表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1153/1317

サイアスの千日物語 百五十一日目 その九

語り草となっている先の入砦式での演奏は、

指揮者込みで20名によるものとなっていた。


その際ヴァイオリンはラーズの奏でる1挺のみ。

他の鳴り物はリュートやハープ等發弦楽器が

主体となっていて、全体のボリューム不足を補う

べく第一戦隊からルメール率いる教導隊を招聘。


屈強な筋肉の塊たる彼らの実に心地よい重低音と

一人で彼らとタメを張る圧倒的な声量を誇る

セメレーの高音。そしてサイアスの流麗な、

アルトとしか言いようがない魔性の声が調和し

聴き手の魂を揺さぶるところとなったのだった。


黒の月とその後の多数の戦局を超えて、幸い

演奏者は全て存命であり、騎士団制式たる

ヴァイオリンを入手する事となったのも20名。


デレクらには後ほど内密に声を掛けるとして、

20名からサイアスを抜いて代わりに4名増え

結果として23名。


ブークはこれに、入砦式以降に兵員となった者

から心得のある者を7名見繕い計30名とした。


「うむ、まずはこれでいこう。

 劇場のこけら落としまでには

 50名を目指したいところだね」


とブーク。


城砦騎士団の編成において城砦騎士1名が

率いる兵の数は、概ね50名。一個中隊まで

とされていた。つまりブークは軍楽隊の規模を

一個中隊以上として運営したい意向のようだ。


もっとも現状、そして将来的にも他部所との

兼任が主流であり、実働させ得るのはまずは

小隊規模ということになりそうではあった。





「では編成について話をしようか。

 誰が何の楽器を担当するかという事だ」


ブークは話題を新たにした。



「前回はヴァイオリンが一挺のみだったのを

 歌唱で補ったが、今回は十分に数がある。


 他にも平原から様々な楽器を持ち帰って

 いるのでね。当面は楽器のみで楽隊を

 編成する意向だ。

 

 具体的には10名強をヴァイオリン担当と

 して、残りは他の楽器を引き受けて貰う」



さらりと会話の流れの中で

歌唱禁止を提唱したブーク。


これに対しローディスは特に異存を示さず

にこやかで、ブークは内心ほっとしつつ



「今回持ち帰った他の楽器には

 開発されたばかりの新型も多い。


 中でも管楽器は面白い。機械式の

 弁を多様する事で微細な音程の調整が

 誰にでもできるようになっているんだ。


 今までは単に五月蝿いだけだった喇叭も

 今後は随分豊かな旋律を奏でる事になる」



とほくそ笑んだ。


古来より号令代わりに用いられてきた角笛や

喇叭には音程調整機構が乏しく、精々一つか

二つの音色を爆音で鳴らす事しかできなかった。


そのため繊細な音の変化を好む音楽愛好家の

中にはこれらを忌み嫌う者も多く、喇叭らっぱの音を

聴くだけで失神したり、狂乱する者までも居た。



「管は弦より大きな音がでる。

 音のバランスを考えた場合。

 30名なら1種1名が良さそうだ。

 いわゆる1管編成というヤツだね。

 

 とまれ他にどんな楽器があるのかは

 是非ともその目で確かめてくれたまえ」



ブークの言に巧みに合わせ

供回りが台車を数台押してきた。


そこには形状こそ似ているものの、色や

大きさが随分異なる多数の楽器が積まれて

おり、一同は感嘆と好奇の声をあげた。





誰しもがまず目に留めたのは、抜群の

存在感を示す特大のヴァイオリン、らしきもの。


自身の手中の品と何度も見比べるようにして

自身の背丈に勝るとも劣らぬ冗談の如きもの

まで含むそれらをしげしげと眺め、一同は

ブークによる解説を待った。


「ははは、そりゃ気になるだろうね……

 勿論それらは冗談の類などではなく、

 歴とした主役級の楽器たちだよ」


とブークは笑い


「楽器は基本的に、大きなもの程低い音が出る。

 つまりそれらは低音特化のヴァイオリン、

 そういう言い方ができるだろうね」


自身が納得する風に頷いていた。



音とは空気の振動であり、楽器とは高い

志向性を有する音を発生させる装置である。


音の発生を担う機構は様々だが、発生した

音の大きさは振動を増幅する共鳴箱の

大きさで決まる。


ヴァイオリンなら下半身の瓢箪に似た膨らみ

がそれであり、基本的にはこれが大きい程

地の底より響くような重低音が生み出せるのだ。



「ヴァイオリンより一回り大振りなものが

 ヴィオラ。さらに大きく人の胴並なのが

 チェロ。どうみても巨人族な図体なのが

 ヴィオローネだ。


 奏法はヴァイオリンと近似しているが

 ヴィオローネに関しては大柄な人物の方が

 使い易いかも知れないね。ルメール君たち

 向きかも知れない」





ヴィオラにチェロ、ヴィオローネ。

手足を生やせばカブトムシの親子なそれら

のうち、ヴィオローネ2挺については巨人族の

亜種と言えそうな屈強さを誇る第一戦隊教導隊の

騎士ルメールと隊員1名が担当する事となった。


ヴィオラとチェロは兵士なら誰でも問題なく

扱える大きさにあるため各人の好みに任せる事

とし、まずはヴァイオリン属の楽器群が定まった。



「管楽器には木と金がある。両者の

 違いは材質ではない。音の出し方だ。

 金管は音を自作しないといけないね。


 どちらも従来型との最大の相違点は、

 穴を押さえるのが指の腹ではなく

 弁なのだという点だろうかね。


 金管はさらに特殊な機構も具えている。

 これで他の楽器に負けぬ複雑な音色を

 出せるようにもなった。


 管楽器に関してもサイズが大きいほど低音に

 特化している。そして勿論、特に金管は

 大きなものほど奏者に膂力と体力を要求する。

 これらも第一戦隊の諸君向きと言えるだろう」



前回歌唱を担当していた第一戦隊の面々は

そもそも奏曲に通暁しておらず、サイアスに

声量を乞われて参画していた。


よって自身のうちに楽器そのものに対する

こだわりは薄く、必要としてくれるなら

どんな楽器でも使いこなしてみせようという

意気込みの方が強かった。


そのためブークの言に唯々諾々と応じた。





「木管は音の出し方については

 従来のものと変わらぬのだな」


剣聖ローディスはそう問うた。

旧来の一本の木から削り出した笛に

関しては既に名手と呼べる域にある。


よって似たものを用いたい風だ。



「仰せの通りです。東方諸国で用いる

 従来型のものも幾つか持参していますが

 そちらをお試しになりますか?」


「いや、折角だ、俺はこれにする」



言うが早いかとある楽器を

さっと手に取る剣聖閣下。

どうやら早くから目を付けていたらしい。



「オーボエですね。

 花形な楽器の一つですよ。

 難度の高い楽器でもありますが」


「よしこれにしよう」



ブークの補足を受けて

すっかりご満悦となっていた。



「なら私はこれで!」


「ふむ、わらわはこれにしよう」



そういってセメレーはピッコロを。

ウラニアはクラリネットを躊躇なく選んだ。


こうしてもっとも厄介で危険な1名と

そのお付きの楽器選びが無事に済み、

ブークは内心胸を撫で下ろす風であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ