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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1145/1317

サイアスの千日物語 百五十一日目

第一時間区分中盤終端、午前4時。

未だ色濃き未明の空を無数の篝火が焦がす中、

トーラナの西方、荒野西端に二つの隊が在った。


どちらの隊も10を超える大型貨車を擁して

後は騎馬のみ。もっともその数はまるで異なり、

一方の騎馬は数十名。もう一方は十数名だった。


統一された馬装と甲冑を備えた数十の騎馬は

数多の星を抱いた伝承の聖鳥「鳳凰」を描いた

西方諸国連合の軍旗と大地に突き立てた剣を

幹に見立てた果樹。すなわち「剣樹」を描いた

カエリア王家の旗を掲げていた。


一方十数の騎馬においては

馬装も武装もまるで疎らだ。


数十の騎馬と同じく軍旗は2種である。

一つは西方諸国連合軍旗であり、今一つは

黒地に金で幾何学的な紋章が象られていた。


上下左右に辺を持つ正方形に内接円。

内接円には上下左右が頂点な内接四角形。

内接四角形には薄らと対角線が記され交点が

隆起している様を示している。


荒野の只中に孤影を晒し、平原の人の世の

安寧を護る西域守護城砦が一城、中央城砦。

通称「人智の境界」の俯瞰図を描くこの旗は

城砦騎士団のものであった。


「ではブーク公、

 貴卿らの武運久しからん事を」


共に微笑と敬礼を交わす両軍の将らのうち

数十の騎馬を有するカエリア王立騎士団の長。

すなわち今はラグナと名乗るカエリア国王。

西方諸国連合王たるアルノーグ・カエリア

その人はそう言った。


「有り難う御座います、陛下。

 再会を楽しみにしております」


穏やかに応えを返す城砦騎士団第三戦隊長

クラニール・ブーク連合公爵。傍らには

城砦軍師にしてカエリア王立騎士、さらには

カエリアの全権大使にして代王たるヴァディス。


そして城砦騎士団第四戦隊所属城砦騎士。

神話級の暗殺者たるマナサとその供回りが居た。





カエリア王立騎士団は同地より南西へ進んで

南往路の東端を塞ぐ防壁へと追加の物資を

運ぶ事となっていた。


一方ブークの手勢は当日の中央城砦への

物資輸送における第1便だ。昨今の北往路に

おける状況と彼らの馬足を鑑みれば、丁度

正午あたりに支城ビフレストへと至るのだろう。



「あぁそうだ叔父さん。

 一つお願いがあるのですが」


とヴァディス。


「ヴァディスよ。

 お前が私をそう呼ぶ時は、大抵

 無理難題が待ち受けているものだが……」


と今はラグナ隊長と名乗る

カエリア王は苦笑した。



ヴァディスはラグナの族子で父方の縁者だ。

幼少より図抜けた才を発揮し頭角を現したが

成人間際に家督を放棄し騎士団に入った。


平原北方を横断する大森林という厳然たる

国境を有するがゆえに、三大国家の他の二国に

さきがけて膨張主義を終焉させたカエリア王国。


対外的に安定し官僚制の整備で治国が進んで

いる影響か、家督争いや家同士の競争は熾烈だ。


優秀過ぎたヴァディスは弟との間で家督争いが

起こった結果一族が衰退するのを避けるべく

出奔し、王立騎士団に転がり込んだという

経緯があった。


それが一つ目の無理難題であり、二つ目は

城砦騎士団への参画だ。他にも事ある毎に

無理難題を寄越し、そういう時「だけ」

決まって親しげに叔父さん呼びであった。


「流石は叔父さん。

 話が早くて助かります」


と欠片も悪びれずしれっとヴァディス。


神々しいまでに図抜けた美貌といい、

このたいがいな図太さといい、かの

地獄のねんねこにゃー卿と瓜二つな風情だ。


「それで、何だ?」


苦笑しつつもどこか嬉しそうなラグナ。

ヴァディスの活躍と貢献を思えば、多少の

無理難題はむしろ望ましいところではあった。





「騎兵隊の再編とはまた別に、

 ちょっと変わった軍馬が要るのです。

 まぁ要するに名馬が欲しいって事ですが。

 市場に流す前のヤツを10頭ほどこちらに

 回して貰えませんか」


騎兵用の軍馬は小城と等価。増して荒野で

異形戦をやれるものともなれば街に迫る

価値がある。名馬となると小国に勝った。


冬は大雪で移動が困難となるカエリア産の馬は

春に市場へ出回る事となる。カエリアの名馬は

平原全体の名馬の3割強のシェアを占めていた。


「いいだろう。

 どういった馬が欲しいのだ」


名馬を名産とする平原二位の超大国。

その主ラグナは二つ返事でこれに応じた。



「精神面重視です。

 とにかく気の強いヤツを。

 ふてぶてしくてまるで動じない

 生意気な感じの牝馬が欲しいです」


「ふむ」



思案気に頷きヴァディスを見やるラグナ。



「今、私みたいなヤツか、

 とか思ったりしませんでしたか。

 ねぇしたでしょうまったく酷い話だ」


「待て待て、言いがかりは止せ。

 余人に扱えるものかと思案しただけだ」



と笑いながら弁明した。


ヴァディスは魔力の影響により動物とも

人に対するのと同様の疎通を成す事ができる。


ゆえにヴァディスであればどんな馬であれ

理詰または腕力で従わせる事もできようが

他の者にそれを真似よとは言えまい。


ラグナはそのように懸念したのだった。



「あぁ大丈夫です。

 どうせサイアスがたぶらかすので」



と謎の応答を成すヴァディス。



「……どういう、アレだ」


「まぁまぁ。

 アレは遠からず所領に戻るので

 まずはそちらに送って頂ければ

 適宜上手くやるでしょう」



さも当然の如く無茶振りするヴァディス。

ラグナは肩を竦め苦笑するも楽しげだった。





「総合的な能力においては

『戦乙女』級でなくとも良いのだな?」


カエリアの名馬のうちでも特級の、

名馬の中の名馬と呼ばれる個体には

伝説の戦乙女の名が与えられていた。



「勿論です。もっとも遠からず

 ベオルク閣下が1頭所望されるかと」


「良い情報だ。そちらもしかと覚えておこう」



ラグナは頷き言質を与えた。



「有り難う叔父さん!

 それじゃいってきまーす」



重騎を軽やかに竿立たせた上、三度も

後肢旋回ピルーエットをキメて跳びはしゃぐように

駆け出したヴァディス。



「やれやれ、とんだじゃじゃ馬だ。

 ブーク公、そしてマナサ殿。

 あんな姪だが一つ宜しくお願いしたい」



半ば父親代わりでもあるラグナは

ブークやマナサに会釈した。



「ハハハ、むしろこちらが

 宜しくされる側ですな」


「ご安心ください、陛下」



ブークもマナサを笑顔で応じ、こうして

彼らは北西へ。多数の大型貨車と共に

中央城砦への輸送路である北往路を目指した。

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