サイアスの千日物語 百五十三日目 その二
第三時間区分の序盤、概ね午後の一時半。
サイアスは第四戦隊営舎の詰め所にて
戦隊副長たるベオルクの戻りを待っていた。
戦勝式典は今夜。丁度6時間後に開始される。
暮明も完全に消えうせて、地を焦がす篝火と
天より滴る星月の明かりがせめぎ合いを見せ
始める。そんな頃合いに開始されるのだ。
現状荒野に在る城砦騎士団の総員は2500名。
そのうち城外の各地の拠点に詰める500余名
を除く2000名前後。つまりは総員の8割程
が此度の式典に参ずるとの事だ。
城砦騎士団の現有する戦闘員数は1700。
このうち300は先日の平原よりの輸送部隊
第1便に含まれていた補充兵だ。
彼らの大半は現状安全域と化している
城砦北方領域の随所の拠点へと派遣され
身的能力の鍛錬と称して施工の支援に充当
されていた。
これらにビフレストや歌陵楼の兵らを加えると
ほぼ500。つまりは戦闘員と非戦闘員の区別
なく、中央城砦に詰めるありとあらゆる人員を
一挙一堂に会せしめよう、そういう意図を
有するのが此度の式典なのだ。
如何に先の合同作戦以降中央城砦周辺より
敵影が消え失せているからと言えども。また
精々小一時間程度の間であるからといっても、
異形の巣食う荒野の只中でそれをやるのは
多分に無茶過ぎる嫌いがある。
よってそうした無茶を押し通すべく。
この時間区分は騎士団の誇る各精鋭部隊が
最大規模で出動。城砦近郊を大々的に巡邏し、
なけなしの敵影を根絶やさんとしていた。
巡邏の具体的な範囲としては、まずは
中央城砦の立つ高台一帯。次に合同作戦を
経て新規に獲得した所領である北方領域だ。
特に北方領域は随所に拠点がある上広範で、
そうなると活きて来るのが騎兵の機動力だ。
そして騎兵と言えば第四戦隊の専売特許。
よって騎士団全体の再編成を経て中隊規模と
なった騎兵隊は八面六臂な活躍を要求されて
いたのだが。その騎兵隊を仕切る騎士デレクが
現状某所に拉致監禁され前後不覚の状態ときた。
そこでデレクの上官たるベオルクの出番と
相成っているわけだ。実のところ、まずは
サイアスがデレクの代行を申し出たものだが、
「式典の主役が何を言っておるのかね。
大人しく着せ替え人形でもやっておれ」
とニタニタ笑うベオルクにあっさり却下された。
そう、そうなのだ。
四戦隊戦闘員の7割弱を占める、騎兵隊や
戦隊副長ベオルクやその供回りが出払った
後の四戦隊営舎には、マナサの特務中隊及び
中隊に属するサイアス小隊しか居ない。
さらにマナサ中隊とサイアス小隊には
男性がサイアスと三人衆、つまり4人のみ。
そのうち三人衆は劇場で絶賛魚人ペーストだ。
つまり営舎に男性はサイアスしか居ないのだ。
残りはすべて世に憚る、否、名立たる、かの
「荒野の女」ばかりなのであった。
ぶっちゃけると、ベオルクと供回りは
荒野の女濃度が極限に高まった危険極まる
営舎から、さっさと逃げ出したのであった。
そして残されたサイアスはというと、猛獣が
鳴いて逃げ出す荒野の女衆が放し飼いとなった
営舎詰め所で。周囲をぐるりと護衛されながら。
資材部からやってきたかしましい営業部の
女性陣により式典用の衣装をあてがわれ、
一家によってキャッキャと着せ替え人形に
されていたのだった。
「正直こんな事をしている場合では……」
と言いたいのをぐっとこらえて大人しく、
唯々諾々とお人形さんプレイに勤しむサイアス。
城砦騎士団中兵団員にとり、制式の服装と
言えばまずはガンビスンとホーズであった。
その色彩や細部の形状に各戦隊毎の特色を
有するも基本は同形となっていた。
ガンビスンは元来は甲冑の下衣であり、
後に単体として用い得るよう改良や装飾が
施されて出来た上着の事だ。
甲冑の下に着用するものであったため
全体として機密性が高くシルエットも
タイトでビシりとした印象が強い。
また各部に付属する革紐や金具に装甲を
取り付ければ即刻部分鎧程度には成る。
平素からそういう形で用いている者も
第四戦隊には少なくなかった。
さて、一方城砦騎士団中騎士会においては
制式の上着がガンビスンからジュストコール
へと移行する。
平素は兵団員同様ガンビスンを用い、或いは
甲冑の上にサーコートを纏いそれを以て正装と
嘯く者も少なくなかった。が、式典のかつ主役
ともなると、明確にドレスコードが定まっていた。
ジュストコールは前を合わせない、丈の長い
長袖の上着だ。シルエットとしては全土共通。
いわゆる上着や羽織の形状だが、比較的厚手で
縦長であり袖や裾には装飾要素も多かった。
サイアスに用意されたジュストコールは濃紺を
ベースとして襟や袖に金糸の刺繍。紋章は銀糸
であり随所に小振りな宝石をあしらった
瀟洒と豪奢を具有するものとなっていた。
さらに右肩にはカエリアの騎士の証となる
エイレット。左肩には連合爵位を示す
エポレットが装着される左右非対称な姿だ。
無論此処は荒野の只中であり人魔の大戦の
最前線であるから、式典用の礼装と言えど
戦闘に耐え得るものでなくてはならない。
裏地には鑷頭の腹の鞣革が用いられ
表地の柔和さを保ったまま強度をいや増し、
平原用ならふわりとしたレース地の覆う
袖口はざっくりとシンプルで、首下の
ジャボはきめ細かい東方風のラメラーだった。
「流石は閣下、完璧に合ってます!」
資材部でしつらえたものを実際に着せ、
即時な細部の微調整に励むステラが讃えた。
「そのまま戦闘に使えそうなのは
有り難い。 ……ボロボロにすると
後でそれはもぅ怒られそうだけれど」
とサイアス。
ボロボロにしてしまう自信は有った。
「全然大丈夫です! そりゃもぅ
何着でも発注してくださいまし!」
願ったり叶ったりな感満載のステラ。
売り手としては、それはそうだろう。
やがて実地の修正が済みその場で即座に
資材部自慢の裁縫職人が完璧に仕上げた
ジュストーコールを再度纏ったサイアスは
「これ、単体だと
瀟洒な感じで良いんだけどね」
と呟きつつ、すぅ、と手を伸ばした。
すると卓上に置かれた、十束の剣が納められた
魔具たる鞘「コンプレクトラ」が鈍く明滅し
中空を渡りサイアスの周囲を浮遊し旋回。
慌てて後ずさる職人らを尻目に、果たして
どこに引っ付いたものか、とでも言いたげに
何やらハードポイントを探す風であった。
「……」
周囲が言葉を忘れて呆然と見やるなか
コンプレクトラはどこに張り付いても
見目麗しくないと判断したらしい。結局
サイアスの傍らで宙に留まる事にしたようだ。
「諦めたか。君も中々
センス良いね、コンプレクトラ」
サイアスは魔具たる鞘にそう声を掛け、すっと
左手をさし出した。するとコンプレクトラは
褒められた事を喜んでか数度瞬くように明滅し、
サイアスの手の内に収まり大人しくなった。
センス。の問題なのか? これは。
と何やらメイクセンス出来ぬ風のステラ及び
資材部の面々であった。だがサイアス一家及び
四戦隊女子衆は最早見慣れたものか何も言わず。
むしろ
「こんなんで驚いてたら疲れるわよ?」
とロイエに言われ、
言われたそばからステラらは
仰天しひっくり返りそうになった。
というのも、
「ユハ、おいで」
とサイアスが声を掛けるや、
キュルキュル
天井の梁の辺りから何とも表現し難い
「声」のような音がして、
淡い紫色をして仄かに輝く、翼持つ蛇の如き
何がしかの存在がふよふよと宙を泳ぐように
滑り降りてきて、サイアスの首から肩に掛けて
のしっ
と乗っかった。
「ッ!!」
「こっ、これは……」
「……まさか、ドラ……!?」
資材部からの面々は多いに面食らい
しどろもどろでサイアスに問うた。
眼前の存在に神話伝承に謳われる、かの
大いなる存在を想起せずにはいられなかった。
……まぁ、随分と暢気でちんまい雰囲気だが。
「ユハさ。可愛いだろう?
眷属の血肉が大好物でね。
人は食べない。と思う。多分」
サイアスは笑顔でそう告げ右手を顔の傍らへ。
サイアスにのっしりしたユハはそのその手指に
頭をこすりつけ、うっとりしている風だった。




