サイアスの千日物語 三十二日目 その二十四
サイアスは回避に専念することで鑷頭の攻撃をを巧みにいなし、
向きを南から西へと変えさせることに成功した。
城砦前で見守っていた3名は、
サイアスが身を賭して作ったこの隙をみすみす見過ごすほど
無能でも薄情でもなかった。3名は各々の方法で
無防備な鑷頭の側面へ集中砲火を浴びせた。
まずは鑷頭の左前肢、サイアスが踏みつけて飛んだその肢の付け根に対し、
ロイエが猛速度でジャベリンを打ち込んだ。サイアスの強撃の
ような特殊技能を持たぬものの、素打ちで既に図抜けた威力を持つ
ロイエの投槍の一撃は腕の付け根の皮膚を破り、
指一本分ほど穂先を鑷頭に刺しこんだ。
しかし痛覚が鈍いのか巨体ならではの頑丈さゆえか、
鑷頭はわずかに不快なそぶりを見せたのみであり、
具体的な効果の程は知れなかった。
大兜の人物はロイエからもう一本のジャベリンを受け取ると、
鑷頭の尾の付け根目掛けて投げ打った。この大兜の人物は
初日の膂力測定で17をたたき出した当人であり、
狙い通りに命中したジャベリンは問答無用で鑷頭の尾の付け根を貫いた。
ジャベリンの穂先が鑷頭の尾の反対側から飛び出し、
鑷頭は苦悶の叫びをあげて暴れた。ロイエの投擲した分も含め、
ジャベリンは穂先を残してへし折れてしまったが、
尾による攻撃は今後かなり軽減されそうだった。
ラーズは左手に弓を構え、右手には先端の尖った3矢を番え、
それぞれ角度を変えて手早く放った。
一矢は頭部と胴の境目、首らしきくびれを狙ったものであったが、
厚みのある外皮によって弾かれ地に落ちた。
もう一矢は地上すれすれを這うように飛んだ。これは鑷頭の底面、
脇腹辺りを狙ったもので、こちらはロイエのジャベリン同様
ブスリと皮膚を突き破った。ただし鏃の大きさや矢の長さが不十分なため、
致命の傷となるには至らなかったようだった。
最後の一矢はやや間を開けて鑷頭の顔へと放たれた。
顎の付け根の上あたりに当たった矢は刺さることなく弾かれたものの、
この一撃を鑷頭は露骨に嫌がった。ラーズはそれを見て眉を上げ、
確信を得た。頭部のいずこかに弱点あり、と。サイアスの盾での
体当たりで呻き声を発していたところから推察するに、目もしくは耳
が弱点ではなかろうかとラーズは類推するに至っていた。
残りの矢は4本であり、ラーズはこれを頭部への精密射撃に
用いることに決め、さらなる隙を窺い始めた。
サイアスと対峙し威嚇して吠え掛かっていた鑷頭ではあったが、
横合いから次々に襲い掛かる痛みを不快に感じ、
城砦前の3名の方へと向き直った。
サイアスはこの機を逃さず動き出し、
さっと間合いを詰めて鑷頭の右肩口を蹴り飛ばした。
無論、堅牢なる鑷頭にとってはサイアスの蹴りなど赤子に
撫でられたようなものであり、欠片も被害などはなかったが、
先刻の仕儀で頭にきていた鑷頭はこれを無視できず、
顔を頭突きのごとく横に振ってサイアスを叩き飛ばそうとした。
サイアスはこれを待ってましたとばかりに飛び避け、
またしてもホプロンを鑷頭の後頭部に当てがいながらクルリとまわり、
反対側である鑷頭の左側面へと飛び降りた。
一瞬何が起きたか判断に苦しみ、またしても小馬鹿にしたような動きで
回りこまれたのだと気付いた鑷頭は逆上し、傷んだ左側面をものともせずに
用いて右方へと体当たりを行い、サイアスを蹂躙しようとした。
だがサイアスは着地と同時に北へと駆けてこれをやり過ごし、
鑷頭の背後すなわち河川側へと立ち位置を変えた。これにより、
サイアスたちは南北から鑷頭を挟む挟撃の態勢を取ったのだった。
サイアスは鑷頭に対してジャベリンを構え、
これを突き刺すべく突進するようなそぶりを見せた。
無論ジャベリンは手にもって突撃をなしえるほど頑丈ではなく、
この構えは明確な欺瞞であった。だが鑷頭にとって、
それを正確に察知するのは状況的に困難であった。
北へと急激に向き直った鑷頭は迂闊に突っ込んでこようとする
眼前の生意気な獲物を噛み砕かんとグパリと口を開け、
身を低くして迎撃態勢をとった。それこそまさに、
サイアスの狙い通りだった。
鑷頭の後方やや上方では、南から走りこんで飛び上がったロイエが、
鑷頭の背中へ渾身の戦斧を叩き込もうとしていたのだ。
ズドシュッ。
重く湿った音を響かせて、ロイエの戦斧は鑷頭の背中を叩き割った。
岩のようなゴツゴツした外皮は割れて弾け、首の付け根からやや下がった、
人体でいえば肩甲骨の間ほどの位置に、深々と戦斧が突き立った。
鑷頭が絶叫を上げ暴れだし、背中で片膝立ちとなって
戦斧を沈めていたロイエを振り落とそうとした。
ロイエは肉食獣のしなやかさで地へと跳躍してそのまま駆け去り、
再び城砦前へと戻った。鑷頭はさらにそれを追おうとしたが、
ザンッ。
という音と衝撃をその身に浴び、再び北へと意識を戻した。
北側では、ジャベリンを地に突きたてたサイアスが鑷頭の尾の
先端部分をバックソードを抜き打って斬り飛ばしていたのだった。
サイアスは既に剣を腰へと戻し、再びジャベリンを手にして
穂先をゆらゆらと揺らしつつ鑷頭の前にたたずんでいた。




