サイアスの千日物語 百五十一日目 その十一
「ふむぅ、これがトランペット……」
ブークに促されるがままトランペットを
手にしたシェドは、何やら感じるところでも
あったものか、しげしげと掌中の楽器を眺めた。
色味からして真鍮製。如何なる匠の名品か
茎の部分は実に滑らかな楕円を構築し複雑な
集合部へと続いている。材質が合金である事や
その精緻な仕事振りにもしやと思ったシェドは
「おぉ、やっぱりか」
指で押し込むらしきボタンの側に
紋章が刻印されているのを見つけた。
金床を台座として鎮座するそれぞれ
正面と左右を向く三頭の獅子。すなわち
フェルモリア大王国王立工廠製の証だ。
シェドとて腐ってもフェルモリアの王子。
自国の誇る逸品がまわってきた事に奇縁を
感じているらしく、
「おっしゃ! これも縁!!
俺っちがパッキャマラオってやんよ!!」
と大きく息を吸い込んで
マウスピースへと口を宛がって
すこー。
と大変残念な感じになった。
「ふぁっ!? 何でじゃ!」
こっ恥ずかしさ全開のシェドは
狼狽を露にさらに吹き込むが
ふほー。
ぷひー。
と哀しすぎる体たらくだ。
「ふむ、草笛の要領でどうだろうね」
と楽曲の選定に勤しむブークが一言。
「というかまずはお面を取るべきじゃ」
「まったくだ」
ランドとラーズは呆れてみせた。が
「ぉいごらぁ! わざとか!
わざとゆうとんのか!」
「あぁ?」
喇叭の如く吼えるシェド。
それを胡乱に見返すラーズ。
「こりゃ素顔じゃきに!」
「……えっ?」
魂の叫びを見せるシェド。
それを否定的に見返すランド。
だが、確かにそういう事だった。
「ならいっそ面を付けてみちゃどうだ」
とラーズ。
当人は前回も今回もヴァイオリンなため、
あっさり調律が済んで以降は手持ち無沙汰と
なっているようだ。
「おぉ、逆転の発想か!
アリやな!」
これはしたりと膝を打つシェド。
「アリでいいのかい? 本当に?」
と一通りの膜鳴楽器を試し終え、次は
組み合わせや配置を思案するランド。
「あたぼうよ! いくぜ!
変ッ身ン……」
シェドは左拳を腰に付け右手を斜め左上方へ。
そこから右手を時計回りに回すと見せて
一気に腰へ。さらに左手を斜め右上方へと
送って左右対称の変化を成した。
これぞシェドの愛読書「明日からデキる!
イケてるポーズ18選」に載る奥義の一つ
「ヘン・シン」のポーズであった。
「トォゥ!」
と一声叫んで前方宙返り、は周りの迷惑なので
小さく前転し、起き上がり様にスチャっと
トランペットを構え、
パララー、パッパッパッパッパパパ、パララー。
と思わず誰もが振り返るほどの
華麗な音色を響かせた。
「凄ぇなお前……」
二の句が告げぬ感じのラーズ。
「火男面の口とトランペットが
一体化してるね……」
見てはならぬものを
見てしまった感のランド。
「ははは、まぁこれで皆一通り
音を出せるようにはなったようだね。
では順次音階を確認していこうか」
素顔であれ面であれ音が出ればそれで良い。
まさにそんな感じのブークであった。
一方その頃。第四戦隊の営舎詰め所では
北方領域の哨戒任務を終え戻ってきたデレクが
ベオルクに書類を押し付けられていた。そこに
「デレク卿、第三戦隊長ブークより
楽隊制式ヴァイオリンを贈呈したいので
同様の数名様共々劇場までお越し願いたい
との事です」
とブークの供回りがやってきて告げた。
「おー、絶好のタイミング」
押し付けられた書類を丁重にベオルクへと
お返しするデレク。ベオルクは大層嫌そうに
「劇場へはサイアス隊の三人衆も
出向いているな。一向に戻って来ぬようだが」
と供回りをジト見した。
三人衆が営舎を経ってより
既に2時間強が経過していた。
今は午後8時。第四時間区分であった。
「ふむ? それは……
なんだか嫌な予感がする」
ヴァイオリンは欲しいのだが、
と何やら頗る訝るデレク。
「サボりの勘か」
と自称イケメンズの一人。
「まーな。書類退治の方が
まだ楽かも知れん」
ベオルク同様、
使者なブークの供回りの
顔をじっと覗きこむデレク。
だが使者は顔色一つ変えることなく
「マナサ卿にもお伝えしたいのですが」
と淡々と。
「アレは今サイアス邸だ。
邪魔すれば確実に命はないぞ。
ここに出てきた際に伝えてはおこう」
とベオルク。
現在マナサはヴァディスと共に
サイアス邸で久々に飯酒風呂を堪能中だ。
邪魔すれば命が幾らあっても足りないだろう。
「了解致しました。
ではこちらを……」
使者はベオルクにすぃと書状を。
ベオルクはデレクらが覗き込めぬよう
ちらりと持ち上げ垣間見てすぐ閉じた。
「うむ、良かろう。
良きに計らうが良い」
不敵な笑みで頷くベオルク。
「これはまずい」
「間違いなく罠だ」
ベオルクのその様に騒ぎ出すデレクら。
「良いからさっさと行ってこい。
ブーク閣下に宜しくな」
ベオルクはしっしとデレクらを追い払い、
デレクらはブツブツ言いながら営舎を経った。
デレクらが去った後、ベオルクは
再度書状を眺めクツクツと笑った。
「発、第三戦隊長ブーク。
宛、第四戦隊副長ベオルク。
マナサ卿及びデレク卿他数名を
2日後の式典終了まで派遣下されたし」
書状にはそう記載されていた。




