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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
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サイアスの千日物語 百五十三日目 その四

およそ荒野にあるまじき黄色い声の咲き乱れる

四戦隊営舎詰め所より、抜群の戦果を以て

資材部の誇る営業部の猛者らが撤収したのは

午後3時。第三時間区分半ばの事だった。


ステラらが詰め所を出ると彼女らの同僚である

資材部の工兵らが大挙南へと流れており、遠目

に見やる南方、内郭北西区画南部では式典会場

の設営が急ぎ進められていた。


式典は午後7時半より一時間程度の予定だ。

参列者2000名をその間立たせたままにする

気はないようで、まずは劇場前広場の中央を囲む

ようにして、膨大な数の座席が仮設されていた。


施工を取り仕切っているのはどうやら親方格の

職人であるようだ。ややそちらへと近付いて

それが資材部棟梁スターペス当人では無いと

把握したステラは急ぎ資材部へと戻る事とした。



「戻ったか。如何かな」


資材部ではスターペスが手短に出迎えた。


城砦近郊の随所で大規模な施工が展開される

現状、それら施工者の親玉である資材部棟梁の

忙しさは尋常ではない。


ステラらに対しては横目でちらりと眺めた

のみで視線をも交わさず、粛々と手元の

図面や書類を処理していた。



「首尾は上々以上です。それと

 こちらを預かって参りました」



とステラはドヤ感満載でスマイルした。





上々以上?、とその物言いに片眉を上げ

やや口元を綻ばせ、スターペスは漸くステラの

顔を見やり、彼女が差し出す書状を受け取った。


「上々以上」の内容についてはステラが口頭で

説明した。つまりは式典用の礼装が問題なく納品

できた事、ユハのリボンを追加発注された事。


軽く頷き聞くとはなしに聞いていたスターペス。

今は険しい目で書状に没頭し尽くし、周囲に

怪訝の目を向けさせていた。


書状とは四戦隊の営舎詰め所を発つ間際、

ユハを眺めているうちに何かを思いついた

らしきサイアスが、急遽認めたものであった。


書状はスターペス宛であり、サイアスは

スターペスの繁忙振りについてステラに確認を

取りもした。察するに名指し為打ちの類だろう。



「……」


「? あの、どうかされましたか?」


「……」



問われるもなお押し黙るスターペス。


その様は小刻みに震えているようにも見えた。


老獪な、かの「沼跳びロミュオー」に妖怪爺

とさえ呼ばれるほどのスターペスがお手紙一つ

で恐怖に竦むとは到底考え得るものではない。

つまりこれは武者震いの類であろう。


異形の巣食う修羅の巷、荒野の只中な

陸の孤島に十数年在り続けるスターペスを

ここまで揺さぶる書状の内容とは何か。


当然周囲の誰もが気になって、そろりそろり

と老匠の震える手が持つ書状を覗き込もうと

顔を近付けたものだが、乱れ飛ぶチョップ

によりビシビシとカウンターされた。


無防備に寄ったそのデコにズビシと

チョップを頂戴し、涙目で悶える

職人衆やステラたち。


そんな周囲を歯牙にもかけず、

スターペスは声を発した。



「あの方はこの老いぼれをとことん見込んで

 何度も一世一代の大仕事をさせて下さる。


 だが此度のこれは最早、一世一代どころ

 ではない。現行文明最大の、人類史に

 残る…… 否、人類史を紡ぐ大業じゃ。


 済まぬがワシはこれに専念する。

 無論式典には出席するがな。

 お前たち、後は任せたぞ」



言うが早いかスターペスは

足早に自身のアトリエへと去った。


残されたステラらは額を押さえつつも

思わず顔を見合わせた。次いでスターペスが

途中で打っ棄っていった膨大な残務の山積に

悲鳴を上げた。だがもう遅い。遅いのだ。





資材部棟梁スターペスは呼称こそ違えど実質

第三戦隊副長である。故に平素は城砦の母、

今はパパたる第三戦隊長クラニール・ブーク

に次ぐが如き激務に追われてもいた。


サイアスがはじめて資材部へと訪れた際も

絶えず職人らに指示を飛ばし多忙な風で、

入砦以来自身のための時間なぞまるで

取れぬまま働き尽くめであった。


だが職人の棟梁としては、それはむしろ

健全な事ではあった。満足に仕事を得られず

悶々と鬱屈するよりは繁盛し過ぎて首も回らぬ

方がいい。求められてこその職人だと常々周囲

に嘯いてもいた。


そして今、サイアスはスターペスに一個の

職人として、世紀の大仕事を依頼してきた。


報酬は勲功10万点。サイアスの所持勲功が

お小遣い制であり、一度に1万点までしか

使えぬ事は、とうに関係者各位の常識であった。


にもかかわらず、報酬はその10倍。

きちんと家族を説得した上でなのかどうか

までは定かでは無いし正直どうでも良い事だ。


だが一方でブークが城砦へと戻るまでの間

第三戦隊長代行だったサイアスの管理官として

経理等実務を統括していたロイエの辣腕振りを

思えば十中八九、命懸けの料金設定ではあろう。


最大の上得意がこの老骨の才に惚れ込み

入れ込んで命懸けで依頼してきたという訳だ。

これに応えずして何が職人か。スターペスは

そう考えたのだった。





そう、今やスターペスは職人の棟梁ではなく、

一介の職人へと立ち戻っていた。若き日々、

厳格にして頑固極まる親方であった父の元で

修行に明け暮れたあの日々が過ぎる。


サファイアの指輪、ルビーのティアラ。

どちらも当時の持てる力を振り絞った傑作だ

と自負している。が、此度はそれらを超えた

究極の最高傑作であらねばならぬ。ならぬのだ。


たとえ余命と引き換えにしても。いや。

老いぼれの余命などに如何程の価値がある

ものか。ならばたとえ魔に魂を売り渡そうとも

この作品を仕上げてみせよう。


フェルモリア大王国大王宮付き彫金師の子。

城砦騎士団第三戦隊資材部棟梁スターペスは

自らの心に毅然とそう誓い、半ば眠るように

瞑想しつつ、まずは作品の構想を練り始めた。


地上に、そして天上に。

天上天下遍く三千世界に二つとない

唯一にして無二の至宝を生み出すために。

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