表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1171/1317

サイアスの千日物語 百五十三日目 その七

「『血の宴』をもたらした魔軍による

 再度の侵攻を阻むべく。荒野に攻め入った

 連合軍100万の同志らが。99万戦死した

 末当地に中央城砦を築いてより、100年余。


 城砦騎士団が設立され、さらに無数の屍を

 連ねて100年余。すなわち城砦歴107年。


 我ら平原に住まう人の軍勢は、遂に敵地の

 只中たる荒野に100年余振りの所領を得た。


 また先の平原西方諸国連合軍との合同作戦。

『アイーダ』『グントラム』『ゼルミーラ』。

 3作戦は全て、これ以上ない戦果を以て終了。


 これによって連合軍は南の侵路を壁で塞ぎ、

 魔軍は我らの詰める中央城砦と新たな所領

 たる北方領域を抜かぬ限り平原への侵攻は

 不可能となった。


 つまりは我ら城砦騎士団が存続する限り、

 平原の恒久平和は十全に担保される事と

 なったのだ。


 しかもこの大事業を、我らは一兵の死者をも

 出すことなく達成し、あまつさえ敵たる異形

 のうち2種と不戦協定を結ぶまでに至った。


 かくも莫大な戦果が人の世に与えた影響は

 到底軽々に語り尽くせるものではない……」



騎士団長チェルニーは俯き加減となって

右の拳を握り締め胸元へと引き付け

一拍、二拍。





数え切れぬ程の夜と死を超え、

遂に手に入れた永久なる平和への糸口。


城砦歴107年とは血の宴より続く

暗黒時代の終焉であり、来るべき

黄金時代の嚆矢でもあった。


そして今この場でチェルニーの声を聞く者らは

皆、黒の月、闇夜の宴を乗り越えてここに在る。


死を覚悟して荒野へと渡り、多くの戦友らの

死を見届けて武運ゆえにか生き残った者たちだ。


そのためチェルニーの言動に万感の思いを

募らせて言葉なく身を震わせていたものだが、



「よって語らぬ!

 後で上官にでも聞いておけぃ!」



引いた拳をぐっと突き出し

親指立ててドヤるチェルニー。


2000の聴衆は思わずつんのめった。



「生半に言葉にできぬ強い想いを

 手っ取り早く伝えるにはこれだ!


 では聞くが良い!

 新設された軍楽隊による

 此度の大戦果を祝うこの曲を!!」



チェルニーは西手へ向き直り手をかざした。



かざしたその手の西手には

新設された城砦騎士団軍楽隊。

その正面には軍楽隊長たるブーク。



おぉ、とどよめく2000の群れへと仄かに

笑んで頷いて、楽隊の正面に立つブークは

右手の弓をすぃと掲げ、そして自らの

ヴァイオリンへと寝かせた。


するとこれまで死兵の如き様相であった

軍楽隊の面々は一斉にギラリと目を輝かせ、

それぞれの楽器を粛然と構えた。


引き締まった気配を背に浴びて、

心地良さ気にブークは西へ振り返った。


軍楽隊一同の視線がブークに集中し

その一挙一動を追う。ブークは彼らの

一人一人と目を合わせ。



そして演奏が始まった。



一音目にして既に壮麗。全ての楽器が

高らかに自らの職分を歌い上げ、全音階の

厚みある華やかな旋律をゆったり紡いでいた。


重厚な調べは時に歩みを速め天上への階段を

弾むように上りゆき、またはさざ波のように

行きつ戻りつして、ランドの鳴らすティンパニに

合わせ、自らの有り様を高らかに歌い上げていた。


それは無数の夜と死を繰り返し、それでも

戦い抜いてこの地に確固たる勝利を積み上げた

騎士団の歩みを象徴するようであり、死を覚悟

して荒野に集った騎士団員らが自身を最大限に

活かして積み上げた生の証であり歴史であった。


それは楽器と楽器の匠らによる、歌であった。





やがて荘厳かつ明朗な演奏が最後の一音を

紡ぎ終え、暫しの余韻は割れんばかりの

拍手に上書きされた。


確かに百万言を尽くすより、軍楽隊の演奏は

雄弁に騎士団の歩みを。その果てに辿りついた

此度の大戦果とその喜びを語っていた。


やがて万雷の拍手は静まりゆき、再び壇上に

上がった騎士団長チェルニーが袋の口をきゅっ

と縛るような動作をするのに合わせ、ぴたりと

綺麗に鳴り止んだ。


自身の動作で綺麗に静まった事にご機嫌と

なったチェルニーは暫しご満悦でニタニタと

していたが、観客席北西、参謀部の辺りから

これみよがしな咳払いが響いたためニタ付き

を抑えた。咳払いの主は確かめるまでもなく、

筆頭軍師ルジヌであろう。



「さて、此度我々が祝うのは

 先の戦勝と戦果だけではない。


 荒野に巣食う異形らとの

 数多の死闘を制し武の高みへと至り、

 遂にはあらたなる人の世の守護者へ。


 絶対強者たる城砦騎士の境地へと至った

 勇者が2名いる。この者らへの叙勲と祝福

 を我ら総員で成そうというものだ。


 異形の棲まう荒野の只中で孤軍奮闘する

 我らにとって死は余りに身近だ。戦友の

 死を悼む暇すらも中々見出すのが難しい。


 だがこうして此度は近隣を制し、束の間

 2000もの同朋が一挙に集えたのだ。

 騎士会のみでなく、城砦騎士団総員より

 新たな騎士の誕生を寿ごうではないか」



すっかり司会に戻ったチェルニーはそう語り、

2000の人々は大いに頷いた。


前回城砦騎士が誕生したのは黒の月、宴の折。

多数の戦死者の手前もありその叙勲と祝賀は

極めて小規模であったものだが、此度は随分

事情が違う。


元より余興に飢えている事もあり、

誰もが派手に騒いで祝ってやろうと、

そういう心持ちになっていた。





「本来騎士の叙勲式典とは騎士会首席が

 取り仕切るものだ。だが見てみろ、

 ローディスのヤツはすっかり楽団員だ」


と肩を竦めるチェルニー。


ローディスはどこ吹く風と

オーボエの手入れに勤しんでいた。



「そうなると次の担当としては

 三役たる残りの騎士長だが、

 そっちも見ろ、まるでやる気がない」



チェルニーは再び肩を竦めて

円形舞台の上層部席を見た。


騎士会序列二位のオッピドゥスは

煩わしそうに首をグリグリ回し、

序列三位のベオルクは腕組みし

難しい顔で瞑目し黙考する風だった。


どちらも極度の面倒臭がり屋だ。

無理にやらせれば暴れ出す等

まずもってロクな事にならぬだろう。



「よって遺憾ながら引き続きこの俺が司会だ。

 ついでなので辞令やら何やらも与えよう」



遺憾ながらと言いつつも、チェルニーはその実

ほくそ笑んでいた。2000の観衆の前とも

なれば辞令に否やは言えまいと、そういう肚だ。



「では一人目を紹介しよう。

 あまねく敵を討ち破り、遂には

 絶対強者の高みへと至ったその者とは……」



チェルニーは朗々とした声でそう告げた。


そして自身の立つ壇と舞台をぐるりと囲む

観客席のうち北西へと向き直り右手をかざした。

新設軍楽隊による此度の演奏は

「ニュルンベルグのマイスタージンガー

『序曲』(R・ヴァグナー)」

の主題をそのモチーフとしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ