サイアスの千日物語 百五十三日目 その九
騎士団長たる城砦騎士と新たな城砦騎士は
2000余の見守る中、狐と狸の如く化かし
合い、互いに満足な成果を得た。
とんだとばっちりを受けた猫的なサイアスには
堪ったものではないが、どちらも大層ニタニタ
とご機嫌であり、ついでにどちらもお困り様な
ため逆らうと面倒臭い。
どうせ今更な話でもあるので、サイアスは
ジト目で見つめるのみで勘弁してやった。
こうしてサイアスの所領はライン川西岸の
町並みの南西1000オッピ地点に追加された。
チェルニーがサイアスに飛び地を与えたのには
同地までを切り取り次第とする意向があった。
騎士団領南部には旧時代の遺跡や廃墟が今も
そのままに数多く残っている。
そこから伝承金属でも発掘せよ。さらには
ライン川流域のみならずそちらをも制圧し
整備して統治下に置け。そういう意図だった。
まぁ、そういうのは全部伯父さんに丸投げで。
とグラドゥスが往年の勢いで暴れ出しそうな
結論に至り、サイアスは当座他人事とした。
面倒な一件が目論み通りに運んだ事で
すっかりご満悦の騎士団長チェルニー。
やはりフェルモリア王家の血なのだろう。
次第にシェドの如くノリノリになってきた。
「さて、皆の衆……」
と2000余に厳かに語り掛けるや
「待たせたなッ!!」
突如すちゃりと伸び上がり直立不動。直ちに
左足を真横へスライドしつつ右半身へと以降。
そして左腕をぎゅっと引き絞り左の掌を
左胸へと引き付けさらには右手を頭上へと
振り上げて、肘から先のみ鋭く撓らせさて
さながら面打ちの如く北西を指差した。
これぞかのシェドが愛読してやまない
「明日からできる! イケてるポーズ18選」
の中でも仕手を選ぶ秘技とされている、あの
「ジャク・ソン」のポーズであった。
漆黒の鎧に銀の髪。威風堂々たる騎士団長が
突如とった、しかもやたらとキレキレで堂に
入りまくったキメポーズに2000余は大いに
どよめき歓声に沸いて、その指差す方角へと
視線を送った。
その指先は今度こそ北西の第四戦隊の座席へ。
その最前列に座すサイアスの下へと向いていた。
サイアスは平素の通りお澄まし顔ながら、
どこか憮然と悔しそうであった。
かくなる上はこちらも負けじ、とポーズの
一つも繰り出したいが、残念ながらそういう
手持ちを有さぬ上、そんな事をしでかたら後で
家族会議は待ったなしだ。ここは大人しく
大人の対応で見守る事とした。
一方騎士団長チェルニーはそんなサイアスの
懊悩なぞお構いなしに次なるポーズへと意向。
ビシリと引き締まった上半身の緊張を解き、
右半身へと傾斜し左手は自然に垂らし、右手は
俯きがちな頭部へと寄せ、掌で覆うような仕草
となった。
これもまたかの18選の中の一つ。深く懊悩
する様を雄弁に物語るチェルニーの十八番。
かの「カレー・ノシミン」のポーズであった。
おぉ、と先刻とはまた異なるどよめきを発し
騎士団長閣下の姿を見守る2000余名。
次いで紡がれる苦慮と懊悩に満ちた言の葉に
心を一つとして苦慮し懊悩した。
「城砦歴107年。
この年は哀しみで始まった。
我々城砦騎士団は誇るべき、
敬愛すべき一人の英雄を失ったからだ。
第四戦隊長『武神』ライナス。
強きゆえ、気高きゆえ。そしてどこまでも
優しきゆえに果てしなく困難な任に挑み
そして再び還る事は無かった……
ライナスはかの大魔冷厳公を討った
天下無双の武人であるばかりでない。
兵を愛し慈しみ鍛え上げて苦楽を共にし、
常に自ら先陣に立って鼓舞し勝利へと導く
偉大なる『城砦の父』だった。
この場に集う多くの者は、在りし日の
ライナスの雄姿を知っている。共に戦い
共に勝利し、仄かに笑んで頷く彼の面影を
けして忘れる事はない……」
舞台を囲み見下ろす2000余からは
啜り泣くような嗚咽も漏れていた。
ライナスは常に一人でも多く多くの兵を
生還させるべく自らに最も厳しい任を課し、
そして常にそれを成し遂げていた。
そして図らずもその子サイアスは、父と
同じ戦い方を成していた。つまりはこの場に
集う2000余のうち多くの兵がこの父子に
率いられ、そして今日まで生き永らえていた。
チェルニーの言は彼らの心を揺さぶって
止まず、現に第四戦隊の古参は皆俯き震え、
円形舞台、上層部の席に着くかつての副官。
四戦隊副長ベオルクは憔悴しきって見えた。
ライナスが死地へと赴く際、待機任務を
命じられたベオルクはそれを律儀に守った。
だがその結果、ライナスは二度と還らなかった。
ベオルクは自身を責めた。押し留めるか
共に行くかすべきだったと自身を責め続けた。
一月経っても戻らぬライナスと配下らに戦死
認定が下された際、大いに抗い、大いに荒れた。
自身も後を追おうと荒れに荒れたベオルク。
だが結局ベオルクは踏み留まった。何故なら
ライナスはベオルクに、ごく親しい者にだけ
見せる、どこかはにかんだような面持ちで
後事を託していたからだ。
兵権の引継ぎを頼むのみの、至極簡素な物言い
ではあった。だがベオルクはその真意を悟った。
ライナスが託したのは部隊の後事だけではない。
いずれ自身の後を追い、城砦へと赴任してくる
であろう、サイアスの事を頼む。
そういう想いであろう事を。
だからベオルクは踏みとどまった。
今無軌道に動き死に急ぐは易い。
だがそれはライナスに報いる道ではない。
この命は彼の子サイアスのために使う。そして
いつの日か戦地にてサイアスを庇って死ぬのだ。
ベオルクはそう決めた。その時から、それが
ベオルクにとっての全てになった。
まずはサイアスの赴任を少しでも先伸ばすべく
上層部へと掛け合った。上層部は直ぐに千日の
兵士提供義務猶予をくれた。
これで少なくとも3年弱はサイアスの命を
延ばしてやれる。20までは生きられぬと
言われていたか弱きサイアスだ。
当時17歳。せめて3年弱の猶予を以て
平穏な余生を送ってくれれば。ベオルクは
そう願い、手を打ったのだ。だが。
サイアスの気高き意志は、
それを良しとはしなかった。
千日間。3年弱の猶予を自らの領民のために
用い、自身の身は即城砦へと差し出した。
そうして猶予を留保したまま城砦にて戦い、
自身が戦死するまでの期間を猶予に加えよう。
どこまでも無私、どこまでも崇高な意志を以て
サイアスは平原での余生を捨て荒野の城砦へ。
ベオルクの下へとやってきたのだった。
そうして既に半年が過ぎた。
サイアスはやはり武神の子であった。
誰よりも困難な任を謹厳にこなし、自身の
死すべき定めさえ乗り越えて、遂には
絶対強者へと登り詰めたのだ。
サイアスはベオルクをまるで責めなかった。
それどころか、どこかベオルクを父のように
慕い、ベオルクより上位の官職に就く事を
固辞し時には子供の如く大喧嘩をもした。
そしてベオルクもまた、どこかサイアスを
自身の子であるかの如くに感じ始めていた。
そのサイアスが、ライナスの衣鉢を継ぎ
その兵を継いで戦うサイアスが、遂に
城砦騎士となるのだ。感無量であった。
舞台では騎士団長チェルニーがサイアスの
来歴とその活躍振りを切々と、時に誇らしげ
に語っており、2000余もそれを誇らしげに。
自身の父君を褒められるかのように得意げに
聴き入っていた。
ベオルクにはそのうちそうした挙措が見えなく
なり、語られる言葉も聞こえなくなった。
自身の嗚咽がそれらを塞いでいたのだ。
まだだ、まだもっと強くなって貰わねば困る。
このベオルクを超え、武神ライナスをも超えよ。
そしてこの身を率い己が父の悲願を果たせ。
已まぬ歔欷の中、ベオルクの心は
そうサイアスに語りかけ願っていた。
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