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サイアスの千日物語  作者: Iz
第七楽章 叙勲式典
1137/1317

サイアスの千日物語 百四十七日目 その二

此度の合同作戦のうち騎士団側が主催した

三つの作戦中、最後の一手。「ゼルミーラ」

作戦が終了した翌早朝の事。


平原西端の軍事拠点トーラナより

大規模な輸送団が発ち北往路を西進した。


輸送任務を担うのはトリクティア機動大隊。

輸送内容は補充兵として徒歩の300名、

物資として大型貨車10台。宴の直後に

匹敵する極めて大規模なものだった。


これらは全て合同作戦が開始される前に

アウクシリウムで準備されていたものだった。


此度の合同作戦が開始される前、騎士団参謀部

と連合軍本部は囮として激戦を請け負う騎士団

の損耗を繰り返し算定した。


両者の事前の予想では、奸魔軍との軍事境界線

を圧迫し囮を努める「アイーダ作戦」の主力軍

を中心に、総兵力の4割弱の損耗が出ると

試算していた。


例えばアイーダ作戦主力軍は当初より夜半の

撤退戦を企図しており、よくて半壊、下手を

すると全滅もあり得るとみられていた。


数値的に言えばアイーダ主力軍の戦闘員数

500強のうち6割にあたる300が損耗

するものと目されていたのだ。





だがいざ蓋を開けてみれば軽傷または軽症70。

いずれも加療し遠からず戦線復帰し得る状態

であり、要するに損耗皆無という結果となった。


当初の予想を覆し完勝。むしろ奸魔軍を半壊

させ撤退に追い込むこの神懸かり的な大勝は、

アイーダ主力軍の将兵らの奮闘もさる事ながら、

中央城砦への最短距離を成す線分上に築かれた

防衛拠点の存在が大であった。


また同様に奸魔軍がアイーダ主力軍を撤退に

追い込むための仕掛けであった、中央城砦への

ズーらによる奇襲を一蹴しあまつさえ敵総大将

アンズーを捕縛し身代金交渉に持ち込むという

出鱈目極まる大金星の存在もあった。



またグントラム、ゼルミーラ両作戦における

局地戦においても各隊の抜群の働きにより

負傷は有れど戦死無し。いずれも適宜加療で

戦線復帰が見込める範囲で済み、要は此度の

三作戦全体においても死者皆無。


「城砦の姉」たる兵団長サイアスの戦。

すなわち最大の戦果を挙げつつも率いた兵の

全てを生還させるという至難の極致を騎士団

全体で達成してのけたのであった。


これにより、当初600弱は出ると見られた

死者及び重症による戦闘不能での引退者は0。

むしろ総員に戦力指数の上昇が見込める結果

となっていた。





連合軍と騎士団の事前の目算では、この

600の予想損耗値を補填すべく、臨時の

補充兵を1500名用意する方向で動いていた。


これは補充兵のうち実際に対異形戦闘を担い

得る城砦兵士へと至れる者が4割程度なためだ。


人魔の大戦の要である騎士団と魔軍との決戦、

すなわち「宴」は「黒の月」に起きる。


そして「黒の月」は概ね年に1度程。

11の倍数となる朔望月を基調として発生し、

つまりは次の宴まで最短で200日前後である。


それまでに少なくとも1500名。

壮健な人士を人資として荒野に送らねば

ならぬとて、臨時の第一便として用意された

のが此度の300名。そういう事であった。



だが現実としては恐るべき事に損耗皆無で

全作戦を完勝或いは完遂していた。お陰で

損耗の補填は不要、そういう事にもなった。


そこで城砦騎士団としては既に準備済み

であった300名のみそのまま引き取り、

以降は人員の臨時増派無し。


また3ヶ月に1度の兵士提供義務に関しては

今後戦況が悪化せぬ限りその員数を200から

100へと半減させる旨を連合軍へと打診した。





連合軍を構成する西方諸国連合各国は

この打診に狂喜し乱舞した。


およそ国なるものにとり人口は国力に直結する。

血の宴からの復興にあえぐ諸国にとり、働き

盛りの若手を自国の発展に回せる事がどれほど

有り難いかは、態々(わざわざ)語るまでもないだろう。


人魔の戦いにおける騎士団と連合軍の戦果を

最も判り易い形で享受できたと言って良く、

この戦果に多大な影響を与えた件の城砦の姉。

すなわちサイアスに対する各国首脳からの評価

もまた、旭日の如く昇りつめていた。



ただ、一方で。此度の合同作戦に平原の

連合軍側で参画していた騎士団領の王たる者。

城砦騎士団第三戦隊長、そして「城砦の母」。


トーラナで赤の覇王に面倒な戦後処理一切を

しれっと押し付けられて忙殺されるもそれを

終え、やれやれそろそろ帰るかと漸く笑顔が

戻ったクラニール・ブークその人は


「……はぁ!? 今何と……」


と完全に素で赤の覇王へ問いただした。

トーラナの謁見の間での出来事だ。





「備蓄が空だ、とそうお伝えした」


燃え盛るような赤のドレスにガーブを羽織る

赤の覇王チェルヴェナー・フェルモリア王妃は

軽く肩を竦め、苦笑しつつブークに書状を

差し出した。書状は彼女の夫、イェデン王たる

城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアからだ。


愕然と、取り落としそうになりつつ書状を

受け取ってその内容を改めるブーク。

直ぐに目の前が真っ暗になった。



「わ、私は少なくとも…… 半年は篭城し

 持ち堪え得るだけの物資を、元々あった

 数年分の備蓄に『追加した上で』……


 あぁ、きっとアレでしょう!

 追加した半年分の備蓄を使い切ったと、

 そういう事なのでしょう? ハハ、何だ……」



ブークは引きった笑いで

懸命に現実へと抗った。が



「閣下、お気持ちは判りますが

 ヤツらどちらも使い切ってますね。

 蔵は空です。もうオケラ。そうエンプティ。

 何にもナッシンヴェイカント。オゥケィ?」



玉座の王妃の傍らで、兵団長サイアスの

姉たるヴァディスは杯を掲げてみせた。


今はカエリアの代王として。赤の覇王の友人

としてこの会話へと参加していた。もっとも

城砦軍師な平素であっても完全に他人事な

ノリではあろう。



「ぁ、有り得ない……

 有り得ないだろうそんな事!

 どうやったらアレだけ膨大な!?」



フラフラとヨロめきつつ頭を抱えるブーク。

見守るトーラナ兵や従者らはオロオロしていた。



「あの子、有れば有るだけ使うらしいわね。

 まぁ使った分以上の戦果を挙げるのだけれど」



と第三戦隊長代行なサイアスの義姉。

第四戦隊所属城砦騎士、「皆殺しの」

マナサは苦笑した。



「参謀部は戦と趣味の研究以外には

 まるで興味を示さないので。一見まともに

 見えるルジヌも実際は『ガワ』だけですね」



とヴァディスが追い討ちを。要は意思決定を

担う幹部にまともな経済感覚の持ち主が

一人も居なかったという事だ。そして



「我が夫については最早語るまでもない。

 よって弁解もせぬ。すっぱり諦めてくれ」



と赤の覇王。本来は軍政に専心すべきトップ

たる騎士団長がもぅこんな感じであった。





「おぉ、何と、何と言う…… こ」


ブークは堪らずクラっと意識が飛びかけ



「閣下! お子さんが泣きますぞ!」



とのヴァディスの声で


「ッ!」


一気に引き締まった。

そこにマナサとチェルヴェナーが



「きっとパパの活躍を期待してるわ」


「!!!!」


「奥方がお子に語って聞かせる

 新たな武勇伝を仕入れる好機かな」



と見事に連携して追い討ちを。



「ぃやまぁ、そうか…… ね?

 うむ、確かにそうかも知れないね!


 そうかそうか……

 おっとこうしては居られない。


 急いで城砦に戻らねばいけないね!

 よぉし見ていろ、パパは頑張るぞーッ!!」



ブークは一気に絶好調へと返り咲き、

高笑いしながら謁見の間を辞した。



「フフ…… これからは

『城砦のパパ』かしらね」



とマナサ。



「ハハハ! それも良いかもな。

 よし私たちも公爵閣下に続くとしよう」



声を立てて笑い、マナサ共々にこやかな

チェルヴェナーへと暇を乞うヴァディス。





城砦騎士団第三戦隊長にして

騎士団内最上位の連合爵位保持者。

すなわち実質城砦騎士団領の王たる者。


クラニール・ブーク辺境伯は、これまでの

多大なる功績と此度の甚大なる戦勝を最大限に

評価され、2階位進んで連合公爵位を拝命した。


辺境伯は伯爵の上、公爵の下となる特殊な

位置付けにあり、侯爵と同一とされる事もある。

もっともそれは軍権上の付加価値であり、階位と

してはやはり伯爵。実の侯爵や公爵には劣る

立ち位置を占めていた。


もっとも軍事組織である城砦騎士団としては

軍権さえあればそれでいい。よってブークと

彼を最上位とする城砦騎士団は飽くまで辺境伯

として、侯爵さらには公爵の軍権を行使していた。


だが、此度の昇進により、そうした捩れは

消えうせた。この累進により城砦騎士団領は

紛うこと無き西方諸国連合加盟国中序列4位へ。


大王位のフェルモリア。王位たるカエリア。

そして大公位のトリクティアに次ぐ第4位。

四大国家の1つへと躍進を遂げたのであった。

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