サイアスの千日物語 百四十七日目 その五
殻を剥き去りカラリと揚げた、小粋に太ましい
海老の天麩羅の如き形をして、今はちょこなん
と座る、西方諸国の王侯たるけもみみ大好き
中高年なロイヤル紳士諸君。
彼らは一様にその眉を八の字に。
否、八を通り越しωな有様で
睥睨するヴァディスへと上目遣いした。
「いや、物資、物資なぁ……
流石にどうでしょうな…… 物資かぁ」
全力で困惑度をアピールし
要求の変更を要求する構えであった。
「何か問題が?」
とヴァディス。
「仮にも民の血と汗と涙の結晶を
気軽に差し出すわけには……」
とでっぷり衣のついた海老天な風情の
フラクトリア王。周囲の天麩羅からは
そぅだそぅだ、と賛同の声が。
「それは血税で高級喫茶に
遊びに来た方が仰る事で?」
的確無比なる指摘を成すヴァディス。
「グフォォ!」
するとフラクトリア王は
一声呻き激しく身を捩った。
周囲の王らもウッ、グハッ、などと
口々に呻きビチビチと。その様はさながら
水を得た魚、否、油を得た揚げ物の如し。
「如何されました」
と取り合えず伺うヴァディス。
果たして返答は
「痛いところを突かれましてな……」
との事だった。
ロイヤル紳士諸君による渾身のギャグだ。
クスっときたらしめたもの。笑わせ敵意を
減衰させて要求を緩和せしめんと目論む
王者の交渉術であった。が
「そうですか」
しかしヴァディスには効かなかった。
「合同作戦に追加投入する予備として
用意されていた分であれば、今後の国政に
致命的な影響を及ぼす事はありますまい」
ヴァディスは淡々とそう述べた。
彼らが一旦召し上げ持ち出した物資を国や民に
還すつもりなどサラサラなく、基本的に余剰は
ポッケにナイナイする事を知っていたのだ。
無論国も民も富も王のものであるからそれを
部外者が咎め立てる権利は無い。有事に際して
適正に運用すればそれで問題も無いのであった。
「いやしかしなぁ……
またいつ何時入用になるかも知れぬ訳で。
備え有れば憂い無しとも言いますからには」
「今がまさに憂いでは」
「ガフォァ!?」
再び呻き捩れるフラクトリア王と
愉快な仲間たるロイヤル紳士諸君。
ヴァディスは一顧だにしなかった。
チィ、まるで効かぬか……
などと内心舌打ちしたものか、
「こ、国政に用いる事はありませんが、
貿易に用い外貨獲得手段として、ですな」
と食い下がった。これにはヴァディスも
「それはアリですな」
と頷き、ロイヤル紳士諸君はぱっと
顔を輝かせ、風に棚引く麦穂の如きも、
「では陛下らを王妃様に差し出し
頂戴した褒賞で買い取りましょう」
「いやぁああ! らめぇええ!」
本日最大の揚げ物振りを披露した。
「なかなか往生際が悪いわね。
感心するやら呆れるやら……」
とロイヤル紳士諸君の背後から。
「あぁ? そもそもお主は何者だ」
王らはプライドで飯を喰っている。
大国の代王ならともかくも、と
首を捻り、背後の声に誰何した。
「私? マナサと呼ばれているわ」
「ッ!?」
たっぷり揚がった海老天諸君は
一気に冷凍食品になった。
二国を三夜で滅亡させた神話級の暗殺者。
「皆殺しのマナサ」の名は平原中の王族にとり
魔なぞ比べ物にならぬ程の恐怖の対象であった。
「ふむ、後はマナサに任せようか」
とヴァディス。
「ちょ、待っ!?」
脅え切って懇願の眼差しを向ける
凍えきったロイヤル紳士諸君。
「そう、判ったわ」
とマナサ。
ロイヤル紳士諸君は我先に
物資提供を申し出ようとしたが、
当のマナサがすっと手を出し抑止した。
ロイヤル紳士諸君の健闘を思えば誠に気の毒な
事ではあるが、これまでの展開は全て事前に
ヴァディスの描いた絵図通りであった。
何だかんだで西方諸国連合加盟国の王は重要な
味方であるため、遺恨を残すわけにはいかぬ。
よって彼らが自主的に、己が全てを投げ出す
ようにして協力してくれねばならぬ。
よってまずは理詰めで窮地へと追いやって
次いで圧倒的な恐怖を与えて絶望させ、最後は
情に訴えつつ自ら希望を掴んだ風を装って
無理なくこちらの要求を通す。そういう手だ。
「ねぇ貴方たち、想像して頂戴……」
いちいち脅すまでもなく完全にビビりきって
いるロイヤル紳士諸君に、慈母の如く優しく
話し掛けるマナサ。ロイヤル紳士諸君は
薄らと目に涙さえ浮かべつつ全身を耳とした。
「冬の冷たい雨に打たれて濡れそぼった
可哀想な子猫が鳴いているの。
寒いよ、お腹が空いたよ、って
か細い声で必死に鳴いているのよ……」
「ぅ……」
切々と訴えるマナサの声に
ロイヤル紳士諸君は思わず呻いた。
ただでさえけもみみに萌え尽きている彼らは
子猫の健気で必死な姿をありありと思い浮かべ、
「今にも力尽きてしまいそうな子猫は
つぶらな瞳で貴方を見つめ鳴いているわ。
助けて、助けて、って……」
我知らず、人目も憚らず
「貴方の力なら、可哀想な子猫を
不幸な身の上から救ってあげられるわ。
そして子猫は他ならぬ
貴方に助けを求めているの。
この人なら助けてくれるかも
知れないって、最後の力を振り絞って」
「う、ぐぉぉおお……」
慟哭し嗚咽を漏らしはじめた。
「ねぇ、助けてあげたいと思わない?
子猫に幸せをあげたいと思わない?」
「思う! 思うぞ!! 余が救うッ!!
待ってろ子猫ちゃん! うぉおおお!!」
心の底よりけもみみを愛すロイヤル紳士諸君は
荒縄を引きちぎらんばかりの勢いで跳ね暴れた。
「助けてあげてくれるのね?」
「勿論だッッ!!」
「じゃあ物資をお願いするわね?」
「良いですともッッ!!」
そういう事になった。
彼らは知らない。
物資を送る実の相手が
健気な子猫ちゃんではなく
ムキムキマッチョマンである事を。




