表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1147/1317

サイアスの千日物語 百五十一日目 その三

荒野の季節の移ろいは、平原よりも足早い。

既に明確な冬の気配が近付いていて、南中した

荒野の太陽の力無い日差しを追い払う風だった。


午後2時半。第三時間区分も漸く中盤へと

差し掛かった頃、平原より輸送部隊を護衛し

戻ってきたブーク一行は小休止を切り上げて

ビフレスト北城郭の北西へと向かった。


北城郭は石垣で底上げされた上に防壁が設置

されている。防壁上部の地表高は5オッピ近い。


中央城砦より高く中央城砦より薄いこの防壁を

超えて侵入し得る異形は、現状近隣にはほぼ

絶無と見做されていた。


そんな北城郭防壁の北西には、

小振りな門が一つ在った。


ビフレスト北城郭の有する正規の門は

元来二つのみ。北往路から短い坂を経て至る

北東の追手門、そして大小の湿原の狭間な

泥炭の海を渡す橋梁へと続く、言わば搦手門だ。


つまりこの門はここ最近、恐らくは数日内に

新設されたばかりのものなのだろう。傍らで

剥き出しとなっている機械式の開閉機構が

その推測を証立てていた。


新設された北西門は揺るやかな坂を経て

1オッピ分も上った防壁の中腹にある。

地表高を思えばこの先は空だ。


「では参りましょう。開門せよ!」


ブークらに一礼し、次いで

配下らに命じるヘルムート。


機械式の開閉機構は随分と「重い」ものらしく

不慣れもあってか精兵が数名四苦八苦していた。





ギリギリと金属的な機械音を立てて

まずは鉄の落とし戸が持ち上がる。


二枚目の扉は左右へと滑り、その奥でさらに

別の扉が上方へと持ち上がって庇となった。


小振りながらも機械式かつ三重門。

中央城砦や支城の追手門に匹敵する重厚な

その門の外、庇の先からは昼の明るさが覗き、

庇の下、その前方は鉄と石でできた道であった。


ゼルミーラ作戦にて北往路西側の隘路へと

築かれた幅、高さ共に3オッピの防壁は

既にここビフレスト北城郭にまで伸長され、

小湿原の北辺を覆う長城の様相を呈していた。


道幅はおよそ2オッピ弱。両縁には半オッピ弱

の壁があり、小規模な台座が点在していた。

道行は一定間隔て微妙に左右へと曲がっており、

門を出て直ぐの位置からは遠方で大きく右へと

折れる様が見えていた。


「先行致します。

 景色など眺めつつ

 ごゆるりとおいでください」


現状長城となった防壁上に

哨戒部隊を出しては居ないらしい。


ヘルムートはそう告げると

ブークらへ敬礼し数名率いて足早に去った。





長城の左右の縁は人の背丈程高い。だが

ブーク一行は皆騎馬であるためそれよりさらに

視線が高く、周囲の展望がはっきりと見渡せた。



「いやはや……

 正直ここまでやるとはね。そりゃ

 物資も送った端から消え失せるだろうとも」



南方に広がる小湿原の中程に、外縁部や大湿原

の有様からは想像もつかぬほど澄明な沼沢が

点在する様を見やりつつ、ブークは嘆息した。


むしろ此度の物資周りの騒動は騎士団にとり

必要不可欠なものだったとさえ思えてくる。

何者かの策謀だったかと邪推さえし得た。



「観光名所でやっていくのも

 悪くはないわね」



当地の騎士団領化がさらに進み、今以上に

水の眷属を抑える事ができるようになれば、

支城ビフレストは旅館でもやっていけそうだ。


従業員が皆マッチョなのも味があって良い、

かも知れない、などとマナサは苦笑交じりに

話し、客層が随分限定されそうだ、などと

周囲はそれ以上に苦笑した。



「『神秘の世界樹と原野の絶景!

  魔力たっぷり大ヒルゼリーで

  プルプル美肌! 貴方も永久に美しく!』


 ……辺りで売り込めばすぐにでも

 平原中からツアー客が殺到するだろう。

 

 そのまま徴兵してしまえば

 兵士提供義務は不要になるな」



とヴァディスは女性客向けのキャッチを提案。



「また大ヒル狩りブームを起こす気?」



とマナサ。


かつて中央城砦では、大ヒルの強烈な治癒力に

若返りの効果があるとするまことしやかな噂が

流れた事があり、泣く子も黙る荒野の女衆が

こぞって大ヒル狩りに励んだ事があった。


実際の効果の程は定かならず。ただし



「あれは傑作だったな。これまでに

 参謀部が打ったキャンペーンの中でも

 とりわけ出色の出来だった」



との事であり、どうやら北往路の安全を確保

すべく参謀部がうった一芝居であったらしい。


「……聞かなかった事にしておくよ」


とブーク。


知らなかった、とは言わず、むしろ


「次『も』閣下の肝煎りでいきますか!」


一枚噛んでいた、或いは

いっそ黒幕だったらしき節を

ヴァディスは笑顔で示唆してみせた。





「勘弁してくれたまえ!

 三戦隊うちは女性が多いから

 恨まれて大変な事になってしまう」


供回りに混じる女性の射るような眼差しに

怯えつつブークは異議申し立てた。が



「戦力指数は伸びそうですが」



と指摘するヴァディス。



「ふむ? それは、そうか……」



大ヒル狙いで戦闘すれば、そりゃあ

強くはなるだろうとも、と思案気なブーク。

配下は益々チクチクとした眼差しとなった。



「まぁ冗談はさておき」


「冗談で済むとは有り難い話だ」


「北方の様が随分はっきりしましたな」


「確かに。随分平原と

 似ているようだね……」



真面目なのかふざけているのかその両方か、

一行は視線を北方へ。雄大な河川のその北に

拡がる、広大な森林地帯へと眼をやった。


これまでは高低差が無く奥まで見渡せなかった

ものだが、この長城からなら遠望が利く。


北方河川の南岸は岩がちだが北岸は遠方まで

植物相の豊かな土手となっており、その先には

奥行きの判らぬ東西に長い森林が広がっていた。



遠めにも鬱蒼と仄暗さを感じさせる対岸奥の

その森林は、見つめるほどにさながら一個の

生き物のようにすら思えてくる。


森林のはるか北の果てには平原からも

見られる霊峰山脈の峰々が影を成している。


こうした地勢も騎士団領を挟んで西方諸国と

線対称であるかのような錯覚を抱かせた。





「『森の民』なんて居そうな気配ね。

 ヴァディス、何か知らないかしら?」


泣く子は失神して押し黙り、

大人は必死で泣きじゃくるという

神話級の暗殺者たる城砦騎士マナサ。


彼女は過酷な生き様とは裏腹に、親しい者の

前では多分にロマンチストな言動を成した。



「……光の国は闇の国の民たちを

 平原中央から方々へと追いやって、

 そうして地水火風の4文明が出来た。

 

 水の文明圏の跡地である現在の騎士団領

 から見て、西方諸国と荒野東域のこの辺り

 は近しい距離関係にある。


 つまりこちら側にも衛星的な生活圏が在った

 と考えるのはむしろ自然な事だ。もとより

 光の国に追われた民とは人ならざる存在だ。

 

『森の民』とやらが居る可能性、

 けして低くないんじゃないか?」



マナサにとり無二の親友である

城砦軍師ヴァディスは理で肯定してみせた。


やりとりを聞くブークもまた同意見らしく


「確かにそうだね。そして……」


と暫し言葉をとぎらせた。


やがて3名は誰からともなく

同じ言の葉を。古い格言を音声に乗せた。



「『汝が闇を覗くとき

  闇もまた汝を覗いている』」



そうして暫し一行は、遥か北の彼方まで

広がる、深い、暗い森を見つめた。

1オッピ≒4メートル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ