サイアスの千日物語 百四十七日目 その八
ロミュオーが懇々と物資周りの現況を解き、
理解していなかった、と言うより興味すら
無かったシベリウスが漸く把握し終えた頃。
「輸送部隊第2便、まもなく
支城前に到着致します」
と兵が報じた。
第2便が平原を立ったのは、第1便の進発に
遅れる事2時間。だが第2便以降には行軍の
素人たる補充兵が含まれてはいなかった。
また昨今の戦況、すなわち羽牙と呼ばれた
ズーの湿原における生息数の激減と魚人の
岩場への集結等が相乗し、北往路はこれまで
以上に安全度合いが増していた。
結果荒廃した不整地たる騎士団領内を往来する
のと大差ない状況にまで輸送環境は改善され、
その分輸送者自体の移動速度が如実に反映
されはじめていた。
つまり物資のみの輸送と人員込みの輸送では、
相当な速度差が生じ始めていたのだった。
大型貨車と今期の駐留騎士団たるトリクティア
機動大隊のみの場合、2時間弱は手早く着く。
騎馬のみで構成されるカエリア王立騎士団なら
さらに迅速な結果となるのだろう。
平原から荒野への輸送を担う駐留騎士団は
西方諸国連合加盟国のうち強固な常備軍を
有する大国で回り持ちをしている。
実質三大国家のみで担っており、今期担当の
トリクティア正規軍の機動大隊は合同作戦後の
一連の輸送任務が済み次第平原へと帰還。
次はフェルモリア大王国より精鋭部隊が派遣
されてくる見通しとなっていた。
「うむ。第1便の進捗はどうか」
泰然として自若なままに応じる
ビフレスト城主たる「鉄人」シベリウス。
深刻かつ逼迫した状況でも泰山の如し。
まるで慌てる素振りがない。彼が慌てるのは
肉の備蓄が尽きたその時だけだ。
「大型貨車群の渡橋が無事済みました。
この後補充兵らが続きます」
兵は淡々とそう報じる。
この兵はかつては中央城砦に、今は支城
ビフレストに常駐している駐留騎士団に属し
ビフレストから中央城砦二の丸までの道行は
北往路を輸送してきた部隊ではなく彼らが
引き継ぐ形となっていた。
「ふむ」
と短く応じ思案気な城代ロミュオー。
脳筋過ぎる城主らに事情を説明するのに
時間を費やしきっており、未だ打開策を
講じ得てはいなかった。
支城の北と南とを繋ぐ、大小の湿原の狭間たる
泥炭の海を渡す橋梁は数十年規模耐用し得る
頑健な造りとなってはいたが、その支柱は
泥炭の海へと刺さっている。
泥炭の海とその底に許容量を超えた荷重を
掛けた場合、支柱が不均等に沈み橋梁に歪みを
生んで応力を生じせしめ、最悪屈壊し兼ねない。
ゆえに一度に橋梁を渡す分量は
細心の注意が払われ調整されていた。
「補充兵300を渡し終えるのに
最低30分は掛かる見通しです」
と補足するロミュオー。
一度に渡す兵は中隊まで。城砦騎士団における
中隊とは最大50名とされていた。また渡橋は
動く床を用いた機械式であり、1行程につき
5分は掛かる事になる。
総じて向こう30分は補充兵移送のためだけに
費やす事となる。第2便、そして第3便が
「詰まる」のはほぼ不可避な状況ではあった。
「第1便については平常通りの対応を維持せよ。
第2便は建材のみ表に残し他は入城。適宜
第1便に続かせよ。
ヘルムート。
昨日隘路に出動した兵のうち
動ける者全てに召集を掛けろ。
ロミュオー。
隘路外近傍に敷設された仮設陣へ連絡し
施工管理を担い得る職人または工兵を招聘。
その後は物資の仕分けを補助だ」
「? ッ、ハハッ!」
一瞬戸惑うも否やを唱える気は毛頭無い。
ヘルムートとロミュオーは威儀を正し返じた。
「渡せぬ資材は渡さねば良いのだ。
どのみち小湿原全周を覆うには現状
注ぎ込んである資材では足りぬのだろう?
ならば当城で引き取り近傍の防壁建造を
引き受けるとしよう。兵らには最高の
鍛錬ができるぞと伝えておけ」
不敵に笑うシベリウス。
したりと笑んで駆け去るヘルムート。
一方、常識的で生真面目な内面を有する
極めて非常識で不真面目な外面のロミュオーは
「ぬっ、閣下、それは……
中央城砦への物資に対し、その……
先鞭を付けると申しますか、摘み食いを
すると申しますか……」
「摘み食いではない。ドカ喰いである!」
ドンッと効果音が響いてきそうな勢いで
激しくドヤる城主シベリウス。ウッと呻いて
よろめく随分付き合いの良い城代ロミュオー。
「物資は蓄えるためにあるのではない。
状況に応じ適切に運用するためにあるのだ。
中央城砦まで移送し備蓄に加えたところで
直ぐに蔵出し進行中の施工現場へと再移送
するのだろう? ならその手間を一部
省いてやろうという訳だ。
無為に浪費しようという訳ではない。
施工に協力し適宜活用しようと言うのだ。
最終的に帳尻が合うなら問題あるまい。
無論、帳尻合わせはお前の仕事だ」
「ぬ、ぬぅぉおお…… ッ!?」
極めて現場的で合理的、そして即時的な
決断を確固たる調子で力説し、不敵に
笑んでみせるシベリウス。
そしてさりげなくとばっちりを受け厄介事の
一切合財を担う羽目になりそうな不穏に悶え
頭を抱えるロミュオー。
もっともロミュオーには代案が出せなかった。
こうして諸々その通りに実行されはじめた。




