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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
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サイアスの千日物語 百四十七日目 その三

すっかり親馬鹿もといやる気の塊となって

謁見の間を辞したクラニール・ブーク連合公爵は、

しかしながら勢いそのままに城砦へと飛んで帰る

ような事はしなかった。


備蓄の尽きた辺境の果てに大慌てで戻ったとて

備蓄が尽きている事実は変わらない。そして

費やすべき元手が無ければ、如何な妙手も

打ちようが無い。無い袖は振れぬのだ。


よってまずは物資、とにかく物資。これだ。


如何な底抜けの柄杓ひしゃくでザルな大喰らいと言えど

物資の消費には必ずそのための時間が掛かる。


なら消費速度を上回る勢いで次々矢継ぎ早に

送り付け、いっそ受領作業だけで手一杯な

状況に追い込んでしまえば宜しかろう。


供給過多に追い込み一時的な機能不全を

起こさせて、その隙に現地入りし改善策を

再構築する。要は物量大正義、正統派正攻法だ。



かつて20代の若さで大国トリクティアの

財務大臣補という実務のトップを務めていた

切れ者過ぎるブークだ。この手の画策は正に

お手の物、そしてやるとなったら実に容赦ない。


謁見の間を辞したヴァディスとマナサが

階下の広間で追いついたその時には既に

一角を占拠し対策室が立ち上げられており、

ブークの指示を受け従者や兵らが方々へと

石火の如くに飛びまわっていた。





「やぁ、君たち。『わんこそば』だよ」


ブークはニタリと笑んでそう言った。


「小分け蕎麦ですな、東方諸国の」


とヴァディス。



「そう。如何な大喰らいであれ、そして

 如何な早食いであろうとも。『喰らう』

 という作業には必ず時間が掛かるものさ。


 だからむしろ少量ずつ引っ切り無しに

 送り付けて、作業が追いつかぬ状態に

 まで追い込む。


 何、連中にだって眠る時間は要るからね。

 引っ切り無しに送り付け続ければ流石に

 そのうち喰らいきれなくなるだろう。

 戻るのはその後さ」



非戦闘員含む城砦騎士団の総員数は精々数千。

一方平原西方諸国連合加盟国の総人口は数億だ。

千に億でわんこそばを盛れば流石に喰いきれず

積みあがる。そういう発想であった。


「成程、なかなかエグいですな」


と愉快げに笑うヴァディス。


「面白そうね。でも肝心の物資は

 どこから調達するのかしら」


と問うマナサ。


これにブークはしたりと頷き、



「大丈夫だ。あるところにはある。

 それを余さず供出していただく」



と実に爽やかな笑顔を見せた。



「まぁ…… そういう事なのね。

 任せて頂戴。フフフ……」



とマナサ。早速供回りと姿を消した。



「俄然面白くなってきたな。

 よし、一つ私もお力添えしましょう」



ヴァディスも頗る上機嫌で階下へと。さらに



「私も手伝おう」



謁見の間から緋色と黒の甲冑に身を包んだ

赤の覇王が実に良い笑顔で表れ、配下を

引き連れ階下へと。



「……まぁ、言って止まるような

 方々ではないな。気にすまい」



ブークは小さく肩を竦め、ぽんと手を打ち

不敵に笑んで、自身の打つ手に集中した。





ブークの打った手とは2つ。まずは

西方諸国連合加盟国が各個に準備中の

物資提供義務用の資材を直接召し上げる事だ。


連合加盟国の責務たる二つの提供義務のうち

兵士提供義務は3月に1度200名とされた。

此度の如き大規模な戦の後に臨時で徴収される

事もあるが、基本的には月単位だ。


西方諸国は人口数万弱の小国が大半を占める。

そうした国にとりこの値は十分に厳しいが

今後は楽になる可能性が高かった。


一方物資提供義務は各国が生産した物資を

毎月定量アウクシリウムへと集積し、トーラナ

を経て概ね10日に1度荒野へと送っていた。

兵士提供義務に比して物資提供義務は頻回に

発生するのが特徴であった。


物資の生産には収穫時期等時節が関わるため、

毎月定量を提供するにはまずは自国内で備蓄を

準備し、そこから適宜蔵出しする形で履行する。

そういう国家が大半だ。


つまり現状、少なくとも来月供出するための

物資を国内に備蓄している国は少なくないと

いう事で、ブークはそれを前倒しで提供し直接

トーラナへと寄越すよう書簡を大量生産した。


また同時に此度の大戦果と自身の公爵位就任を

祝うべく大規模な式典の開催を準備していた

連合本部に中央城砦の逼迫ひっぱくした状況を説明。


式典の準備資材やら自身への祝儀やらの

一切合財を全て直ちにトーラナへと移送

するよう要請した。





連合本部での意思決定は、先代の騎士団長や

筆頭軍師をはじめとする騎士団関係者と、大抵

大国出身な本部専属の幹部衆。及び連合加盟国

各国の代表にはかっておこなわれる。


このうち各国の代表に対しては先行して

備蓄供出を要請しており、それゆえ加盟国側

としては本部主催の式典でブークひいては騎士団

へと出すべき祝儀に余裕がない状況ともなるため

こぞって賛意を示す事となった。


一方連合本部の面々としては、四大国家の一つ

となった城砦騎士団領の王に是非とも貸しを

作って置きたいので一も二もなく。表面上は多少

勿体ぶって見せた上で、これを全面的に了承した。


ブークはこれにて七面倒な式典から開放される

事ともなったが、同時に連合軍幹部衆からも

一件頼まれる事となった。


その内容とは、戦勝式典自体は遠からず必ず

開催させる事。そしてその際必ずサイアスを

出席させる事。


サイアスは此度の甚大な戦果の立役者だ。また

騎士団としては以前からサイアスを、騎士団と

連合軍の広報へ活用する方向性を示していた。

そのためブークは満面の笑みでこれを受諾した。

ついでに自身は式典をサボる気満々であった。


こうしてブーク自身は七面倒な式典と社交から

開放される見通しとなった。サイアス的には

とんだとばっちりだ。だがそも現況の元凶

でもある上、元々爵位受領の式典が組まれて

いた。よって是非も無しとブークはニタリ。


とまれこれにより空となった備蓄の全体的な

嵩を増す目処は立った。あとは女傑衆の働きを

おっかなびっくり待つだけだ。


然様に目処を付けたブークは軽く息を吐き、

暫しワインなぞ頂いて寛ぐことにした。

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