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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1163/1317

サイアスの千日物語 百五十二日目 その七

本城中枢区画の中央塔における上層部の軍議は

扱う内容が内容だけに何時になく長引いていた。


当初は軍議が済み次第、第三時間区分中にも

劇場へと戻るつもりだったブークとローディス。


だが三大国家の最新情勢を確認した後も議論は

続き、彼らが解放されるのは第四時間区分に

入ってからとなりそうな見込みであった。


そんな頃、内郭北西区画の第四戦隊営舎内、

サイアス邸の公邸側では、チェンバロの

鍵盤に踊る指の数が増えていた。


サイアスとベリルの演奏にニティヤも加わり

3名で4つの旋律を遊ばせ、明るくふくよかな

ポリフォニーの華やぎを響かせていた。



やがて調べが一巡し音の流れが留まった。

そこからはベリルとニティヤに演奏を任せ、

サイアス自身は白紙の画布に諸々の当たりを

付けていた。すると



「お待たせしました」



声と共に傍らにアトリアが現れて

サイアスに諸々の報告を成した。





城砦軍師アトリアは中央塔付属参謀部構成員の

中でも三役と呼ばれる序列最上位3名の一人だ。


役職としては参謀長補佐官。

さらに監察の長を兼任してもいる。


元二戦隊隠密衆でもある彼女は常に冷徹に

必要十分の仕事をこなすが、それ以上は一切

関知しない。それが東方伝来の忍びの一族の

頭領たる彼女の処世術でもあった。


よって本来なら上層部の軍議に出席していて

然るべき立場であったが、補佐すべきお困り様

な参謀長がすやすやと休眠中は、積極的に三役

としての務めをサボる事にしていた。


ちなみに今一人の三役である外務官。

城砦軍師ヴァディスもまた、サボる事に

関しては他の追随を許さない。


今はサイアス邸の私邸側、中央城砦内の

個人邸中宅随一とも噂される豪奢な浴場と

堕落の間を行き来して極楽至極を満喫中だ。



「内郭当区画の劇場に第三戦隊長令で

 数十の兵員が集められているようです。

 四戦隊からは城砦騎士お二方を含む7名。

 最も多いのは第三戦隊からの員数の模様。


 現地にはマナサ様がおられるため、

 潜入しての調査は避けました。ほぼ確実に

 こちらの動向を看破されてしまいますので。


 代わりにブーク閣下の供回りが所持していた

 書状を拝借し写しを取りました。こちらです」



そう言ってアトリアは書状を差し出した。


マナサに挑む愚は冒さず、さりとて役目は

過不足なく確実にこなす。いかにもアトリア

らしい成果であった。


「流石はアトリアさん。有難う御座います」


サイアスはアトリアに一礼し

有り難く書状を受け取った。





「成程、やはりそういう事か……

 私を演奏会から外すとは……

 勿論御厚意ゆえなのは判るけれど……」


ブツクサと、淡々と呟きながら

譜面を仕上げていくサイアス。 


「大体、閣下だって祝われる側なのに……

 これはただで済ますわけにはいかないな……」


どうやら歌姫としてのプライド的に

出番が無いのは許されざる事のようだ。



「だがまぁ…… フフ。

 軍議が紛糾するのは予測済みさ。

 そのたっぷりとした隙を衝かせて頂こう」



仕上がった譜面を恐ろしい速さで、かつ

機械的なまでに調った筆致で量産するサイアス。

あの母仕込みな写譜の速度と精確さは蓋し当代

でも異数のものであった。


やがて周囲が呆れかえる勢いで数十の譜面を

量産し終えたサイアスはそれらをカッカッと

纏め束ね、一番上な譜面の端に何やら

サラサラと一筆認めた。



「アトリアさん、これらを恐らくは

 現状現地にて指揮を執っておられる

 マナサ様へと届けて貰えませんか?

 お渡しするだけで全て伝わるはずです」


「お安い御用です。直ちに」



小さく笑んで受け取るや否や、

譜面の束とアトリアは消えた。





そしてアトリアは劇場に。強烈極まる

殺気を飛ばし、ビシバシと教導特訓に励む

マナサの下へと現れた。


「あらあら、うふふ……

 流石にあの子は聡いわね」


マナサはアトリアへにこやかに一礼。



「任せて頂戴、完璧に仕込んでおく。

 そうサイアスに伝えて貰えるかしら」


「了解しました。

 私も楽しみにさせて貰います」



やはり元隠密衆同士波長が合うものか、

互いに似たような笑みを浮かべ頷き合う二人。


不意にアトリアが消え、マナサは

様子を見守っていた楽団員らへと振り返った。



「今の曲は一旦切り上げる。

 まずはこの曲を仕上げるわ。


 さぁ、倒れてもすぐに起こして

 あげるから、死ぬ気でやって頂戴」



むしろ死ね、死なねば殺す。


然様に凄絶な笑みを浮かべる城砦騎士

「皆殺しの」マナサ。既に煮込まれすぎて

魚人のアラ汁の如くになっていた楽団員らに

これに抗う術はまるでなかった。

 




これまで以上に、さながら魔の如く

苛烈極まるマナサの教導特訓により、

サイアスの策は着実に下拵えが進んだ。


第四時間区分半ば、ブークとローディスが

劇場へと戻る頃には、総員がサイアスの用意

した曲を完全に暗譜し巧みに弾きこなせる

ようになっていた。


マナサは証拠隠滅のためローディスの分を

除く全ての譜面を処分。両戦隊長が姿を

見せた際には別の曲の仕上げに当たっていた。


こうしてサイアスの策謀は滞りなく準備された。

ただしその分楽団員らは一層疲労困憊(こんぱい)し、最早

魚人の煮こごりの如き有様となっていた。

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