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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1172/1317

サイアスの千日物語 百五十三日目 その八

円形広場をぐるりと囲む、薔薇の花弁にも似た

観客席では、城砦内郭の配置を基にして座席が

割り振られていた。


無論だだっ広い内郭とは異なる上座席はどれも

同サイズなため、例えば内郭北東区画を占める

第一戦隊は円形である観客席の真北より西に

はみ出して真東までびっしりと肉厚に占拠。


同様に第二戦隊は真東から真南を越えて西手に

はみ出し、第三戦隊は南西から真西を越えて

着席していた。


今チェルニーが手をかざす北西とは大雑把に

言って第四戦隊の縄張りと言えるようだが、

第四戦隊の面々はサイアス含めチェルニーに

応答する風はなく、むしろ南へ視線を送った。


厩舎や戦技研究所の専従職員を含む第四戦隊

構成員の座席のさらに南。そこに座すのは



「中央塔付属参謀部……」



とチェルニーが厳かに告げるように

参謀部構成員が占める場所だ。そして

新たなる人の世の守護者、絶対強者とは



「城砦軍師、ヴァディス!」



そう、ヴァディスであった。





「カエリア王立騎士団正騎士として

 王と共に駐留騎士団に参画。

 中央城砦に常駐し城砦軍師として

 二つの騎士団の橋渡しに努めるその傍ら。


 当城砦では非戦闘員扱いながらも

 輸送部隊での迎撃戦をはじめ数多の

 戦を経てその知略と武略を高め抜き。


 先の合同作戦においては異形の一個中隊を

 鎧袖一触に蹴散らす圧倒的な武量を示し、

 遂に至ったその戦力指数は実に12.9。


 叙勲時既にして序列18位。また名馬

『ゲイレルル』を駆っては21.9。

 序列4位。天下無双の城砦騎士長級である。


 城砦騎士団発足以降今日までの百余年。

 軍師が騎士と成った例はない。すなわち

 新たな時代、新たな歴史の体現者でもある。


 城砦軍師ヴァディスよ、カエリア代王にして

 全権大使。勇壮なる天馬騎士ヴァディスよ。

 今こそ城砦騎士として我らの前に歩み出よ!」



客席の囲う視線の下、円形舞台の壇上より

声高らかにそう呼ばう騎士団長チェルニー。



2000の観客の姿勢が北西の一角へと、

すっと立ち上がったローブ姿へと集中した。





「畏れ多くも慎んで

 城砦騎士の尊称を拝領(つかまつ)る」


遠間より照らす篝火の灯りの中、濃緑色の

ローブ姿は凛々しく厳かにそう宣告して

右手で目深なフードの首下を掴み一気に払った。


すると亜麻色の髪が陽光の如く燦然と輝き、

紫紺のジュストコールの肩へと舞い降りた。


金銀の刺繍が施されたジュストコールの

その左肩にはエポレット。右肩のエイレット

にはカエリア王国の国章たる剣樹が在った。


それは一つの美の極致であった。


2000余の者らが忘我の心地で見守る中、

ヴァディスは静かに、厳かに観客席を下り

円形広場へと歩み出た。その様は戦女神の

降臨にも似て2000余の嘆息をもたらした。


ヴァディスは円形舞台に降り立つと

騎士団長以下騎士団上層部や先輩騎士たる

騎士会の面々へ敬礼し、登壇するチェルニー

の正面に立った。



「騎士会首席、剣聖ローディスに代わり

 汝ヴァディスの城砦騎士叙勲を寿ことほごう。


 知っての通り、城砦騎士の称号とは

 単なる強さの証でしかない。騎士団内での

 軍権を除き、一切の世俗的権能を具えない。


 だからこそ、武を志す者にとって

 何より重く、そして尊いのだ。


 新たなる城砦騎士よ、汝の名を誇るが良い。

 そしてその身朽ち魂の果てるその時まで

 絶え間なく人の世を守護する篝火たれ」


「御意!」



ヴァディスはカエリア王家重代の宝物たる

「剣樹の剣」を抜き放ち、切っ先を天へ向け

胸前へと引き付けた。


騎士団長と起立した城砦騎士らも一斉に

それへと倣い、澄明なる金属音が響き渡った。

こうして天地神明への誓いが成され、城砦軍師

ヴァディスは城砦騎士とも成った。


そして、演奏が始まった。





そっと、慎ましやかに爪弾くように響く

低い弦音。さながら揺蕩う大河の流れの如き

その上を、ふくよかな、柔らかい川風の如き

ヴァイオリンの音が舞っている。


音色は我が子を撫で慈しむ聖母のかいなの如く

甘く響き、篝火の照らす夜の世界に黄金の

木漏れ日が小雨の如く降り注ぐ、そんな

幻想を聴く者に抱かせた。


ヴァディスは自身のために奏でられるその曲に

うっとりと目を閉じ聴き入って、2000余は

如何なる名画も遠く及ばぬその美麗なる光景に

うっとりと酔った。


やがて優しき音色は余韻とともに去り、

再び騎士団長チェルニーが声を発した。





「城砦騎士ヴァディスよ。

 騎士会首席を代行し、また

 城砦騎士団長として汝に下命する。


 来る第四戦隊幹部衆の帰境に際し、

 指揮官不在となる第四戦隊に出向し

 第四戦隊副長の職務を代行せよ。


 そしてマナサと共に新編成下の

 四戦隊騎兵衆を鍛え上げ、

 カエリア王立騎士団をも超える

 当代随一の人馬と成せ。


 ベオルクとデレクの帰砦後は

 従来通り中央塔付属参謀部に帰参し

 外務官として辣腕を振るうがよい。

 

 また此度の叙勲にあたり、これまでの

 抜群の働きを評し所領を与えよう。

 騎士団領内に望みの地所があれば申せ」



第四戦隊ではベオルクにデレク、サイアスと

マナサを除く戦隊幹部が少なくとも一月は

サイアスの所領へと赴き長期休暇を取る事と

なっていた。


その間第四戦隊に出向し、騎兵隊色を強めた

新編成の錬度を高める役目を負えとの事だ。


マナサは無二の親友でもあるし、平素より

ヴァディスは第四戦隊のマナサ邸やサイアス邸

に頻回に赴いてもいた。下命はそうした点をも

汲んだ実に的を射たものであり、下命の内容を

聞く誰もにとり合点のいくものではあった。


ただし最後の所領のくだりは、カエリア王家

に属するヴァディスを、より騎士団側へと

取り込みたい意向が垣間見えていた。そして

そうしたある種図々しい策を平然と提示して

のけるチェルニーに或いは失笑する者もあった。


当のヴァディスとて同様に失笑する風だが、

チェルニーの腹芸についてはより深く

考察し、承知していた。


チェルニーは斯様な見え見えの手に百戦錬磨の

外交官たるヴァディスが掛かるなどと、端から

考えてはいないのだ。真意はさらに奥にあり、

それを踏まえてヴァディス曰く



「下命しかと承ります。

 ただし所領に望みはありませぬ。


 どうしても与えねば気が済まぬと仰せなら

 我が弟サイアスへと賜りたい。隠居後は

 あれの下で暮らすつもりなのです」



しれっと華麗に丸投げした。



「うむ、されば良きに計らおう。

 とまれ四戦隊の件は任せたぞ!」



当意即妙、我が意を得たりと

実にニタニタご機嫌なチェルニー。

とにかくそういう事になった。

此度の演奏はかの偉大なる音楽の父の名作

「管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1608

 第2曲『エア』(J・S・バッハ)」

の主題をそのモチーフとしております。

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