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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1177/1317

サイアスの千日物語 百五十三日目 その十二

――さて。


一通り準備した曲の演奏を済ませ、後は

式典の成り行きを見守るばかりとなった、


――どうなるものかな。


楽隊の正面中央に座すブークは東を見つめた。



将兵に熱狂的な支持を受けるサイアスの

城砦騎士叙勲、そして辺境伯就任について、

しかし2000余は騒ぐ気配を見せなかった。


先刻のヴァディスの件では叙任に引き続き

軍務の下命が在った。それを踏まえチェルニー

のさらなる言葉を待っている。そういう事も

在り得たが、ブークはそれ以上を模索していた。



「城砦騎士にして西方諸国連合辺境伯。

 サイアス・ラインシュタットに下命する」



壇上のチェルニーは厳かに語り、サイアスと

今やサイアスの挙措にすっかり寄り添う風の

2000余は大いに引き締まり傾注した。



「本式典の後適宜準備調整し本城砦を進発。

 北往路を経て帰境しまずはトーラナへ。

 次いでアウクシリウムに赴き連合軍主催の

 戦勝式典に騎士団の代表として参画せよ。


 その後は戦隊副長以下同行の者らと共に

 順延していた所領での特別休暇に入れ。

 汝らの成した万夫不当の活躍を十全に鑑み

 特別休暇は1朔望月間とする」





黒の月、闇夜の宴を経て生き残った騎士団員は

平原の東端を占める騎士団領内最大の都市

アウクシリウムにて順じ特別休暇を得る。

そういう慣わしとなっていた。


だがサイアス一家やベオルク、デレクらは

他と異なりそうした「帰境作戦」へは参画せず、

宴後此度の合同作戦に至るまで継続して特務を

遂行し、それが此度の大規模な戦勝へと起因

してもいた。


死闘より生還した者に当然与えられる権利を

留保しなお死闘へ。さらに多大なる戦果をも

挙げた彼らへ休暇期間の延長を付与する事に

不平を漏らす者など誰一人居ない。


むしろこれを祝福するかのように

円形舞台の周囲からは拍手喝采が起きた。



「そして」



拍手喝采の波が徐々に引いたのを見計らい、

チェルニーはさらに厳かに語リ出した。


観衆は再び――ブークの眼から見れば――

制御「され過ぎた」傾注状態へと遷移。

サイアスの挙措へと寄り添う風だった。



「特別休暇終了後。

 汝とその家中は城砦騎士団領の

 平原側の最前線、すなわち辺境の地


『騎士団領ラインシュタットに赴任せよ』。

 

 同地に駐屯し平原の何処かに潜み

 世を乱さんとする闇の勢力を睥睨へいげいせよ。


 また同時に水陸の軍備を調えて

 騎士団領内の四隣を制圧。


 同地をこの中央城砦に見立て平原からの

 侵攻に対する最終防衛ラインを構築し、

 かつ可能な限り同地を発展させ

 騎士団領全体の国力を増強。


 すなわち……」



チェルニーは不敵に笑み、

一層高らかに宣告した。



「騎士団領ラインシュタットに繁栄を。

 それが汝の新たな任務である!!」





式典会場は落雷を浴びたが如し。


すなわち雷光奔るが如く静寂が訪れ、

次に雷鳴轟くが如く底抜けにどよめいた。


驚愕と興奮の坩堝、その中心たる円形舞台。

そこに立つサイアスは余りの衝撃に言葉を失い

ただ呆然とチェルニーを見つめ、周囲を見た。


騎士団上層部や騎士会はニヤニヤと座し、

四戦隊の席にある家族は感極まって涙ぐみ

共に死地を渡ってきた古参らは熱狂的な

声援を送っていた。


次第にその声援は2000余全てに広まって



SAYAS(サーイァス)! SAYAS(サーイァス)



とサイアスの出生地である

共和制トリクティア最古の州都にして

帝政トリクティア発祥の地。

イニティウムのなまりでその名を連呼し、



IMPERATOR(インペラートル) SAYAS(サーイァス)

VICTORIBUS(ウィクトーリブス) PALMAE(パールマェ)!  



と大合唱し、足を踏み鳴らした。



兵団長、そして第三戦隊長代行を辞した

サイアスに新たに与えられた役職は、

常任大隊司令官たる「全権命令者インペリウス」。


そして古来、トリクティアにおいて。

これを有する者を最高司令官(インペラートル)と呼んだ。


さらにこの語は帝政トリクティアの国主

にして最高権力者「皇帝」の意へと転じた。


帝政トリクティアが討たれ共和制へ移行し、

皇帝の呼称が形骸として歴史の彼方へと忘却

された事実を思えば、この連呼は余りにも

不遜と言えたが、元より悪乗りの大好きな

連中でもあるし、まさにサイアスを評するに

最適な言葉だと思えていた。


彼ら2000余は、かつて帝政トリクティアの

民が熱狂的に信奉し敬愛した皇帝に対するが

如くサイアスを遇しようという、そういう意図

をもにじませて熱狂的に連呼していたのだ。


お陰で壇上の騎士団長チェルニー以下、

これを諫止しようというものは誰一人

として居なかった。





2000余の熱狂を一身に浴びるサイアス。

彼はこの熱狂をあっさり受け入れていた。


黒の月、闇夜の宴の第一夜で貪瓏男爵を

討った後、夜明けの荒野で兵らを鼓舞した

その折より、将として兵を率い死地へと誘う

戦乙女の如き役目を己に課したサイアスは

自身を求める人々の声に戸惑う事を止めた。


世界を、歴史を舞台とした一個の役者として

ただ只管に、自らの務めを果たすのみ。

そう心に決めていたからだ。



むしろサイアスは自身に万雷の喝采を送る

2000余へと積極的に接する事とした。


サイアスはすぅ、と右手を掲げ

掌で大地を抑えるように降ろした。


地鳴りの如き音声はピタリと収まり、

痛い程の静寂が訪れた。



「騎士団長閣下。

 

 城砦騎士団騎士会序列19位、

 並びに騎士団全権命令者(インペリウス)

 西方諸国連合辺境伯の名の下に。


 慎んで拝命(つかまつ)ります」



サイアスはチェルニーへと敬礼し、

チェルニーは



「うむ、『黒の月』には戻って来い!

『お困り女神』が待っているからな!!」



と楽しげに。周囲からも笑いが漏れた。


これに小さく肩を竦め、



「さて、では騎士団長閣下、

 並びに列席の親愛なる諸君に告ぐ。


 早速だが我が身に授かりし

命令権インペリウム』を行使させて頂こう」



とサイアスは薄く笑んでみせた。

一同は思わず知らず固唾かたずを呑んだ。

"Victoribus Palmae"

「勝者に栄光を」

ラテン語の格言

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