サイアスの千日物語 百五十二日目 その四
祈祷師パンチョの語るのっぴきならぬ内容に
上層部の面々は容易に言葉を発せずに居た。
だが元より城砦騎士団は武断派だらけであり、
困ったらとりあえず斬れ、で全てを片付ける
ような連中でもあった。よって
「まぁ、何であれ
こちらの対応は変わらない。
立ちはだかる者は全て討つのみだ」
と騎士団長チェルニー。
「お前ぇもたまには良い事言うじゃねぇか」
「馬鹿言え、俺は良い事しか言わん」
騎士会での位階が等しく同期である
二戦隊副長ファーレンハイトと軽口を叩いた。
「フフ、是非とも休み休みで頼むぞ。
それで? 何処の何を斬れば良いのだ」
斬る事に関しては人類史上異数。
二戦隊長剣聖ローディスは端的に問うた。
「作成年代はおよそ500年前。
作者に関しては不明です。先代文明に
関する記録の多くは逸失していますのでね。
多分に推論ですが、おそらくは
防衛機構の類ではないでしょうかね……」
と祈祷師パンチョ。
再び会議室に不穏な空気が流れた。
「防衛機構だと?
どういう意味だ。いや、
そもそも何からの防衛だ」
一戦隊長オッピドゥスは訝った。
「無論『人の世』からの、でしょう。
平原史のおさらいでもしますか?」
と筆頭軍師ルジヌ。むしろ
おさらいをしたくて仕方ない風だ。
今以上に不機嫌になられると困るため、
「そうだな、頼む」
とオッピドゥスは素直に
ルジヌへと応じた。
「現状我々の知りうる範囲では、現行文明の
時代に先だって複数の文明とそれに由来
する時代があった事が判明しています。
最も古いのが平原中央より大規模な
支配権を確立していたとされる
『闇の王国』とこれに纏わる文明や時代。
闇の王国では人と人ならざる存在が共存し、
極めて高度な文明が繁栄していたのだと
伝わっています。
次に現れたのが人類単一種族による
『光の王国』です。平原の中心より興って
闇の王国を蚕食・淘汰して勢力を拡大。
闇の王国の残党勢力は平原の東西南北の
僻地へと追いやられ、そこでそれぞれが
それぞれの仕方で闇の王国の事物を継承し
新規の文明圏を構築しました。
やがて光の王国は平原の四方へもその
勢力を伸ばしていき、北の『火の文明圏』
と南の『地の文明圏』を制圧した辺りで
失速、その後衰退し滅亡。
光の王国の跡地には北からカエリア、
トリクティア、フェルモリア。今で言う
三大国家が勃興し現行文明へと続く格好です」
戦と説教を何より好むルジヌは嬉々として、
しかし表情は変えず淡々と語った。これらは
平原の識者の間では相応に周知の事実であり、
この場の全ての者にとっても既知であった。
平原中央より全土制覇を狙って南北2つの
文明圏を攻め滅ぼした光の王国は、東西2つの
文明圏を滅ぼす事なく自ら滅んだ。
もっともこれは光の王国と東西2つの文明圏
との間に戦が無かった事を意味しない。当然
大局の趨勢を決さぬ程度には激戦があり、
多くの命が失われていた。
「東西2つの文明のうち、東の『風の文明圏』
は早くから平原東部に土着の文明と習合し
東方文明圏を構築、平原中央とは常に一定の
距離を保ちつつ内乱に明け暮れる状況でした。
他方、西の『水の文明圏』は天然の国境とも
成り得る大河、そして今はラインと呼ばれる
その川と東方に散在する、現在は『西方諸国』
と呼ばれる衛星都市国家群の抵抗。
これらにより高い独立性を保ってはいた
ものの、南北の次に東西となるのは自明な
ため、本土決戦をも視野に入れた大規模な
防衛機構を構築していました。
その一つが此度のこの面に係る
諸々の事象ではないか、という事です」
とルジヌはなお続け、
「……人と人ならざるものの共存ってのは、
とどのつまりは魔や眷属と共存していた、
そういう事か?」
オッピドゥスがなお問い、
「今我らの知る魔や眷属そのものであるかは
不明ですし、その点は重要ではないでしょう。
肝要なのは『水の文明圏』の戦力に
『人以外』も含まれていたらしいという事。
そして件の面が『人以外』を戦力として
用いるために造られた言わば罠であり、
結局は発動する事なく光の王国は滅亡。
そのまま放棄されさらに数百年が過ぎ
『血の宴』が起きた。とまぁそういう事ですね」
軽く額を押さえつつ、
ブークがそのように纏めてみせた。
「流石にご理解が早い。そういう事です。
無論『私の推論では』、という事ですが」
パンチョはフードの下で微笑を湛えた。
「はっきり事実と断言していいぞ。
我々騎士団は敵か味方かでしか判断せん」
とチェルニー。
「フフ…… まぁまぁ。
私は西方諸国連合隷下城砦騎士団の
中央塔付属参謀部に所属する祈祷師。
西方三賢者が一人、パンチョ。
『そうである事が好き』なのです。
どうかこの辺でご容赦を」
パンチョは目深なフードの下の笑みと
共に、上層部一同へ向かって敬礼した。
「しかと聞いた。まぁ宜しくな!」
チェルニー始め一同は屈託なく笑い、
「それで、だ。
今この現在平原に在って大昔の罠な面の
存在を知り、騎士団領を、ひいては平原全土
を殺戮と混沌の坩堝に変えようとしているヤツ
とは誰で、今一体どこにいるのだ」
とチェルニーが再度問うた。
「騎士団領にはもう居ないでしょう。
闇の勢力と結託し、恐らくは三大国家の
領内何処かで暗躍している筈です。
木を隠すには森の中。
人を隠すには国の中。
またまた推論で宜しければ、
三大国家中枢のかなり高位の人物と
内応してそうな感はありますね。
とまれこれ以上を知るには人を遣って
調査する必要があるでしょうねぇ……」
「成程な、よく判った」
チェルニーの頷きに再度敬礼を返し、
パンチョは再びルジヌの傍らに控えて
目深なフードの下で仄かな微笑を見せていた。




