サイアスの千日物語 百五十一日目 その十
最も厄介な3名の楽器選びが平穏理に済み、
ブークのみならず多数が心中胸を撫で降ろす中。
他の者らについても粛々と選定が進んでいった。
先の軍楽隊20名においては、サイアスの要請
で招聘された第一戦隊教導隊の面々を除けば皆
元より奏楽の達者であるため基本は出来ていた。
また教導隊の面々にしても隊長たるルメールと
しては10名を選抜し、そこからさらに絞って
自身含む6名にて参加。
奇しくもこれは、かの筋肉舞踏祭における
舞踏の部で優勝した「ブラックマッスルズ」
の主力メンバーでもあった。
とまれ二段階の選抜を経ていただけあって
抜群の適正を発揮し、少数ながらも楽器群を
引っくり返す勢いな大音響を演出し、演奏会を
大いに盛り上げたのだった。
ただ、前回惜しくも選から漏れた5名は
どうにも心中穏やかならず。いずれ雪辱を
果たさんと大いに意気込んでいたようで、
楽器選定を進める最中にこそこそと。
縦にも横にも嵩張る大柄な彼らが精一杯
こそこそしつつ一同に混じり込み、生暖かい目
で見守られつつしれっと楽器選定に混じった。
これにて此度の楽隊は35名となった。
ひょっとするとさらに増えるのかも知れない。
だが楽隊の規模が増すというなら、ブーク
としては願ったり叶ったりであった。
また人数が増えた分各部門の員数も増し、
要するにヴァイオリン担当者も増えるため、
貰ったばかりの名器を使ってみたくて仕方ない
連中が嬉々として自らを楽隊の主力へと編じた。
とまれこうして新生軍楽隊の楽器選びは穏当に
進み、現場にいるうちでは残り2名で最後と
なった。その2名とは誰あろう。彼らだ。
「さて、後は君たちの楽器だね。
ご両名、奏楽の経験はお有りかな?」
予測は付けつつも予断は許さず、
きっちり然様に問いかけるブーク。
「まるでないっす!」
「僕も、ずっと聴いてる
だけでした…… すみません!」
返答は予測の通りではあった。
「いや何も問題はないさ。ただ、
そうだね…… その分適正が最大限発揮
できるように、選定は一層頑張らないとね」
軽く頷き、顎に手指を添え思案気なブーク。
他の者らは自身の用いる楽器について、
ブークの供回りより小冊子を渡されていた。
如才ない彼らは各楽器を購入する際構造や
奏法、取り扱い上の注意等を網羅し要約して
準備していたのだった。
楽器と冊子を交互に見比べ早速のめり込む
楽隊の面々。こうなるとブークらの会話
どころか他者の奏でる音さえも、まるで
聞こえてはこなかった。
「ふむ、まずはランド君だが。
君は非凡な器用さと人並み以上の
敏捷を有している。そして何より。
通常数名掛かりで扱う兵器を単独で
用い得る、言わば『並列作業』の達人だ。
そこで君には個々の動作は単調ながらも
奥深く、さらに複数を纏めて制御する必要
のある、そういう楽器を紹介させて貰おう」
語り掛けつつブークが示したのは、腰ほどの
高さまである杯に似た鼓を始めとして大小の
太鼓やその他細々とした鳴り物を集めた一帯だ。
「……えーっと。
たくさんありますが……」
どうみても手足の数より多いそれらを眺め
やや引き攣った笑みを投げ掛けるランド。
「勿論全てを同時に用いるわけじゃない。
曲によって数個ずつ選んで用いる事になる。
基本となるのはティンパニで、
曲ごとにあと数点といったところかな」
「成程……」
十分無茶振りのままではあるのだが
十分納得してしまうランド。確かに
並列作業とやらは得意であった。
「膜鳴楽器にも音階はある。
いや音律というべきか。また楽器自体に
設定されている音は一つでも、打ち方や
打つ部位次第で音量や音色がまるで変わる。
実に奥深く実に遣り甲斐のある楽器だが
まず間違いなく遣い手を選ぶ。君なら
遣いこなせるのではないかな」
膜鳴楽器とは筒等の表面に張った皮を打って
振動を放つ楽器の事で外見も音も多種多様。
打ち方も実に多岐に渡る難物でもある。
だが難度が高い、さらに君ならできる、と
煽られてしまっては黙っていられない。
ランドの中の職人気質がメラメラと燃え始めた。
「了解しました!
やってみせます!」
と胸を鼓の如くに打ってみせた。
「さて、いよいよ君だ」
「いよいよ俺っちきた!」
頷くブークの倍は激しく頷くシェド。
「君は膂力こそ人並みだが、他の
能力はすば抜けて高いからね。
重いものでなければ何だって
使いこなせるに違いない。
君自身としてはどういった
感じのものがお好みかな?」
とブーク。
体力と器用そして敏捷。身的能力5種のうち
実に3種が人の種としての限界に近い値にまで
達しているシェドならば、確かに鍛え方次第で
どんな楽器でも使いこなせそうではあった。
「目立つヤツ! とにかく
カッチェエやつが良いっす!!」
が、当人の希望には偏りが強かった。
「何も演奏してなくても
十分過ぎるほど目立ってるよ?」
「むしろ落ち着きを学べよ」
「カーッ! 黙らっしゃい!」
ランドとラーズの突っ込みに吠え帰すシェド。
「俺より目立つ事は許さん」
「方向性が違うんでだいじょぶっす!」
剣聖のお困り攻撃をもひらりとかわしつつ
「公爵閣下! 是非とも
超イカすヤツおなしゃっす!!」
トリプルサルコゥダブルトゥーループ
からのトラ・ボルタをキメた。
うんどう見ても最適なのは創作ダンスだ。
いっそタップダンスも良いかも知れない。
などとブークは思ったが、まぁ楽隊なので
そうもいかない。そこで
「ふむ…… 肺活量もある風だし、
これにしてみようか」
と腕の長さに程近い、とある楽器を選定した。
「お! 喇叭っすか!」
と興味津々のシェド。
ブークが見繕ったのは真鍮色の水仙。
茎にあたる部分はやや角ばった楕円状に
くるりと一周巻かれており、巻かれた部分
の管からは脇に数本の短い円筒、その先には
ボタンらしきものもついていた。
「これは喇叭の進化系、それも最新版さ。
名をトランペットという。試してみるかい」
ブークは不敵に笑んでみせた。




