サイアスの千日物語 百五十一日目 その四
支城ビフレスト北城郭の北西端より
さらに北西、そして西へと数百オッピ。
厚みは半分程度だが長さにおいては
中央城砦の外郭防壁の一辺と遜色ない
長大な防壁のその西の果て。
隘路を経て北往路の外れからやや南西へと
逸れた辺りには、長城の側面に併設する形で
櫓状の直方体をした構造物が在った。
平原西方ならば「塔」または「戦鐘楼」。
平原東方ならばさしずめ「井欄」。
そう称される攻城兵器に似たこの構造物は
此度の長城建築のために新造された移動式の
足場であった。
建築状況に応じて長城と平行に移動させつつ
足場を機械仕掛けで上下動させて適宜施工を
仕上げていくための装置であり、未だ鉄骨等の
内部構造がむき出しな長城の南の先にも
同じものが数基見えていた。
既に完成済みな防壁の西端に残されているこの
一基は昇降機代わりという事だ。中央城砦外郭
北東区画に在る通称「オッピ城」にも同様の
機構が具わっていた。
類稀な規模の施工を成すにはまず
類稀な規模の施工を成すための道具が要る。
これらはそうした理屈を納得させるに足る
新開発にして新機軸な作業機器であった。
大湿原西手の高台に中央城砦が建設されて
周辺域の異形らの活動圏を物理的に分断して
以降、中央城砦と北方河川の狭間なこの内陸部
で見られるの異形と言えばまずはズー。
次いで魚人が専らで、あとは極稀に鑷頭や
大口手足が気まぐれに出張ってくる程度だった。
ズーが小湿原より去り、魚人がさらに西手の
岩場北岸で戦に明け暮れる現状、この一帯、
「北方域」から異形の気配はほぼ失せていた。
地に降り立ったブークらは長城建築のための
仮設陣でブークの直属である第三戦隊工兵隊や
資材部職人衆と施工進捗等について協議して
その後西南西へと馬足を進めた。
北方領域は北の河川に向かって緩やかに下る
見晴らしの良い地勢が多かった。敵の気配が
まるでないため一行は散策気分で馬を遊ばせ
程なく先刻とは別の陣幕へと辿りついた。
この陣幕は規模こそ仮設陣の半分程だが歌陵楼
に酷似した楼閣を中心に確固たる軍事拠点として
構成されており、第一、第二戦隊より仮設陣に
数倍する規模の戦闘員が配置されていた。
先の合同作戦では「グントラム」における
主力大隊「ミンネゼンガー」の野戦陣であった
この拠点は、北方領域全体とさらに西の岩場。
そしてその手前たる大回廊を改造した長大な
水掘りとを睨む新たな支城の萌芽であり、
「エルデリート」と命名されていた。
エルデリートには現状第一、第二両戦隊より
城砦騎士含む2個中隊100名。第三戦隊より
資材部棟梁スターペス率いる工兵大隊100名
が駐屯し、グントラムの頃と変わらぬ規模で
軍務と工務に励んでいた。
加えて長城近傍の仮設陣とこのエルデリート
とを第四戦隊の騎士デレク率いる騎兵中隊が
日に数度巡邏し哨戒に当たっているとの事だ。
当地に詰める資材部棟梁スターペスは実質的な
第三戦隊副長であり、戦隊長たるブークとの
諸々の協議はとかく多岐に渡り、随分長引く
見通しとなった。
そこでエルデリートから中央城砦までの
ブークの護衛は当地に寄ったデレクら騎兵隊に
委ねる事として、ヴァディスとマナサ、そして
マナサの供回り4名は先に中央城砦へと帰還。
4名とも一旦内郭北西区画の第四戦隊の敷地へ。
四戦隊副長ベオルクやサイアスらと面会して
ゆるりと土産話など交わした。
その後ヴァディスはマナサとサイアスとを
伴って本城中央塔付属参謀部へ。研究棟の
とある房室へと足を運んだ。
「おや、これは皆さんお揃いで。
ふむ、どうも穏やかな話では無さそうだ」
室内であっても常に目深なフードの下に
常と変わらぬ仄かな笑みを湛え、すぃ、と
典雅に一礼して見せる城砦軍師にして祈祷士。
すなわち祈祷師にして三博士が一、パンチョだ。
「勿論だ。早速だが本題に入ろう」
まさに女神の微笑というべき美貌で、しかし
恐ろしく単刀直入に語りかけるヴァディス。
その左傍らにサイアス。右傍らにマナサ。
どちらも前述2名に負けず微笑しているが、
総じて揃ってデレク風であった。
「判った。いやよく判らないが
とにかく私の負けだ。謝るから
斬り掛かるのは勘弁していただきたい。
君らが仕手だと流石にただでは
済まない『かも』知れないからね……」
言動とは裏腹に楽しげに
クツクツと笑ってみせるパンチョ。
「なかなか喰えない男ね」
とマナサ。
「敵では無いとは思いますが」
とサイアス。
共に口調とは裏腹に
最早殺気を隠さなくなった。
「お二人とも、誓って申し上げるが
私は人というヤツが大好きでしてね。
人の世を護りたいとの想いに偽りはない。
何なら魔剣なり何なりに聞いてみると良い」
フードの下で未だ笑みを浮かべ鷹揚に語るも、
パンチョの語る内容は真摯なものとなっていた。
「その辺は疑ってなぞいないとも。
まぁそうであっても斬る時は斬る」
笑顔を絶やさぬも物騒過ぎるヴァディス。
蓋し女神は女神でも戦女神であろう。
傍らではマナサとサイアスが頷いていた。
「クク、まったく物騒な事だ……
何とか助かる事を切に願うよ。
じゃあ、まずは『土産』とやらを
拝見させていただこうじゃないか」
「うむ。これだ」
ヴァディスは樹印の刻まれた羅紗の袋を縛る
口紐を解き、パンチョと自身らを隔てる
造りの良い卓へと傾けた。
コトコトと音を立てて幾らかの薄い、
金属か陶器かといった破片が卓上へと
転がり、何とも不思議な事に転がった末
破片の並びがあるものを象った。
「ふむ……
そういう事か……」
フードの下に変化はないものの
これまでとは打って変わって真剣に。
低い声で呟く祈祷師パンチョ。
卓上の破片は打ち砕かれた仮面を象り
室内を、人々を見上げていた。




