しこれが50名。
さらに小湿原全体を覆う長城と呼ぶべき
巨大防壁の施工管理のために、第三戦隊より
工兵が十数名常駐した。
これに加え赤の覇王の肝煎りで少しでも対異形
戦闘を経験させんと派遣されてくるトーラナ兵
が50名。非戦闘員も含めれば総勢300弱
へと遷移しており、結果として従来の2から
3割増と成っていた。
フェルモリア大王国の精鋭部隊である鉄騎衆は
その名に反し大多数が歩兵であった。突撃の際
衝突面となる前面の装甲のみを厚くし他は軽装
のカタクラフトと呼ばれる重騎兵が5騎。
残りは全て軽装歩兵であり、重騎の楔が崩した
敵陣を一陣の暴風となって蹂躙し尽すのが彼ら
鉄騎衆の基本戦術であり、歩兵により重きを
置く、騎兵と歩兵の混成部隊であった。
要は数騎を除けばトリクティア機動大隊に近い。
輸送において占める役目も同様であり、支城に
詰める北東大隊としては軍旗が変わった程度に
しか変化を感じてはいなかった。
総体としては斯様に従来の在り様からほぼ変化
のない北東大隊ではあったが、規定路線からの
顕著な変更もないではなかった。
挙げるとすればそれは二点で、
まず一点目は軍師マッシモだ。
元来支城ビフレスト詰めの精兵であり、支城の
城代ロミュオーの副官と成るべくまずは参謀部へ
出向し、城砦軍師としての技能を磨いていた
マッシモだが、軍師の枠に収まらぬその豊かな
将才を高く評価され、より戦闘経験の積める
拠点へと回される事となった。
これは軍師でありながら城砦騎士ともなった
ヴァディスの存在に倣うところが大きかった。
しかるにマッシモは北東大隊へと帰投せず、
第二のヴァディスとなるべく当座は北西の拠点
エルデリートと南東の三の丸を行き来し最前線
で軍師と小隊長を兼務。
女性兵からの受けは最悪の部類だが男性兵には
まぁ受ける、シェドと大いに近しいその特徴的
な人となりを活かし活躍する運びとなった。
二点目は大隊兵の各地への派遣である。
元来第一戦隊主力大隊の精鋭部隊であった
精兵衆は、第一戦隊内において教導隊に次ぐ
格付けとなっていた。
戦隊内の格付けは戦力指数を前提としたもの
であるため、下位の隊からビフレスト詰めまで
上ってきてもここで実戦経験が積めぬとなって
は以降の昇進に支障を来たす。
何より未だ200日以上はあると言えどいずれ
再び必ず訪れる黒の月と「宴」を思えば、ここ
ビフレストのみ兵の錬度が不足するなどは
けしてあってはならぬ事だった。
そこで北東大隊は員数100名のうち2割を
交代で他所へと派遣し、実戦経験を積ませる
事とした。
さしあたっては軍師マッシモに精兵一個小隊
18名を付けて共に北西のエルデリートへと
向かわせ、同地で魚人と大口手足の動向を
警戒しつつ取水作業を警護させていた。
さてその北西拠点エルデリートに関してだが、
北東のビフレストと対に近い立ち位置とは言え、
立地や構造では大いに異なる点を有していた。
まずビフレストは支城との呼称からも察せ
られるように、石垣で底上げされた堅固な
城郭として建設されていた。
また今や小湿原の外周を覆う長城と一体化
した事で益々城郭としての堅固さを増しており、
言わば第二の中央城砦というべき様相であった。
一方北西の拠点エルデリートは歌陵楼同様の
楼閣を中心とした野戦陣を前身としており、
平たく言えば平城である。
防衛拠点としての構造力はビフレストに比して
大いに劣る上、北方領域の境界に程近い。
元より大回廊より南下させる水堀施工のための
拠点であるため、西方の岩場北端を巡る争いに
熱心な魚人が占有する構造物に程近いのだ。
そも魚人との共闘は暗黙のものであり、羽牙
たるズーらとの不戦協定ほど確固たるものでは
ない。さらに魚人を餌とする鑷頭や大ヒルが
時折大回廊の北端たる水場辺りから南下して
くるため、戦況も完全に安定してはいなかった。
先述の魚人との暗黙の協定があるため、現状
水堀とすべき構造物は魚人の好きに使わせて
おり、施工は遥か南方、中央城砦の西手より
仕上げている状況だ。
そのため同地には専ら北方河川からの取水を
担う部隊と、異形同士の戦闘の経緯を観測する
参謀部の手勢などが十二分な警護の兵らと共に
詰めていた。
具体的にはエルデリートの城主として第一戦隊
北西大隊長、城砦騎士シュタイナー。これに
第三戦隊より異動となった城砦騎士が副官と
して付き、実働する配下として機動力の高い
第一戦隊予備隊100名。
加えて近隣の哨戒と敵殲滅を担うべく、
第二戦隊より歴戦の城砦騎士ヴァンクイン
率いる一個中隊50名。ヴァンクインは
第二戦隊のうちでも河川の眷属らとの
戦闘経験が豊富であった。
また第二戦隊からはヴァンクインの副官をも
兼ねる格好で第一戦隊より異動となった
兵士長ヴァージルが一個小隊を率いて合流。
ヴァージルは第二戦隊副長ファーレンハイトの
副官としてゆくゆくは副長を継がすべく目を
掛けられている有望株であった。
これに北東大隊から軍師マッシモ率いる
精兵一個小隊の増派もあり、総じて50弱。
そして第三戦隊より取水専門の工兵が
2個小隊30名。参謀部より観測班5名。
第四戦隊からも騎兵隊が定期的に巡回に
来る格好となっており、非戦闘員を加え
総員として300弱。
配置や員数では北東大隊に近いが内実は
幾分実戦寄り。北西大隊は概ねそういう
構えとなっていた。




