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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1165/1317

サイアスの千日物語 百五十三日目

その後もアトリアは城砦内の随所に現れ、

専ら騎士級の人物と面会した。既に日付は

式典当日であり、本番まであと時間区分3つ

といったところだ。


携行し得る楽器に素養のある者は既に劇場へと

召集されていた事もあり、サイアス側としては

身的能力が図抜けて高く即応し易い城砦騎士を

中心に声を掛けてまわっているようだ。


ただし城砦騎士はもとより20名前後しか

居ない。選択肢はとにかく少なかったが、

アトリアはそうした城内の全ての騎士の下を

訪れて謹厳実直にサイアスの意向を伝え続けた。


結論として、演奏者として確保できたのは

第一戦隊よりユニカ。第二戦隊よりミツルギ。

以上2名のみに過ぎなかった。


仕手としては余りに少ないがそれでも当初より

それが織り込み済みだったものか、アトリアは

特段悲嘆する事もなく淡々と事を運び、彼女ら

のために劇場からチェロとヴィオラを1挺ずつ

届け、役目を終えてサイアス邸へと戻った。


「助かりました。

 有り難う御座います」


サイアスは笑顔でアトリアを労った。


今はブークの供回りが何食わぬ顔で届けた

自身用の騎士団制式ヴァイオリンを調律中だ。


サイアスのヴァイオリンの背面に刻印された

城砦騎士団の紋章の傍らには5の数字が在った。


「あと一人見繕えば形にはなります。

 身内を当たってみるとしましょう」


とサイアス。


ユニカにミツルギ、そしてサイアス。

後一人補って弦楽四重奏カルテットを装うらしい。

これに対し


「いえ、その必要はありません」


とアトリア。



「私がおります」



真顔で頷きヴィオラを取り出した。





第一時間区分終盤、午前4時半頃。


式典全体の差配もあるため他の楽隊員らと只管

教導特訓に明け暮れるわけにもいかぬブークは

例によって劇場内に立ち上げた式典のための

特別対策本部へと移動。


遠鳴りに響く楽器らのさえずりを充実感に

満ち溢れた表情で聴きながら、諸々の書面に

目を通し処理を始めた。


と、ブークの供回りの一人が血相を変えて


「閣下、その、実は……」


と言い難そうに切り出した。



「数が合わないのかい?」



ブークは書面へと目を落としたままだが

その表情には仄かに苦笑も混じっていた。


「申し訳ありません! 管理には

 万全を期していたのですが……ッ!」


平謝りなる供回り。

極めて優秀な人物であり

謝罪の仕方も超一流であった。



「面をあげてくれたまえ。

 君に落ち度が無いことは

 勿論、重々承知しているよ」



早速一枚書類を決済した。


ただし傍らには式典関係に加えて。


合同作戦終了後サイアスが戦隊長代行並びに

兵団長を解任された事で、管理官を担っていた

ロイエが一切手を付けず放置し出した、現行の

随所での施工に纏わる膨大な書類が聳えていた。



「ここは人智の及ばぬ地だからね。

 まぁ相手が悪かったという事さ」



楽器の紛失に関してか、未決済な山脈の事か。

或いはその両方を指してかブークは肩を竦めた。





「消えたのはチェロ1挺、ヴィオラ2挺。

 ヴィオラ2挺はそれぞれ調律内容が

 異なっている、か……


 そこにヴァイオリンを加えて

 弦楽四重奏でいく気だろうかね。

 中々味な真似をしてくれるじゃないか」


供回りよりの紛失内容を確認した

ブークは腕組みしつつ左手を顎に添えて



「フフ、サイアス君なら

 気付くだろうとは思っていたよ。


 まぁ私としても気持ちはとてもよく判る。

 ここは一つ、有り難く一曲賜ろうじゃないか。

 楽器は事が済めばちゃんと戻ってくるさ。

 ……楽隊の新メンバー付きでね。フッフッフ」



と大層楽しげな、供回りとしては

恐縮するやら困惑するやら悲喜交々(こもごも)だ。



「処理すべき案件が山積しているため

 私は暫くここを動けないようだ。恐らく

『第三時間区分まで顔を出せない』だろう。

 ……マナサ君にそう伝えてきてくれるかい?」



と実に「良い笑顔」のブーク。

供回りらは直ぐにその意向を汲み取って

適宜応答し挙動した。





「昼まで顔を出せない? そう。

 随分と『気が利いている』わね」


ブークの意向を察知して、報じた

ブークの供回りへと目を細め頷くマナサ。

ブークの下へと戻る供回りが退室した後


「折角の御厚意は有効に活用しなくては

 ならないわね。ちょっと飛ばすわよ?」


と一層苛烈さを以て教導特訓を再開した。


魚人のにこごりとなっていた楽隊の面々は

既に有意な個体としての意識を保たぬ様だ。

あとは魔が顕現するだけ、そんな風情であった。

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