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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1151/1317

サイアスの千日物語 百五十一日目 その七

東西に長い楕円をした人の住まう平原。

その西端より二割程を占める城砦騎士団領。


領内の東端に程近い位置をラインと呼ぶ大河が

緩やかな右の弧を描いて滔々と流れ、その

中流やや南方にラインドルフがあった。


またラインの流れが騎士団領内を西側へと

寄った、上流の西手にマグナラウタス領があり

マグナラウタスの南西、騎士団領の中枢北部が

平原西域最大の都市、アウクシリウムであった。


そしてアウクシリウムの北東。マグナラウタス

やアウクシリウムと下方に頂点を持つ正三角形

を形成する格好で、騎士団内の連合序列最上位

にして城砦騎士団第三戦隊長、城砦騎士たる

クラニール・ブーク連合公爵の所領がある。


人口2万弱。第一戦隊長オッピドゥスの所領

であるマグナラウタスより多く、連合本部の

あるアウクシリウムよりは少ない。


西方諸国連合の規定では人口1万以上は都市

または都市国家とされている。よってブークの

所領ブークブルグはそれ自体で既に一個の国家の

体を成していた。今後はブーク公国ともなる。


つまり未だ歳若き俊英クラニールは騎士団領、

そして平原西方諸国全体における公王なのだ。

その世継ぎが誕生するとなればそれはもぅ、

国許は上を下への超お祭り騒ぎであった。



人の世を離れた異形の大地の只中にあっても

その歓迎振りは十分に熱烈であり、観客席では

名演を讃えるかのように拍手喝采が鳴り響いた。


お陰ですっかりデレまくっていたブークだが

流石にいつまでもこうしては居られない。

さてそろそろ話を進めるか、というところで



「ご免くだされ!

 お待たせしました!!」



と飛び抜けた大声が飛び込んできた。


やってきたのは第二戦隊の騎士セメレー。

その大声に顔をしかめる騎士ウラニア。

そして


「久しいなブーク。心より諸々の

 お祝いを申し上げる。おめでとう」


第二戦隊長でありブークの親友でもある

騎士会首席、剣聖ローディスその人であった。





剣聖ローディスは人類史上最高値となる

戦力指数44。さらに測定不能を意味する

剣術技能11の保有者でもある。


配下や遺族を手厚く慈しむその篤行から

聖とすら呼ばれる彼だが歌声は邪悪そのもの

であり、その歌を聴けば人が死ぬと誰もが

恐れおののいて彼の直弟子集団たる抜刀隊などは

皆その歌声に対するトラウマ持ちだった。


先の入砦式の演奏会では自慢の美声? で

出演する気満々だったものの、補充兵にとり

それは祝いではなく呪いでしかないとて周囲が

何とか取り押さえ、代わりにセメレーが出演

したという経緯もあった。


笛を手に入れてからはそちらにはまり、しかも

かなりの名手だという話だが、今回は歌で出番

を寄越せという事なのかもしれない。


けして予断を許さぬ状況ではあった。



「やぁお二人ともごきげんよう。

 そして閣下、心より感謝致します」



デレつつも典雅に一礼してみせるブーク。

その内側では必死に事の次第を計算していた。


この三人、祝いのため「だけ」にやってきた

わけがない。セメレーは仮設軍楽隊に参画して

いたから判る。残りの二人が問題であった。


ここは劇場だ。そして供回りを経て召集した

のは入砦式で補充兵らのために演奏会を開いた

仮設軍楽隊のメンバーであった。


そこにこうして、見るからにやる気満々で

やってきたのだ。ランドやシェドと同様、

ほぼほぼ「そういう事」なのだろう。



「おぉこれは両閣下、

 大変お待たせ致しました」



続けてやってきたのは第一戦隊教導隊の

城砦騎士ルメール以下「ブラックマッスルズ」。

かつての演奏会ではメンネルコール担当だった。


「ふむ、これで先の演奏会の奏者は

 四戦隊のサイアス君ら以外揃ったのか」


残るはサイアス、マナサ、デレク他数名。

いずれも第四戦隊員であり、目下他行中だった。





「よし、ではそろそろ

 話を進めさせて貰うとするよ」


とブーク。



「まずは先の演奏会の打ち上げで約束した

 城砦騎士団制式ヴァイオリンの贈呈だ。

 

 諸君も知っての通り荒野の陽射しは弱く

 季節の進み具合も平原とは異なる。これが

 仕上げのニス塗りには宜しくないのでね。


 そこで、こちらでステラ君が組み上げた

 ものを平原はトリクティアのマリウス工房に

 送って、彼女の師であるマリウス師その人に

 仕上げて頂いた。弓もあちら製だ」



ブークの言と同期するようにして、供回りが

慎重に台車を押してきた。台車には艶やかな

黒の革張りの小箱が多数並べられていた。



「そうして完成した通し番号入り20挺。

 それが城砦騎士団制式ヴァイオリン

『ステラ・ディ・マリウス』だ。


 当世随一の逸品と言えよう。

 さぁ、順番に受け取ってくれたまえ」



悲鳴と地鳴りが合わさったような、

交響楽の如き歓喜の声が上がった。


仮設軍楽隊の大半は奏楽の達者だ。

楽器の価値を知っており、当代一の

木匠マリウスの名を知っている。その

驚喜振りは筆舌に尽くし難いものがあった。 


第1号は指揮者だったブークが受領し

2,3、5号はそれぞれマナサにデレク、

そしてサイアスの分として取り置かれた。


4号はルメールが受領。6号はセメレー。

続く7号がラーズだ。手にしたラーズは平素の

クールさが微塵も感じられぬニヤけ振りだった。





「クク…… いやぁ、

 凄ぇもんを貰っちまったなぁ……

 フッ、フハハハ!」


周囲に負けず劣らず高笑いのラーズ。



「何やこいつ壊れおったで!」


「しっ、そっとしときなよ」



シェドとランドは生暖かい目でラーズを見守り、

やがて己が掌中の1号器の出来栄えにうっとり

しつつ周囲を見守るブークと目が合った。



「閣下、お願いがありまっす!」


「同じくありまっす!」



今こそチャンスとシェドが声を掛け、

負けじとランドがこれに続いた。


お願いとやらの内容に、とうに

見当の付いているブークは


「うむ、済まないがもう少しだけ

 先に話をさせて貰えないかな」


と仄かに笑んでみせ



「了解しました!」


「お待ち致します!」



と元気よく返事した。





「あぁ。では諸君、話を続けさせて貰うよ。

 此度こうして集まって貰った理由とは

 実はもう一つあるんだ。


 後ほど個別に通達しても良かったんだが

 図らずも絶妙な按配になったものでね。

 今話すのが一番良さそうだ」


観客席の最前列を占拠する面々は

再びブークに、その話し振りに傾注した。



「既に周知かも知れないが。明後日に

 大々的な式典を行うことになっている。


 手前味噌ながら私の公爵就任祝いと、

 騎士会の叙勲式を纏めてやる感じなんだ。


 そう。我々城砦騎士団は新たに2名の

 人の世の守護者にして絶対強者。

 すなわち『城砦騎士』を得る事になる。


 前回は黒の月、宴の最中だったから

 騎士会のみの小規模な宴席となったが

 今回は合同作戦と歴史的な大勝の後だ。


 可能な限り大勢で派手に騒ぎたいという事で、

 劇場の表にある式典会場を使うつもりだ。


 参列者は2000名を予定している。

 非戦闘員含む現状の騎士団総員の8割だ。

 この劇場でやれれば良かったんだが

 生憎客席は900しかなくてね……

 そのうち増築しなくては……

 

 っと。まぁともあれそういう事情でね。

 ここのこけら落としはまだ先となって

 しまうが式典と言えば演奏が要るだろう?


 そこで再度軍楽隊を編成し、一つ盛り上げて

 やろうじゃないかとまぁそういう事なんだよ。


 例によって本番まであと2日と差し迫った

 状況ではあるが、そこは是非何とか

 頑張っていただきたい」



ブークはそう語り一堂を見渡した。


前回の演奏会は実質半日で仕上げており、

今回はその3倍以上は時間があった。戦況も

落ち着いており無理難題とまではいかぬだろう。


仮設軍楽隊の面々はそれぞれ頷き賛意を示した。

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