サイアスの千日物語 百四十七日目 その四
平原西域最西端の軍事拠点トーラナより
徒歩で半日ほど北東に進むと、そこには
アウクシリウムがある。
人口3万超。西方諸国連合加盟国内の小国に
匹敵する規模であり、連合本部や騎士団の施設
が設置されている城砦騎士団領内最大の都市だ。
今夏にトーラナが建造されるまでは、この
アウクシリウムが3つの西域守護城砦へと
輸送する物資の集積所となっていた。
今でも3城のうち南北の城砦に関しては
同都市がその役目を負っている。もっとも
それら2城分より中央城砦への物資の方が多い。
よって物資集積所であり物流拠点であった
従来の役目はやや薄れ、代わりにこれまで
以上に娯楽施設が充実しつつあった。
平原全土からありとあらゆる物資が集まる。
その上住民の大半が連合軍と騎士団の軍務を
担うため、物資並びに兵士提供義務が免除
されている。豊かにならぬはずがなかった。
娯楽施設は無論第一義として、荒野の激戦を
経て生き残り、束の間の休息を得て訪れる
城砦騎士団員のためのものであったが、
彼らの滞在は文字通り束の間の事だ。
平素娯楽施設の恩恵に預かっているのは
西方諸国連合の会合のために同地に滞在する
諸国の王侯やそのお付き。または荒野への
物資輸送を担うべく派遣されてくる大国の
騎士団等。要は要人が多かった。
要人は金払いが良い。自然娯楽施設も彼らに
向けた、瀟洒で高級感溢れるものが増えていく。
かつてかのお困り殿下が自らオーナーとなって
こさえた某完全会員制高級秘密喫茶などは
その典型であると言えた。
此度の平原と荒野との大規模な軍事作戦を
展開するにあたって、独自の強固な常備軍を
有し積極的に参画する三大国家。
すなわちフェルモリア、カエリアそして
トリクティアは、西方諸国連合本部のある
アウクシリウムではなく、トーラナを中心に
派兵・駐屯し活動していた。
一方独自の強固な常備軍を有さず専ら物資面で
合力する、言わば後方支援担当となる
西方諸国の王侯らは、自国との輸送ラインを厳に
確保した状態でアウクシリウムに詰め、戦況に
応じいつでも追加支援できるよう努めていた。
さて此度の一大合同作戦は件の通り大戦果を
以て終了し、連合本部に集結し趨勢を見守って
いた諸国の王らもこれにて漸く一息付けた。
そうなると、あとはお決まりのアレである。
折角遠路遥遥気合を入れてアウクシリウムまで
繰り出してきたのだ。そりゃちょっとくらい
遊んで帰るでしょ、ねぇ? というヤツである。
古今稀に見る大勝を祝うにやり過ぎはあるまい。
ならば余自ら派手に散財し騎士団領を潤して
やろうではないかと何やら歪んだ使命感に燃え、
作戦終了後三日経っても未だ復興にあえぐ自国
への帰途に着かぬ者らも多かった。
意気揚々と浮かれ過ごす彼らは知らなかった。
彼らが繋いだままの物資と輸送ラインを狙い、
ひたひたと忍び寄る影がある事を。
初日は連合軍本部をあげての大宴会だった。
二日目は配下らと街へ繰り出し大盛況だった。
そして三日目。そろそろ国許で角が伸び盛りな
奥方衆に恐れを成して帰国の準備をし出す王ら
が目立つ中。
そうした比較的まともな神経の王らに対し
さっさと帰れ、帰ってくれと言わんばかりの
ソワソワ感を以て、しかし表情はのほほんと
装って粘る数名の王らが居た。
中でも取り分け目立つのが3名。
フラクトリア、ウェスタリア、イラストリア。
俗に「三リア」と呼ばれる王らであった。
これら三リアは人口10万超のフラクトリア
を筆頭に、人口1万程の形骸化した小国が
大半を占める現在の西方諸国連合の中でも
異質な、10万前後の人口を誇る大国であった。
よって他の諸国の王らに比べ余裕はある。
もっとも今の彼らのそわそわ振りは、別の
理由によるものだった。その理由とは彼らが
先刻極秘裏に入手した、とある情報に関連する。
「祝☆連合軍大勝利☆
完全会員制高級秘密喫茶
『けもみみ倶楽部』一日限りの
超・スペシャル・大・復・活!!
とっても頑張ってくれたカッコイイ
王さまたちをたっぷり癒しちゃうニャ!
☆是非来てニャン☆」
チラシを手にした王らの手は震えた。
胸の鼓動の高鳴りを抑える事ができなかった。
あぁ、あの麗しの、癒しに満ちたけみみみっ娘
たちにまた会える、会えるのだ! そう思うと
何一つ耳に入らず手に付かなかった。
そう。三リアの王をはじめとして、未だ帰宅
の準備もせんとソワソワしている連中は皆。
完全会員制高級秘密喫茶たるけもみみ倶楽部の
元会員であったのだ。
やがて人手の賑わいが落ち着いて本部も随分
静かになった頃、元会員たるロイヤル紳士らは
三々五々、それとなく歩調を合わせ、されど
目は合わせずに、各個に連合本部を後にした。
方々で立ち止まり、配下と会話したり指図して
使いに出したりと油を売りつつも、皆目指すは
同じ場所だった。
官舎の並ぶ一帯から大通りへ。
賑やかなバザーの連なりを望む瀟洒な店舗の
連なりを抜けて小道に逸れたほんのり先手。
かつて彼らが遅まきの青春に花咲かせた
高級秘密喫茶のあの建物だ。
もう三月程になるだろうか。哀しみに満ちた
けもみみ衆の集団移住とラインドルフ襲撃事件。
王妃に睨まれなかなか近づけなくなっていた
隙に閉店し見る影もなく寂れたこの建物を前に
膝を付き顔を覆って泣き崩れたあの日。
ふさっふさの、ふわっふわのあの愛らしい
けもみみをもう愛でる事ができないと知った
あの日の絶望。そこから続く無味乾燥の日々。
だが、今は絶望も悲憤も忘れよう。
またあの天使たちに会えるのだから!
ロイヤルな紳士たちは斯様な感じで
某高級秘密喫茶の跡地へと至った。
するとどうだろう。
見る影もなく寂れ鄙びていた壁や外観は
かつてのごときゴージャス感に満ちている。
王妃連合により呪わしき巨大な赤のバッテンが
付けられ痛みきっていた玄関な扉は、まるで
猫の毛並みの如くっゃっゃ感に溢れている。
そして文字の類こそ無いものの、扉の中央には
ベタながらも愛らしいけもみみが描かれている。
あぁ、そうだ、そうだとも!
これこそ地上の楽園の扉!
あのけもみみ倶楽部の扉なのだ!
ロイヤルな紳士たちは歓喜にむせび
目を潤ませつつも頷きあい、彼らの
楽園への扉を開いた。
「ちゃお! ロイヤル紳士諸君」
声が止むのが先か、
天地がひっくり返るのが先か。
気付いた時には荒縄で縛り上げられ
床に転がされたロイヤル紳士諸君。
「あらあら……
結構居るものね。
全部で幾らになるかしら」
背後からも声がした。
「い、幾らだと!?」
「よ、余らを売りさばく気か!」
「どこに誰に売り飛ばす気だ!」
不意を衝かれ不覚を取ったとてそこは王。
ロイヤル紳士諸君は口々に権高く喚いた。
「王妃方に、浮気の現行犯で」
返答は至って直裁であり、ヒェっ! と
そこかしこから悲鳴があがった。
「ちょっ、待て、待ちたまえ!
幾らだ、幾ら欲しいのかね!?
金なら幾らでも都合しようじゃないか!」
大樽または水揚げされた鮪の如き恰幅の
フラクトリア王が半泣きで訴えた。
「特段金には困っておりません」
つまらなさそうに応じ睥睨するその顔を見上げ
フラクトリア王はハイトーンな悲鳴をあげた。
「ヴァ、ヴァディス殿下!?」
フラクトリアの北方、森林地帯を挟んだ先。
国土は数十倍、人口は1000倍。北の大国
カエリア王国。
声の主がそのカエリアの現国王アルノーグの
縁者にして代王、王立騎士であり全権大使
でもあるヴァディスその人だと気付いた
フラクトリア王は仰天し、器用にも
ぐるぐる巻きのまま飛び上がった。
「ご機嫌ようフラクトリア陛下。
奥様のご機嫌はすぐに最悪でしょうが」
「待っ、お待ち頂きたい、後生です!
なっ、何かお役に立てる事あらば
何なりと尽力させて頂きますので……」
「おぉ、流石は陛下。
話が早いですな」
ヴァディスはにこやかに微笑んだ。
絶世の美女の名画を凌駕する微笑だが、
転がる王らにそれを愛でる余裕はなかった。




