サイアスの千日物語 百五十三日目 その六
第四時間区分序盤、午後7時となる少し前。
付近を流れる人の波が途絶えきったのを確認し
第四戦隊構成員らは営舎を発った。
戦闘員70強、非戦闘員30弱。総じて
100程の人の群れだ。他戦隊に比して
第四戦隊直属の非戦闘員の割合は少なめだが、
これに厩舎や戦技研究所の専従員を加えると
ほぼ大差ない按配となっていた。
四戦隊営舎から式典会場までは数分の道のりだ。
既に日は暮れ火の明かす中での視界なために
目にはさやかに見えねども、遠からぬ南方に
夥しい数の人の気配がある。それを彼らは
ひしひしと感じ、流石に馬鹿騒ぎなどはせず
粛々と南へ進んでいった。
式典会場となる劇場前広場、円形劇場または
薔薇の花弁の如きものを模した式典会場には、
既に彼ら以外の大多数。すなわち2000に
程近い人々が着席し待機していた。
参列者は皆腰に剣を佩く程度で軽装なものの、
兎に角気配が武張っているため、雅なはずの
式典会場はすっかり闘技場の風情であった。
遅参した100余名は先行して到着していた
厩務員や研究所員の傍らへ着席。こうして
第四戦隊構成員総勢150程となった。
座席の位置は概ね城砦俯瞰図に沿っている。
つまり第四戦隊構成員が占めるのは円のうち
北西で、南側には参謀部構成員が。東側には
大きくせり出した第一戦隊構成員の姿が在った。
第一から第四の各戦隊では戦闘員が前列に。
すなわち中央の円形の舞台に程近い位置を占め、
非戦闘員が後列たるやや高くなった外縁部に
座している。これは単純に嵩張り具合と目方の
問題だ。仮に逆にすれば北東の一角は確実に
崩落する事だろう。
第四戦隊総員が然るべき席を占めた後、
ベオルクは彼らの指揮をサイアスに委ね、
中央の円形舞台へと向かった。
円形舞台には真西を正面として、東手に
20と幾つかの造りの良い座席が設けられて
おり、そこには城砦騎士団中騎士会に属する
城砦騎士らが腰掛けていた。
騎士らの席の北側には騎士団上層部の席がある。
ベオルクはその西手へと向かい第一戦隊長たる
オッピドゥス子爵の東隣に着席した。そこには
幾らか席が連なるが、最も西側な騎士会首席、
剣聖ローディスの席は空いていた。
城砦騎士団では東西南北の方角のうち、
西を上座と定めている。理由は荒野が平原の
西に在り、そこから異形らが攻めてくるからだ。
敵の正面は最も強き者が護る。それゆえに
剣聖ローディスの席は最西端であった。
騎士会構成員の席を挟んで上層部の席の対面。
すなわち円形広場の南側には貴賓用の席がある。
そこには駐留騎士団の幹部や西方諸国連合及び
トーラナより派遣されきた若干名の武官らが
着席していた。
いずれも平原では万の軍勢を束ねる将帥であり、
荒野の異形との死闘に明け暮れる騎士団員らに
見劣りせぬ武威の気風を纏っていた。
円形舞台の西手にはさらに一段高くなった
1オッピ四方ほどの壇があり、その背後。
つまりは劇場の正面ともなる一角には、
客席を切り欠く形で劇場の入り口へと続く
通路が設けられていた。
ぐるりと周囲を覆う造りの中で一箇所だけ
欠けた場所があれば、耳目は自然とそこへと
向かう。取り立てて退屈する風でもないが
それでも早い者はかれこれ30分は同地にて
式典の開始を待っており、変化を求めて
そちらを眺めていた。
と、2000の観客が見守る中。
西に切り欠かれた通路の奥。音楽堂たる
劇場の入り口より粛々と、何とも物々しい
気配の人の群れが流れてきた。
異形らとの夜間戦闘を。さらには闇夜の宴を
経験しその上で生き残ったような者らは兎に角
気配というものに敏感であり、劇場より流れ来る
ある種の異様、いや威容に。また彼らの携える
大小様々の器具に目を奪われた。
およそ一日半、拉致監禁の末洗脳紛いの暗示
まで受け、もはや人ならざる何者かに成り
果てたげな楽隊は、今や一周回って正気を
取り戻したものか、すっかり目の輝きを
取り戻していた。
いやむしろ輝き過ぎと言えなくもなかった。
篝火の照らす中粛々と、ひたひたと円形舞台を
目指す様は闇夜の最中に忍び寄る異形の群れに
どこか似てもいた。
2000の観客が何とも言えぬ感情にとらわれ
知らずどよめいているそのうちに、30余名の
楽隊は実に機械的に自らの配置に付き、彼らの
奥からは楽隊をこんな感じにした張本人と
思しき美麗に着飾った騎士マナサが。
そして全ての仕掛け人たる城砦の母にしてパパ。
第三戦隊長クラニール・ブーク連合公爵が
共にその手にヴァイオリンを携え、実に良い
笑顔で現れたのだった。
「調ったようだな、ブーク」
円形舞台の北手、上層部用の席より
騎士団長チェルニーが声を掛けた。
「えぇ、万全ですとも」
にこりと笑んでそう告げるブーク。
マナサともども自身のために用意された席
へは向かわず、楽隊と共に壇の西手に在った。
「うむ、では」
と登壇し、チェルニーは北東へ。
上層部の席へと振り返った。
と、それまでざわついていた2000余が
時を凍らせたが如くにシン、と静まり返った。
「チッ……」
と舌打ちするチェルニー、
そして上層部席のオッピドゥス。
誰もがとうに判っていたのだ。
オッピドゥスがそのえげつない巨体と
肺活量を活かし爆音を以て、静まれと
吠え立てるであろう事を。
これだけ音響効果を調整された会場で
あの爆音をやられた日にはどれだけ被害が
出るか判ったものではない。誰もが危機感を
共有し、そして先手を打って時を凍らすが如く
静まった。そういう次第であった。だが
「ぅうぅぉおぉおおああおぉぉぅうぅっっ!!」」
とりあえずオッピドゥスは吼えた。
単に吼えたいがためだけに吼えた。
そう、城砦騎士団の幹部にはお困り様しか
いないのだ。理屈なぞまるで関係なかった。
その爆音は凄まじく、
幾つかの篝火が消し飛んだ。
だが意外な程、人的被害は発生しなかった。
何故なら誰しもが判っていたからだ。
オッピドゥスが必ずやらかすであろう事を。
その場の誰もが耳を塞いで屈み込み、
直撃を蒙ったのは楽隊だけであった。
ただし楽隊はとうに壊れている。
つまり何の問題もなかった。
「あーすっきりした。やっぱ寝起きにゃ
ひと喚きするに限るぜ。ガハハ!」
何ともはた迷惑極まる話だが、
とまれそういう事らしい。
「まったく傍迷惑なヤツだな!」
とけしかけておいてそうのたまい、
「これより式典を開始する!」
騎士団長チェルニーはニタリとそう宣言した。




