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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その二十八

城砦北門一帯を、二つの赤い光が彩っていた。

一つは既に西の地平へと姿を隠した日輪が、

名残を惜しむように投げかける幽かな赤の光。

今一つは一足早く夜へと沈んだ地平の暗さに

抗うように燃え盛る篝火の赤の光。

似て非なる二つの赤は示し合わせたようにして、

死闘の跡を一幅の絵のように照らし出していた。


城砦の東側にできた補充兵の人だかりは、冷めやらぬ興奮のまま

徐々に隊伍を整えて、再び外周の周回へ戻ろうとしていた。

防壁の櫓や上部で様子を見ていた兵士たちは徐々に持ち場へと

戻っていき、やがて規則正しく動く当直の部隊を残すのみとなった。



暫くして、城砦の西方から重々しい金属音を響かせて、

午後の訓練の担当官である第一戦隊長オッピドゥスが姿を現した。


「いくら待ってもさっぱり来ねぇと思ったら、

 こんなことになっていたか」


オッピドゥスは肩を竦めた。オッピドゥスの鎧の数箇所と

両手の盾の表面には、ベットリと紫の血が付着していた。

城砦の西の一辺で目撃された眷属「大口手足」は既に始末済みと

いうことらしかった。


「北への配置はただの保険だったんだが。

 まさか本当に河川からの敵襲があるとはな。

 しかも鑷頭ってのは、いよいよもって近いかねこれは。

 ……まぁ良い。サイアス! 状況を報告してくれぃ!」


オッピドゥスは鋭い目付きで鑷頭の屍を見やり、

サイアスたちが無傷であるのを確認すると、

やや笑顔となってそう言った。


「報告いたします。北門到達から間を置かず、北方に敵影を確認。

 鑷頭1、魚人10の一群が河川から攻めて参りました」


サイアスはオッピドゥスの前に進み出て報告を続けた。


「我々は守備隊と協力してこれを迎撃、殲滅いたしました。

 殲滅の内訳はこちらのラーズが魚人4、守備隊が魚人4。

 またこちらの大兜の方が魚人の隊長格を2です。

 鑷頭については守備隊の支援射撃を受けた後、

 我が小隊で撃破いたしました」


オッピドゥスは重々しく頷きつつも、ニヤニヤしながらそれを聞いた。


「おぅ! よくやった! 

 大したものだ。流石は『誓いの歌姫』よ! ガハハハ!」


サイアスはやや肩を竦めると、


「それでは警護に戻ります」


と告げ、持ち場へ戻ろうとしたが、


「待て待て! お前たちは一足先に戻って良い。

 明日に疲れを残さんようにしろ。後は……」


オッピドゥスは城門へ向けて大声をあげた。


「城門開け! 治療部隊寄越せ! それと鑷頭の死体を回収しろ!」


城門内部から応えがあり、

オッピドゥスの吠え声に負けぬ程大きな音を立てて城門が開きだした。


「治療部隊から一応回復祈祷を受けておけ。

 ただの疲労ならあっという間に吹き飛ぶぞ。一晩寝れば全快だ!

 それと眷属撃破に対して勲功を出しておく。何と12000点だ!

 サイアス! 隊内で分配しておけ!」


そう言ってオッピドゥスは書状を取り出し、何事か記入して

サイアスに渡した。書面は勲功の申請書だった。

申請書には幾条かの但し書きの下に12000の数字と

オッピドゥスの署名が記入されており、さらに下部には

マグナラウタスの紋章が刻印されていた。


勲功は任務外活動への特別報酬として与えられることが多かった。

城砦兵士にとって眷属との戦闘は任務ではあるが、撃退ではなく

撃破した場合は別途勲功が与えられることとなっていた。

この撃破報酬は部隊に対して与えられ、今回はサイアス率いる

4名への授与となる。内訳としては、魚人が1体あたり1000、

隊長格の魚人が1体あたり1500。鑷頭は一体で5000であり、

これは大ヒルの6000に次ぐ数値であった。



オッピドゥスは補充兵の群れへと向き直った。


「よぅし! 見学終わり! お前らはキリキリ行軍せい!

 西の一辺は掃除済みだ! 一応警護もしてやるから安心して進めぃ!」


オッピドゥスは上機嫌で西へと向かった。

補充兵たちは隊伍を整え、オッピドゥスを追って行軍を開始した。



サイアスたちは補充兵の行軍の邪魔にならぬよう、鑷頭の屍の脇で

城砦内からの治療部隊の到着を待っていた。


「勲功の分配ですが、

 12000を4等分して一人3000ということで良いですか?」


サイアスはラーズたちに語りかけた。


「何言ってんだ大将。ダメに決まってんだろ。

 あんたが俺達と同じでどうすんだよ」


ラーズが苦笑しつつそう言った。大兜の人物も頷いていた。


「はぁ……」


サイアスは腑に落ちぬといった表情でロイエを見た。


「あんた、損得勘定とか管理運営とかには疎そうね。

 まぁバランスが取れていいのかもしれないわ……」


ロイエは溜息を付きつつも、どこか得意げにそう言った。


「うちの傭兵団も、父さん筆頭に揃いも揃って

 脳ミソ筋肉の肉ダルマだらけだったわ。だから仕方なく

 私が契約やら経費やら仕切ってたのよね……」


「……ではロイエに任せる」


サイアスは肉ダルマなるものと同列に扱われることをいたく

不本意に感じてやや仏頂面になった。が、結局自分では

どうしようもないのでロイエに任せることにした。


「あらあら、それが人にものを頼む態度かしら?

 って判ってんじゃなーい。んー、あまーい!」


ロイエはサイアスが渋々差し出したカエリアの実を堪能した。


「そうね、サイアスが4500、他が2500でどう?

 ラーズ3000、私2000でもいいけど」


「俺は2000で構わんぜ。

 500は拝観料ってことにしといてくれや。

 あんな演目は滅多に拝めるもんじゃねぇからな……」


大兜の人物は両の小手を突き出して首を振った。

勲功は要らないという意味らしかった。


「無しはダメよ! お互いのためにならないから!

 ……じゃあサイアス6000、他2000で手を打つか」


「えー」


サイアスは不満げな声を上げたが、


「じゃあそうしましょ! はい決まり!」


ロイエはそう言って取りまとめると、サイアスから書面をひったくり、

さらに腰のポーチから羽根ペンまで奪い取ってスラスラと記入した。

カエリアの実入りの袋には手を出さないところがロイエらしい。

サイアスはそう思い、苦笑した。

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