サイアスの千日物語 百四十七日目 その六
当節平原では時の認識が未だ大らかで、
時の管理は支配階級の特権だった。
時計も据え置き式の日時計や水時計が中心で、
人々は日月の道往きや腹減り度合いを参考に
随分と大まかな暮らし振りであった。
もっとも知識と技術の最先端である人智の境界、
すなわち荒野の中央城砦と繋がりの深い人々は
未だ希少な携帯時計を常備し時に一刻を争って
人魔の織り成す攻防とその戦局に対峙していた。
アウクシリウムの連合軍本部やトーラナでは
城砦騎士団と同一の時間区分を採用している。
トーラナの3階、謁見の間に続く広間の一角を
緊急対策本部に魔改造して諸策に勤しみ、今は
一通りの手を打ち終えた「城砦の母」。
新たに「城砦のパパ」とも呼ばれ始めた
騎士団領の王たる生粋の苦労人。第三戦隊長、
城砦騎士でもあるクラニール・ブーク連合公爵は
質素だが造りの良い窓が生やす影の傾きに目を
細め、玻璃の珠時計を取り出して時刻を確認。
午後四時半。第3時間区分も中盤だ。早朝に
トーラナを発った第1便がビフレストへと到着
している頃合だ。その後一時間もせぬうちに
第二便も着くだろう。今日は3便、明日は4便。
とにかく矢継ぎ早に送り続けて「わんこそば」だ。
余人には諮り難い聊か不穏な笑みを浮かべ
窓から眼下のトーラナ東方を。血の宴を経て
荒廃し尽くしたままの騎士団領を眺めていると、
視界が一気に黒々と埋まった。
余りの変化に眉根を寄せ、目をすがめつつ
さらに見やると、それは多数の人手が運ぶ
膨大な貨車、すなわち物資だった。
もひとつさらによくよく見れば、それらは
北東と真東の二方向から流れてきて
トーラナ手前で合流し一塊と成っていた。
一体どこから掻っ攫ってきたのだろうか。
ブークは知らず額を押さえた。およそ真っ当な
手段で分捕れる分は全てブーク自身が分捕った
後なのだ。きっとロクでもない手を使ったに
違いなかろう。
だがまぁ、既に済んだ事だ。今更返しにいく
訳にもいくまいとブークはあっさり開き直り、
遠目にも気配でドヤ顔だと瞭然な、恐るべき
女傑衆の帰着を待った。
「ほほぅ、秘密倶楽部とやらの会員から……」
ヴァディスとマナサが嬉々として語る顛末に
ブークは腕組みし頻りに感心し苦笑していた。
城砦騎士団の管理運営を一手に担う第三戦隊の
長官であるブークは、平原と荒野とを渡す
あらゆる物流を把握し得る立場にある。
よってブークは、実はルジヌの手の者が
某秘密倶楽部の所在を押さえる遥か以前から、
騎士団長がコソコソと私財をアウクシリウム
へと送付していた件を把握。内偵済みであった。
多少歪だが「城砦の子」のためにはなる。元より
騎士団長の私財の範疇なので、特段咎め立てる
に値せぬとして、ブークはルジヌ以上に長らく
の間、見て見ぬ振りをしていた。さながら
子の悪戯を見守る母の眼差しという訳だ。
もっともそれが騎士団長の妻たる眼前の王妃に
バレると非常に大変な事になってしまう。現に
眼前の王妃は探るような目でブークの挙措を
観察している。よってブークは飽くまで初耳
という素振りを崩さなかった。
「一度でも後ろ暗い事に手を出すと
『末永くお付き合い』する羽目になる。
諸王にとっては良い教訓になったでしょう」
とブーク。
「そうですな。まぁ当然今後も
末永くお付き合い頂く訳ですが」
と欠片も悪びれる気配のないヴァディス。
諸王にとっては気の毒な話だが、彼らはきっと
今後も事ある毎に斯様にたかられる事だろう。
ちなみに某地獄のねんねこにゃー卿も、姉と
同様の手口でもって諸王から伝承金属を強請る
気満々であり、まったくよく似た姉弟であった。
だがまぁ、自業自得かな、と愛妻家な上
絶賛子煩悩なブークは心より納得した。
そしてブークが騎士団きっての愛妻家である
事を承知している赤の覇王は、ブークの納得
振りを看破して、不要な追求を放棄したのだった。
「ところで王妃の方は
どういった次第なのですか?」
と問うブーク。
赤の覇王チェルヴェナーはヴァディスらとは
別働していた。しかも兵を動かしており、
結果的に諸王らが供出した物資に勝るとも
劣らぬ量を獲得していた。
「平たく言えば『収穫』だ」
とチェルヴェナー。
「先の『翼手教団』の如く騎士団領内に
潜伏し雌伏する闇の勢力の拠点を
幾つか敢えて泳がせてあるのだ。
連中が十分肥え太ったところで
適宜刈り獲っていく訳だ」
「おぉ、流石ですな!」
「とっても痛快ね」
「だろう? 堪らんぞ、ハハハ!」
蓋し、上には上が居るというヤツだ。
女傑衆は大層上機嫌で盛り上がり、
ブークはとにかく苦笑するしかなかった。
とまれこうして中央城砦へと引っ切り無しに
送り付けるべき当座の物資を確保し終えた一同。
輸送に係る一切合財についてはブークに丸投げ。
女傑衆は明日揃って別の拠点を潰しにいこうと
の約束を成して、まずは晩餐まで寛ぐ事にした。
一方その頃。平原の最西端たるトーラナから
荒野へと至り、北往路を遥遥進んだその先の
城砦騎士団の支城、ビフレストにて。
軍師にして祈祷士、そして城代たる「沼跳び」
ロミュオーは血相を変え、ただし表面上は
お多福面のまま城館内を急いだ。
「閣下! トーラナよりの
輸送部隊が着いたのですが……!」
支城北城郭中央の一際大きな城館内、
軍議に用いられる大広間にやってきた
ロミュオーは、開口一番興奮気味であった。
「ふむ」
ロミュオーとは対照的に泰然として重厚な
佇まいの城主、城砦騎士団騎士会の筆頭騎士
でもある第一戦隊所属「鉄人」シベリウス。
合同作戦終了の翌日午後に物資が到着する事は
事前の予定通りであり、何ら騒ぐ事でもない。
シベリウスはそう考えていた。
「ロミュオー殿、どうかされましたか?」
見かねたシベリウスの副官たる
城砦騎士ヘルムートが問うた。
「多いのです! 多過ぎるのですよ!
今着いた輸送大隊の後方数百オッピには
別の大隊が見えております。その後方にも
さらに一個大隊が……
要は矢継ぎ早に輸送大隊が三つです。
このままでは物理的に当城から溢れますぞ!」
「ふむ? 何故だ……
何かあったのか?」
興奮するロミュオー、
そして裏腹なシベリウス。
「それはもぅ、中央城砦も当城も、
備蓄が尽きておりますからな!」
とロミュオー。どこか呆れた風であった。
「何だと! 備蓄が尽きている……ッ!?」
ズワっと立ち上がり鬼気に溢れるシベリウス。
「肉が、肉が無いというのかッッ!!」
マジギレであった。
「……いえ、食料と水はまだあります。
尽きておるのは建材を始めとする
いわゆる物資の備蓄です」
頗る冷ややかな感じのロミュオー。
「……ふむ」
何だそんな事か、と言わんばかりの
シベリウス。まさに脳筋集団の長であった。




