サイアスの千日物語 百五十一日目 その六
第三時間区分終盤、午後5時過ぎ。
荒野の空に淡く焼け色が付き始める頃に
ブークは中央城砦外郭北城門へと戻ってきた。
外郭北東に二の丸が建設されてからはすっかり
寂れていた北城門一帯は、北方領域での軍務
工務が盛んな現状、往時の賑わいと成っていた。
さながら黒の月、宴の折を彷彿させる
野戦陣が組まれ、第三戦隊の工兵や職人と
彼らの護衛を担う各戦隊の戦闘員がブークに
敬礼しつつ往来した。
ブーク護衛の任を負えて再び北の新拠点
「エルデリート」へと引き返す四戦隊の
騎兵らを見送りつつ、
「君、1便10号車の
所在を確認してくれないか」
ブークは供回りにそう問うた。
ブークが自ら率いてきた第1便の特大貨車は
15台。うち10号車の積荷は全てブーク宛だ。
中央城砦への物資は外郭二の丸城門より入城し
そのまま同地南西に備蓄され或いは配備される
のが昨今の常だった。
無論例外はあり、城砦内南西区画へと送る
物資などは北城門を経て直接届けられていた。
もっとも此度のブークの積荷は全て
内郭北西区画が宛先だ。施工に追われる
現状を思えば未だ二の丸に留まっていても
おかしくはない。ブークはそのように考えた。
ブークがそうであるように彼ら供回りもまた
超特級の俊英揃いだ。答えは問われる前に
用意しておく。それが彼らの常識であった。
「既に配送が済んでおります」
応えは当意即妙で
「ふむ」
「皆様へのお声掛けも済んでおります。
ただ騎士級の方は皆他行しておられます」
と一切如才なし。
「それもそうか。
今デレク君を見送ったばかりだしね。
フフ…… 後で目一杯驚いて貰おう」
ブークは頗る楽しげに目を細め、
馬足を城砦内郭北西区画へと向けた。
城砦内郭北西区画では帰境作戦の最中より
第三戦隊長ブーク自らが図面を引き差配した
区画整備が進められ、合同作戦の直前でその
進捗は9割に近い状態だった。
ブークは北西区画を北から南へと3分割し
北区を資材部職人や工兵らの住宅街に。
中央区に第四戦隊所管の施設群を固め
南区を式典会場や庭園とすべく設計していた。
現時点では全ての施工が完了済みだ。
白磁の如き瀟洒な居宅が連なる北区を抜け
改築され大いに姿の変わった四戦隊営舎や
傍らに立つ戦技研究所や広大な馬場を眺め。
やがてここが荒野である事を忘れる程に
穏やかで華やかな佇まいとなった南区へと
ブーク一行は馬足を進めた。
南区にはわざわざ平原から持ち込んだ土壌に
草花の種を芽吹かせたトリクティア風の花壇が
随所で華やぎ、噴水やベンチなども点在した。
中央南側には数百人で演習してもまだ余裕が
有りそうな大広場があり、東側には各戦隊
特有の食文化を一堂に会せしめた食の庭園。
そして西側ではブークが渇望し切望し熱望した
かの施設がその麗しい姿を現していた。
「あぁ、遂に……
遂に念願の劇場を手に入れたぞ!」
ブークは子供のようにはしゃぎだし、
高笑いしつつ愛馬で劇場前広場を駆け回った。
中央城砦に至ってはや8年。
中央城砦の経営再建に心血を注ぎ
騎士団中興の祖、城砦の母とまで呼ばれるに
至った極め付けの苦労人、第三戦隊長にして
城砦騎士、クラニール・ブーク連合公爵。
彼のこれまでの重責と苦労を知り苦楽を共に
してきた供回りらは、屈託無くはしゃぐ
その様を見て、思わず涙ぐんでいた。
もっともそこで動きが止まるのは二流。
ブークの配下には超一流しかいない。
涙ぐみつつもてきぱきと諸々を差配した。
歓喜のままに劇場前や庭園さらに大広場を
駆け回ったブークは暫くしてやや落ち着き、
劇場前に停め置かれている特大貨車へと寄った。
特大貨車の側面には絵図が描かれていた。
淡い金色の満月を背景に東から西へと
連なり空を渡りゆく雁の群れ。すなわち
騎士団領ブークブルグの国章であり家紋だ。
ひょいと覗き込むと満載であった積荷は
既に劇場へと運び込まれた後だった。
これはいかん、真っ先に得物を選ぶのは
この私だぞ、と血相変えて愛馬から飛び降り、
ものっそい勢いで劇場内へ突撃するブーク。
自ら設計した劇場だ。造りは熟知している上
城砦騎士の身体能力だ。文字通りあっと言う間
に楽屋へと辿り着き、ほっと胸を撫で下ろした。
運び込まれた荷は封印されたまま安置
されており、そも楽屋自体人払いされていた。
げに持つべきは良い配下だ、と供回りの
気遣いにいたく感じ入り、ブークは
鼻歌交じりで舞台へ進み、袖から降りて
賑やかな観客席へと向かった。
そこにはかつて入砦式の折、ブークの指揮で
補充兵のために楽曲を奏でた仮設軍楽隊の面々
のうち、非番である者らが集い、談笑していた。
「やぁ皆、ご無沙汰している。
今日はよく来てくれたね」
「おひさし振りっす閣下!
公爵就任おめでとうっす!!!」
「やぁシェド君か、有り難う。
個人的には一苦労増えた感じだが
騎士団の地位向上には良かったかな」
苦笑しつつもにこやかなブーク。
シェドは入砦式の折は聴衆の側だったが、
楽器の心得でもあるのだろうか、と内心
首を捻ったものだが
「劇場完成おめでとうございます!」
とランドに祝われ
「あぁランド君、
君には随分苦労を掛けたね」
労いつつもにやけがいや増すブーク。
ランドは劇場含む南区全体の整備計画に
深く参画していた。
だがランドもまた入砦式では聴衆の側だった。
ランドは非凡なる工兵であり職人や絵師でも
あるが、楽器もいける口なのだろうか、と
やはりブークは内心首をグイっと。だが
「奥様のご懐妊
おめでとうございます!!」
と二人に声を揃えて寿がれ、ラーズや
他の者らからも盛大な拍手を受けるに及び、
「あぁ、いやぁまぁ…… ハッハッハ!
うんありがとう、ありがとう!
ハハハハ!!」
と盛大にテレてデレまくり、
最早細かい事はどうでもよくなった。




