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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
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サイアスの千日物語 百五十一日目 その五

古来、面とは神具であった。

超常の容貌を象って纏う者に神性を降ろし

舞踏や祈祷を成して神事を再現する道具だった。


一方、面とは魔具でもあった。

超常たるを目指して纏う者自体を上書きし

高次へと不可逆的に変ずるための手段であった。


言い換えるなら、面は二種。


神性に仮の宿りを供するのが面。

神性たらんと欲し人である事を止め、

人たるに反しようというのが仮面だった。



人はいずれ死ぬ。老若男女貴(せん)を問わず、

人は必ずいずれ死ぬ。人に限った話ではなく、

森羅万象はあまねく移ろい往くものだ。


ただし移ろうまでの時間については

森羅万象にて千差万別。これを活かし

他者の肉体を次々乗っ取って生き永らえる。

仮面はそうした手段としても用いられていた。



真理の探究にはとかく膨大な時間が掛かるもの。

叡智の探求者らにとり不老不死は往々にして

目的ではなく手段であった。


そして人智の外なる探求者は必ずしも

人倫のたがはまった手段を選ばない。よって

古い時代の魔術師の類には、こうした手法を

好き好む者も少なくなかった。



仮面に自身の意識を転写し財宝の類に混ぜ、

秘匿された財宝にまで辿りつくような壮健なる

冒険者や金に飽かせて財宝を買い漁る豪気なる

権力者に仮面を纏わせる。


そうして仮面を纏った者の意識を侵食し

思うままに操って或いはさらなる上玉を求める。

こうして巷間を彷徨い高等な器を得たところで

肉体を術者の下に運び「正式に」入れ替わる。


或いは転写した時点で仮面側を本体としたり、

多量に複製し人間じんかんに跳梁して言わば集合意識

として跋扈したりと実に手を変え品を変え暗躍。

いつしか目的と手段が入れ替わった様な例も

多々見られた。


面は善良なる神でもあり

時に悪辣たる魔でもあるのだ。


そしてこと当世の平原世界に散在する

旧文明の遺跡などから発見される仮面なぞは

十中八九、なかんずく最悪の災厄の類であった。





「昨日赤の覇王やマナサと連れ立って

 騎士団領内に散在する悪党門徒どもの

 ねぐらを襲い、連中の蓄えを根こそぎ

 巻き上げてきたのだが」


ヴァディスはパンチョと仮面を

交互に見据え語り出した。



「点在する3つの拠点の首魁が

 これと同形同色、かつおとがいの辺りに

 古式な数字が刻まれた仮面を付けていた。

 数値としては2、4、6だ」


「……」



淡々とヴァディスの語る一字一句を

精査吟味する風にパンチョは黙していた。



「地図上で三拠点を結ぶと

 真南に頂点を持つ正三角形になる。

 あからさまだ。気になるだろう?


 直ぐに重心を共有し真北に頂点を持つ

 正三角形を書き出し、各頂点を探った。

 結果3つの頂点近傍の廃墟から

 1、3、5の仮面が見つかった。


 六芒星ヘキサグラムだ。まったく手の込んだ事を

 してくれる。重心位置には廃墟があり、

 廃墟には不自然に健全な枯井戸があった。

 

 とりあえずありったけ油を注いで

 火をつけてやった。暫く派手に燃えた後

 派手な音を立てて枯井戸周辺が崩落した。

 崩落現場から出てきたのがこの仮面だ」



室内の灯りの加減であろうか。

ヴァディスの語るその内容に砕けた破片の

象る仮面の双眸そうぼうがギョロリと目を剥いて見えた。





「数字の仮面は全て粉砕した。

 だがこいつだけは粉砕しても

 暫くするとこのように『揃う』。


 よほど強力な術式を有しているのか、

 或いは限りなく『本体』に近いのか。


 当節平原でここまで厄いブツは

 中々在り得るものじゃない。


 もっとも造れそうなヤツに

 一人心当たりはあったのでな

 こうして持参してやったわけだ」


とヴァディス。


「ふむ私の仕業だと?

 どう見ても旧時代の遺物だが」


ざっと数百年、下手すると千年は

さかのぼるかも知れない、とパンチョ。


「それが何か問題なのか?」


だがヴァディスは平然と問い返した。



「クク、やり辛いねぇ……

 まぁでも何とか信じて貰いたい。

 私はこの仮面とは無関係さ」



飄々(ひょうひょう)と、悪びれる事なく

パンチョは笑い



「ふむ」


「潔白を証明できるのかしら」


「できるとも」



ヴァディスやマナサに頷いた。


「ほぅ? 聞こう」


ヴァディスはパンチョを促した。





「だって考えても見たまえ、

 これは陶器製じゃないか。


 私はね、面の素材は皮だと決めて

 いるんだ。それ以外は一切認めない。


 木も金属も陶器も駄目だ。

 そこには感情が宿らないからね。


 希望、絶望、歓喜、恐怖、悲憤、慷慨……

 人の抱く様々な感情。すなわち魂の振動こそ

 時を超え世界を超えて永久に在る大いなる

 存在そのものとなり得るんだよ。


 高次の概念たる魔が人の魂を食らう

 というのは、実のところそういう話さ。

 

 だから面も仮面も究極的には

 表裏一体、内外一致を目指している。

 魂の振動が溢れ出しやすいようにだ。

 

 魂の振動が行き来するには、素材は

 生体でなければならない。人が元来有する

 体組織に近似したもので造らなければ

 融合は困難となるからだ」


パンチョの語る内容に


「……」


サイアスの表情が仄かにかげった。



ヴァディスやマナサ、そしてパンチョは

サイアスのそうした機微を見逃す事は無かった。


だが口に出しては何も言わず、



「神にも等しきあの魔ですら、人や

 異形の屍を用いなければ顕現できない。


 概念や魂が受肉するにはまさに肉が要る。

 薄っぺらだろうと腐っていようと、いっそ

 骨でも構わないが兎に角現世に留まるには

 肉が要るという事さ」



となおもパンチョは弁明し



「第一戦隊みたいな話だ」



とサイアスは茶々を入れた。


どうやら表情の翳りを誤魔化そうと

したらしい。だが結果として



「サイアス」


「はい」


「後で泣かす」


「ごめんなさい反省しました」



恐ろしく整った美貌のお姉ちゃんに

ものっそい睨まれ、大いに萎縮する

ハメとなった。


一方


「この男、どうやら嘘は

 言っていないようね……」


と独自に判じ頷くマナサ。


「当然だ。面は私にとって

 神聖で崇高なものなんだよ。

 嘘など付いて堪るものか」


お前たちのため、などではなく

自身の思想信条趣味嗜好のために

真摯な態度をとっている、そういう事だ。


取り繕うのが目的ではないだけに

確かに信憑性は高く



「『千の仮面を持つ』だけにな」



とヴァディスも苦笑し納得したようだ。





「クク……

 とにかく余り苛めないでくれ。

 余りに私が可哀想じゃないか」


とフードの下で楽しげな笑みのパンチョ。



先だって自領ラインドルフを襲撃した

「翼手教団」の指揮官であった連中は

戦闘用の仮面とも言えるサリットを被り、

そこには1から6までの数字が刻まれていた。


此度の数字の仮面の一件もまた、騎士団領内に

潜伏していた闇の勢力に纏わるもの。そうした

事からもしもパンチョがこれらの仮面に一枚

噛んでいるならば、有無を言わさず斬り捨てる。


そういう気構えでヴァディスに随行していた

サイアスだが、まるで見当違いと判った今は

たいそうバツが悪い感じで


 

「……フェルモリアの方ですか?」



とまた茶化した。


フェルモリアといえば王族筆頭にお困り様の

名産地であり、実に真っ当な問いではあった。


だが、これがいけなかった。



「サイアス」


「はい」


「今すぐ泣かす」 


 

ヴァディスはサイアスをむんずと引っ掴み

ヘッドロックしてこめかみをグリグリ。

サイアスは思わず悲鳴を上げた。



「何とも仲睦まじい姉弟だねぇ。

 さて、私の容疑が晴れたところで

 これの分析に入りたい。数日貰えるかな」


「あぁ宜しく。

 マナサ、とりあえず呑むか。

 こいつの奢りで。酌もさせよう」


「あら良いわね。

 ついでに歌もお願いするわ」


「理不尽にゃ……」



こうしてヴァディスらは一旦引き揚げ、

パンチョによる分析結果を待つ事となった。

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