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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1176/1317

サイアスの千日物語 百五十三日目 その十一

当節、特に平原西方において。爵位は2種に

大別された。すなわち一方は国内爵位であり、

今一方は連合爵位であった。


国内爵位は連合の内外とを問わず各国が独自に

定める国内での位階であり、対外的には国家間

外交に際しての目安とはなるものの、その地位

または権能は他国において、必ずしも保障され

得るものではなかった。


これに対し連合爵位は西方諸国連合国家間での

序列を定めたものであり、その序列は超国家的

な地位と権能を保障する。例えば連合子爵は

連合男爵位以下のあらゆる国家の要人より、

国家元首さえよりも上とされた。



国内爵位は王を頂点として公・伯・子・男。

男爵の下には予備的に準爵が。また騎士階級を

指して士爵が置かれる事があり、王を加えた

これらを総じて王侯貴族と呼んだ。


連合爵位も序列も基本的にこれを継承するが、

王の上に大王と帝が、公爵の上に大公が在り、

逆に士爵位が存在しなかった。列挙すれば

帝・大王・王・大公・公・伯・子・男だ。


加えて連合爵位には軍事統制上の理由を以て

伯爵位の軍権のみを公爵相当とした辺境伯が

置かれる事があった。もっとも辺境伯は軍権

のみ公爵級だが他は飽くまで伯爵位。時代に

よっては侯爵とされる事もあった。





サイアスの出自は父が共和制トリクティアの

士爵。母がトリクティア伯爵家の庶子であった

ため、共和制トリクティアの国内爵位では

貴族の末席に連なる家格と言えた。


だが父が騎士団領主として共和制トリクティア

から移籍するにあたり父の有した爵位は失効。

世俗的には無位無官の地方領主と相成った。


ただし城砦騎士団ではライナスに元の士爵位

以上の権能を付与し、無位無官も実利的には

共和制トリクティア士爵位以上の待遇とした。


とまれ騎士団領ラインドルフに移住してよりの

サイアスの立場は貴族の子ではなく領主の子。

そういう事であった。


さてライナス没後、荒野の城砦へと赴任した

サイアスは、空前絶後の活躍を以て連合男爵位を

授与され、所領が村から町へと発展するまでは

その予備である準爵位を名乗る事となった。


そして過日ラインドルフの人口は1000を

超え今や概ね1500。ごく小規模ながらも

西方諸国連合の定める「町」となり、これに

伴い名実ともに男爵位を名乗る素地が調った。


よってサイアスは此度の式典にて連合男爵位を

正式に拝命するものと、そう思っていた。だが

実際は3階位以上すっ飛ばして辺境伯である。

騎士団側の理屈としては、ブークの累進により

空いた位を回した、程度の話であろうが当の

サイアスにとってはそこまで軽い話ではない。


子爵位にあるオッピドゥスをすっ飛ばして

自身が上に立つのもサイアスとしては承服

し兼ねるところであった。ゆえに


「ちょ」


ちょっと待て。いや待って頂きたい。

と、そう言おうとした、丁度その時。


壇上のチェルニーの背後、西方に座す

軍楽隊のうちより1名がすっくと立ち上がった。


チェルニーの語る内容に驚愕し、半ば呆けて

さえいた2000余は、視界に飛びこむ唐突な

変化に思わずはっとして、サイアス共々そちら

に気を取られた。





立ち上がった1名は奇妙にも奇矯なる面を

付けていた。面の口は前方に大きく突き出て

おり、その先端は手を掲げ構えた真鍮色の楽器。

すなわちトランペットと一体化していた。


一目で判る。こんな奴は荒野にただ一人。

シェドだ。サイアスのみならず2000余の

全てがそう理解したその刹那。


ひょっとこ仮面はこれ見よがしに

背を反らせ、大きく息を吸い込んだ。



そして、演奏が始まった。



朗々と、実に朗々と鳴り響くトランペットは

緩やかに1音、そしてもう1音と高まった。


そして暫時の余韻の後、すべての楽器が一斉に

自らの音を奏で荘厳な調和をもたらし広がって、

その広がりをランドのティンパニが大軍の進撃

の如くに上書きし。


再びシェドのトランペットが高らかに鳴った。


完全に調律された伸びやかなトランペットの

音声は再び朗々と1音、2音と高まって、

やはり再び全ての楽器が華々しく響いて

さらにランドのティンパニがそれを上書きした。


ティンパニの怒涛の大音は三度トランペットに

取って代わられ、矢張り三度朗々と高まった末

全ての楽器が予定調和した。


三度目の旋律はそのまま荘厳華麗に高揚し

その様は暗がりの大地より生まれいずる

日輪の如く2000余を照らし、やがて

圧倒的なファンファーレは有終の美を飾った。





まるで示し合わせていたが如く、完璧な

タイミングで完璧な演奏。恐らくはこれも

お困り様たるフェルモリア王家の血ゆえなのか。


とにかくサイアスは出鼻を挫かれ気勢も殺がれ、

しかも名演奏のお陰で大層清々しく上機嫌となり

文句を言うのがすっかり馬鹿馬鹿しくなって



「城砦騎士への叙任と

 ラインシュタットの名乗り。

 さらには西方諸国連合辺境伯位。


 畏れながらも謹んで、

 誇りと共に拝命(つかまつ)ります」



と述べ、十束の剣を抜き放った。


夜目にも淡く紫立ちたる剣身の周囲には

蛍火の如き燐光が舞い、残光を引いて天を衝く。

切っ先を天に。束を胸前に。かくもサイアスは

剣礼し、騎士団長と城砦騎士らも剣礼を返した。


こうして武神ライナスの子サイアスは新たなる

人の世の守護者、絶対強者たる城砦騎士へと

叙勲され、さらに連合辺境伯と成った。





「うむ、よきかな!

 益々励め、辺境伯サイにゃん!」


すっかりご機嫌の騎士団長チェルニー。


一方サイアスは畏れも謹みも特段感じさせぬ

平素通りのツンとしたお澄まし顔で


「早速ですが御祝儀をください」


とのたまい、チェルニーは思わず噴き出した。



「お、おぅ…… 存念を申せ!」



噴き出しそのまま笑いつつチェルニー。



「辺境伯位はしかと拝命致します。

 が、男爵位の返上は勘弁願えませんか」



サイアスは小さく首を傾げつつ、

伺うような眼差しをチェルニーへ。


昨今すっかり得意となった

おねだりの構えであった。



「宝石を寄越せと言うのかと思ったぞ」



と思いっきり素で述べ苦笑するチェルニー。



「そっちは宝物庫ごと頂戴するにゃ」



とまるで悪びれぬ風のサイアス。


「勘弁しろ…… だが男爵位については」


チェルニーは悪戯っぽい笑みを浮かべ


「良いだろう! 汝の勝手次第とする!」


と2000余に余さず聞こえるよう確約し


「有り難き幸せ。益々の

 活躍を以て御恩に報いましょう」


サイアスは敬礼し、不敵に笑んだ。

サイアスを祝した演奏曲は

「ツァラトゥストラかく語りき

『導入』(R・G・シュトラウス)」

の主題をそのモチーフとしております。


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