サイアスの千日物語 百五十一日目 その八
先の西方諸国連合軍との合同作戦において
城砦騎士団の成した、3つの大規模な城外展開。
すなわちアイーダ、グントラム、ゼルミーラの
各作戦は、連合軍と同期した合同作戦としては
大戦果をもって既に終了していた。
もっともどの作戦でも当初企図した以上の、
かつ今後の騎士団と騎士団領の発展に繋がる
大規模なプラスアルファを獲得してもいた。
アイーダ作戦で言えば高台南東、将来の
「城砦三の丸」となるべき防衛拠点。
グントラムで言えば大回廊の水掘り化。
ゼルミーラでは小湿原全周を覆う長城の建築。
これらは合同作戦終了後も継続して作業が
進められていたため、騎士団側としては
先の3作戦は未だ完了してはいなかったのだ。
一方で騎士団上層部は黒の月明けの恒例となる
全軍規模での特別休暇、すなわち帰境作戦及び
それ以降に成された全ての軍事展開を合同作戦
で決算し、その後は大々的な再編成を行う意図
を兼ねてより示していた。
魔笛作戦終了時点で戦力指数が10を超え
新たなる人の世の守護者にして絶対強者、
すなわち城砦騎士と成っていたサイアス。
彼が叙勲されぬまま兵団長の地位に慰留され、
丁度戦時昇進を反転した格好で独立機動大隊長
を務めていたのも、専らこうした事情ゆえだ。
サイアスに関してはさらに複雑な事情もあるが
とにかく合同作戦後に大規模な戦勝祝賀の式典
がおこなわれる事は規定路線であり、開催は
ブークが帰砦して数日後と決められていた。
それが明後日というわけだ。
式典では当然先の大戦果の立役者であり
城砦騎士叙勲を先延ばしにしていた
「城砦の姉」たるサイアスや、平原と荒野の
両作戦を影に日向に支え続けた「城砦のパパ」
たるブークが主役となる。
ならば是非軍楽隊による演奏を、
となるのも蓋し道理ではあった。
「成程な。サイアスが居ないのは
むしろ好都合なわけか。クク……」
元よりお祭り好きな連中であるし、
プレゼントはサプライズでと考えるのも
納得がいく。然様に捉えローディスはニヤリ。
ブークもまた
「彼は祝われる側ですのでね。
大人しく聴き手に回って貰わないと」
と悪戯っぽい笑みを浮かべた。が
「おいおい、お前はどうなんだ」
お前とて祝典の主役だろうに、と
ローディスが呆れて笑うと
「今回は私は演奏しますよ!?
えぇ、誰が何と言おうとも!!」
入砦式では奥方に良い格好して見せたいがため
指揮者たるを甘受したブークは必死に主張した。
「指揮者はどうなさるのじゃ?」
と苦笑するウラニア。
「兼任します! とにかく!
私は! 演奏にまわる!!」
とブークは最早駄々子と化した。
「判った判った、誰も止めはせん」
しょうがないヤツだ、とブークの
稚気を物珍しげに楽しむローディスは
心中ほくそ笑んだ。これは好機だからだ。
無論、自身の出演をねじ込むための、だ。
そこでローディスはここぞとばかりに
「……ところで」
と切り出した。
「はいはいはい!
さーせん先におなしゃっす!」
だがそこにシェドが威勢よく割り込んだ。
「剣聖に挑むとは命知らずな……」
ルメールが呆れるやら感心するやら、
そんな具合で腕組みして火男面に嘆じた。
上官かつ人類最強の武人。その上聖者、
らしき人物の発言に横から割り込んでみせる
シェドに周囲はこぞってドン引きだった。
だが先刻シェドらはブークに暫し待てと
お預けを喰らっており、それを今、という
事であれば筋は通っており、
「いや、構わんぞ。
その方が都合も良い」
とむしろ剣聖はニタついた。
「はは…… じゃあどうぞ」
その真意に気付いたものか、
ブークは苦笑しつつシェドを促した。
「俺っちたちも演奏に混ぜてくださいっす!」
「ずっとお世話になってるサイアスさんに
お祝いをしたいんです。お願いします!」
先刻ブークの供回りがラーズへと招集を伝える
その様を、シェドとランドは傍らで聞いていた。
すぐにピンときた両名はこれを千載一遇の好機
と考え、ラーズに引っ付いてやってきた。
概ねそういう次第であった。
三人衆がサイアスの配下である事も、配下として
重用され何かと厚遇されている事も周知の事実
であり、これに三人衆が深く恩義を感じている
だろう事もまた余人にとり想像に難くなかった。
「うん、成程、これは断る理由がない。
是非とも参加して貰うとしよう」
真摯に祝いたいと思っている者が祝う側として
参画するのを咎める理由などあろうはずもない。
巧稚は問うに値しない、とブークは大いに頷き
周囲も大いに納得した。
そう、つまりはこれが剣聖の狙いであり
「実は俺もそういう事なのだ。
断る理由はないな? 決まりだ」
師として弟子を祝いたい、だから出せ、と
有無を言わせず出演を確約させてしまった。
「閣下が出るならわらわもじゃ。
そういう事に決まっておる」
「ウラニア殿! 図々しいですぞ!」
「やかましい! 大娘は黙っておれ!」
「なっ!? それを言うなら小娘でしょう!!」
「それこそ図々しいというものじゃ!」
とすかさずローディスの
両の傍らから騒音が。
「歳の話題はご自身の首を絞めますぞ!」
「わらわは永遠の23歳じゃ!!」
「それは逆s」
「えぇいやかましい!
この永遠の21歳めが!」
「……乗ったッ!!」
そういう事になった。
「ははは……
では皆で頑張りましょう」
キンキンたる耳鳴りに軽く首を振って
今回は是が非でも歌唱付きを避けねば、と
楽曲選びに一層慎重となるブークであった。




