サイアスの千日物語 百五十三日目 その三
身幅概ね指3本。詳細は不明も皮革製。
豊かな宝飾が施された細身の平たい領布。
それがサイアス邸に来た当初のユハだった。
当初より意思を有し独自に挙動。
サイアスの声に応じて手を伝い絡み付き、
以降は常に勝手に纏わり付いてサイアスの
護衛を自ら任ず。ただし役に立った事は無い。
元来は元光の巫女たるファータが強大な
魔術の使用の代償として蝕まれ行く自身の
記憶を外部保存すべく生み出した魔具だ。
その魔具がファータの記憶を自身のものとし、
一個の命として芽吹き、産まれた。
ファータ曰く、主食は眷属の血だと言う。
血を与えれば与える程育つとも。
そこで入砦直後より凡そ非常識な、明らかに
兵の域を凌駕した戦闘経験を積むサイアスの下へ
ファータは娘たるユハを「嫁がせた」のだった。
ファータの見立ては正に正しく、サイアスは
ユハにこれでもかと大量の、しかも頗る極上な
食事を与え続けた。
大ヒルや大口手足増し増し。ヒルドラに
できあがり。さらにははねっかえりたる
アン・ズーなど。
時に絶対強者たる城砦騎士すら返り討ちに
し得る大物らと何度となく渡り合い、その全て
の死闘に勝利して、それら強大な異形らの血を
ユハへと与え続けたのだ。
その結果、ユハは恐るべき速度で育った。
まず純白に近かったその体躯が、眷属らの
血の色である淡い紫に色づいた。
次いでその身に翼や四肢に似た紋様が現れ、
次第にそれらは実の翼や四肢へと分化した。
身幅は不均等に膨れて胴がはっきりとし、
次第に明確な頭部と尾が表出した。
そうして少しずつユハの姿は変じゆき、
今では翼持つ蛇のような。空飛ぶトカゲと
言えなくもないような、そんな姿へと至った。
宝石そのものであるつぶらな瞳を輝かせ、
二等辺三角形に近い頭部の先の口を小さく
パクつかせキュルキュルと鳴いて、ユハは
サイアスの右肩にのしっと乗って、その長い
尾をサイアスの左の肩からシュルリと垂らした。
未だ全長は四半オッピ程度だが、明確に
当初の領布の姿とは異なっていた。明らかに
不可思議で明らかに愛らしい、そして神話伝承
の謳う竜の如き姿へとユハは変貌を遂げていた。
ユハがこの状態に至ったのは合同作戦最後の
一手「ゼルミーラ」において大ヒル3体を
纏め斬りにした翌日の事だった。
それからは暫くはサイアス邸内でふらふら
ぽてぽてと、と飛ぶ練習をしていたものだが
この頃にはすっかりそれにも慣れていた。
また一家がこぞって可愛がるものだから
すっかり上機嫌で番犬ならぬ番竜を自認し、
室内の最も高い位置に陣取って周囲を見張り、
そのうちすやすやと居眠りしていた。
今も昔も、暢気な性格は変わらぬようだった。
今までユハが居る事にすら気付かなかった
資材部の営業部な面々やマナサ中隊の新兵な
女子衆は流石に呆気に取られユハに負けじと
口をパクパクさせていたが、すぐにユハの虜
と相成った。「可愛いは正義」。そういう事だ。
「流石はサイアス一家、ユハちゃんも
これまたとんでもない美女ですね……」
恐れ入った感じのステラ。
むしろ色々諦めの境地なものか
はぁ、と嘆息し、それを見たユハが
キュルリ。
と得意気に鳴いたため、
詰め所の方々で黄色い声が上がった。
どうやらプライドの高さも同水準のようだ。
「そ、そうですわ! ユハちゃんも
式典に参加されるのですか?
その、肩乗りな感じで」
と問うステラ。
是非そうせよと言わんばかりだ。
「ん、どうする?
ニティヤに抱っこしてて貰うかい」
とユハの喉辺りを
手指でつんつんするサイアス。
ユハはキュル、と頷く風だった。
「そうですか…… 残念です……」
心底残念そうなステラ。どうやら
ユハにフリフリなドレスを
着せる肚だったらしい。
「あぁ、居るよね、犬猫に服着せる人。
アンバーはそういうの嫌がってたな。
自慢の毛並みが見えなくなるからね」
と苦笑するサイアス。
ユハの総身にはきめ細かい鱗に似た紋様が
浮き上がっており、いずれはこれらが発達して
或いは陽光に、或いは星月に照らされて燦然と
輝く風を予感させていた。
「で、ではせめて、リボンだけでも……!」
ステラはなおも食い下がった。
「だってさ。どうする?」
サイアスはユハに問い、
ユハは首をクリクリと捻った。
「あぁ、つまりOKですね!
判ります! 判りますとも!」
ステラは都合よく忖度し裁縫職人へと目配せを。
すると職人は心得たものでものっそい速さで、
ただし十分な強度と縫製で何やら仕立て上げた。
それは白とピンクのストライプなリボンであり、
仕上がったそれは恭しくサイアスへ、ではなく
裁量権を有していそうなニティヤへ献上された。
「中々良い色合いね。
ユハ、いらっしゃい」
にこやかに笑むニティヤの下へ
ユハは速やかに飛んでいった。
そうしてユハはベリルの頭にのしっと
もたれつつ、首にリボンを蝶結びされた。
「……ねぇ、何か足りないわ」
とニティヤはサイアスを見つめた。
「はいはい。
好きなのをお使いください」
サイアスは苦笑しつつ腰のポーチより
小袋を取り出しニティヤへと手渡した。
小袋には裸石な宝石がゴロゴロしていた。
「これにするわ」
ニティヤは大粒の朝露に似た
アクアマリンを選び、一旦解かれた
リボンと共にそれらは裁縫職人の下へ。
彫金職人も加勢してアクアマリンは
リボンへと組み込まれ、蝶結びの結び目に
来るよう仕立てあげられた。
早速それを身に付けたユハの愛らしさに
詰め所からは再び黄色い声が沸き、ご機嫌と
なったサイアス一家は布地と宝石が色違いと
なる換えのリボンを複数発注するに至った。
こうしてユハはさらに愛らしさを増し、
一家は益々上機嫌に。そして資材部はきっちり
一儲け、と実に完璧な展開と成ったのだった。
1オッピ≒4メートル




