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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1136/1317

サイアスの千日物語 百四十七日目

東西に長い楕円を象る人の住まう平原に

現存している国々のうち、中央より西方に

位置する数十の国家が織り成す西方諸国連合。


そして平原の西域に恐らくは同様の姿を象って

隣接し、荒ぶる神たる魔と魔の眷属の棲まう

荒野にはだかり、魔軍の侵攻を食い止める

囮の餌箱にして不壊の盾、城砦騎士団。


現行文明の存亡を担い人魔の攻防の最前線を

担うこれら両者の織り成す此度の合同作戦は、

凡そ理想を数乗した至高の戦果を以て終幕した。


元来合同作戦がその戦略目標として企図し

掲げていたのは、平原と荒野の隣接域のうち

南方に位置する「南往路」の遮断であった。


荒野東域の中央には人と異形とを合わせて拒む

不浄の大地「大湿原」が存在し、その北方には

大なる河川、その南方には峻険なる断崖。


個として人より遥かに強く大きい異形らが

なお大挙して軍勢を成し、平原の人の世へと

攻め入るには、まずはいずこかで集結して軍勢

としての体裁を調えねばならない。


魔軍がそれを果たし得る、平原に最寄の

候補地は2つ。大湿原の西手と東手であった。


このうち西手には城砦騎士団が独居して

囮の餌箱と成り、魔軍を誘引してはこれを撃退。

「血の宴」よりの復興にあえぐ平原西方諸国らに

仮初の平和をもたらしていた。


ただしこうした戦局は、城砦歴107年の

宴を契機に一変した。騎士団が支城を成して

北往路の支配権を確立し、魔軍それも「奸魔軍」

なる特定の魔に率いられた軍団が城砦の南西に

拠点を築いて新たな軍事境界線を引いたためだ。


この新たな軍事境界線は北往路の安全を一層

担保すると同時に、南往路を魔と魔の軍勢の

制圧下に置いた。すなわち。


これまで南北の往路の西手で南北の往路へと

睨みを利かせ、かつ誘蛾灯の如く魔軍を釣って

これを撃っていた城砦騎士団の戦略的有用性の

一翼がもがれた格好となったのだった。


端的に言えば中央城砦は南往路へと睨みを利かせ

られなくなり、魔と魔の軍勢はそちらを随意に

通過できるようになった。なんとなれば多分に

手間隙掛けて南往路を進み、平原の間際たる

今1つの最寄の候補地へ。大湿原の東手へと

侵攻し得る状況と成ったのだ。





南北の往路は狭く、そして長い。

南往路は北よりなお難所であり、これを

抜け軍勢を編成するのは困難な上、幾分

規模の小さいものとも成り得よう。


だが、蓋然性は否定できなくなったのだ。

一夜にして億の人を喰らい、続く文明崩壊で

数億の人を死に至らしめた「血の宴」の再来の。


人魔の攻防を超越者の視点で俯瞰した場合、

人の勢力が確実に魔軍を追い込んではいた。


魔の数は増えぬと言われており、その魔を

人はこれまでに複数弑してのけ、魔軍の

発生要件それ自体を潰していたからだ。


よって戦局自体は常に好転し続けているのだが、

奸魔軍による南往路の制圧は、低確率ながら

言わば一発逆転、起死回生の鬼手を魔軍に

潜在させる形ともなっていた。


かつて8億と言われた平原の人口は

血の宴を経て半数以上が死滅。先行の秀でた

文明圏が悉く崩壊して平原は暗黒時代を迎えた。


そこから数百年。平原の人口は漸く4億に

まで戻り、現行文明も徐々にかつて世に在った

秀でた文明の面影を追い始めた、そんな頃合だ。


そう、漸くここまで扱ぎ付けたのだ。

再びの「血の宴」で絶望の奈落の底の底にまで

追いやられるなぞ死んでも嫌だと、かつて実際に

死に瀕した経験を持つ平原西方諸国が忌避する

のは無理からぬところ。


本年度は既に莫大な人と物資を費やして

トーラナ建造を成し、騎士団の支城建築へも

厚く手を尽くしている。平原西方諸国連合の

体力は限界に近かった。


それでも、血の宴が起こる可能性だけは

ほんの僅かたりとも潜在させてはならぬとの

思いで、自らに鞭打ち国力衰退上等で挑んだ

乾坤一擲。それが此度の合同作戦であったのだ。





そして戦果はまさに理想の数乗だった。


まず、連合軍の企図した南往路の遮断は

完全な形で成功した。南往路の出口一帯を

大湿原南東部ごと防壁で塞ぎ、荒野西方との

連絡を完全に途絶させたのだ。


無論魔や魔軍が総力を挙げて防壁を潰しに

掛かったならば持ち堪えられるかは判らない。

だが魔軍の生じる宴が起きるのは概ね300日

に1度と言われる「黒の月」の折だけだ。


残る期間で徹底的な補強を繰り返せば

防壁を維持することは不可能ではあるまい。

少なくとも魔軍の攻め手を一手以上遅らせる

事はできるのだ。これにより平原の恒久平和は

一層現実味を帯びる事となった。


次に。此度の連合軍による南往路遮断作戦を

支援すべく、城砦騎士団は時宜を合わせて

大規模な3つの外征作戦を展開した。


すなわち「アイーダ」「グントラム」

そして「ゼルミーラ」だ。


アイーダ作戦は南往路の東出口と線対称となる

西出口近傍「オアシス」に城砦騎士団戦闘員の

実に6割弱を大挙進軍させ布陣し駐屯。


奸魔軍を全面的に誘引する事で連合軍側の

安全な作戦遂行を担保する戦略目標を有した。


奸魔軍による中央城砦への奇襲を許す等、

一時は窮地に陥るかと見えた本作戦だが

終わってみれば満点以上の成果を挙げた。


成果のうち満点「以上」の部分とは2つ。


いずれも城砦騎士団兵団長にして第三戦隊長

代行たるサイアス・ラインドルフ連合準爵と

彼の率いる独立機動大隊「ヴァルキュリユル」

によるものだ。





オアシスへ進軍する大軍勢の輜重を預かった

サイアスとヴァルキュリユルは中央城砦と

オアシスとを結ぶ最短距離の線分上となる

中央城砦の建つ高台の南東端へ防衛拠点を建造。


アイーダ主軍のオアシスよりの撤退を支援し

かつ将来の中央城砦三の丸とその城門の素地を

作った、これが1つめ。


2つ目はオアシスに駐屯するアイーダ主軍を

撤退に追い込むべく奸魔軍別働軍の仕掛けた

中央城砦本城への奇襲。


これに際し奇襲の真の目標であった騎士団の

知の要、参謀長セラエノ暗殺を未然に防ぎ、

かつ別働軍総大将たる上位眷属アンズーを捕縛。


さらに、交渉の末騎士団と奸魔軍及び羽牙たる

ズーとの間で小湿原の騎士団への割譲と当座の

不戦協定を締結するに至った事だ。


特に後者の戦果は人類史上初、そして

恐らくは空前絶後の歴史的快挙であった。



「グントラム」作戦はアイーダ作戦より遅れる

事半日。連合軍のための囮であるアイーダを

なお自身らの囮として活かす形で開始された。


本作戦の目的とは宴を経て異形の姿が随分

手薄となった城砦西手の岩場との狭間にある

「大回廊」の北端。城砦騎士団の生命線でも

ある遠浅の水場における大規模な取水と同地の

恒久的な安全確保を主任務としていた。


ただしこの深奥には別の戦略目標が秘されて

おり、グントラム作戦を主催する司令官たる

第四戦隊副長、「魔剣使い」ベオルクは機を

見定めてこれを実行。


グントラムの真の目標とは大回廊そのものを

壮大な水掘りと成し、中央城砦と西手の岩場

とを水流により切り離す事で、城砦北方域を

騎士団の制圧下に置くというものであった。


この作戦の遂行にあたりベオルクは

互いに相食む異形同士の特質を利用。岩場を

安住の地に得ようとする魚人に施工した窪地を

橋頭堡として利用させることで暗に加担して

共闘を示唆し、魚人は大口手足との激戦を制す

ためにこれに乗った。


こうして北方河川に住まう水の眷属のうち

最下層ながら最も頻回に騎士団と戦う魚人との

間に、互いに互いを利し騙し合う虚虚実実の

不戦協定を結んで磐石の態勢で施工にあたり、

小規模な運河とも成り得る大工事を敢行。


北方から施工するベオルク率いるミンネゼンガー

と阿吽の呼吸で歩調を合わせ、南方から施工する

サイアス率いるヴァルキュリユルの不断の尽力

により水掘りの下地を確立し後の展開に繋げた。





ゼルミーラ作戦は前者二つの作戦よりさらに

遅れて開始され、小湿原の土壌と水質の調査を

すべく隘路へと歩を進めた。


サイアスと奸魔軍さらにはアンズーとの間で

結ばれた小湿原割譲と不戦協定の盟は、他の

魔とその軍勢や野良の異形との間では必ずしも

意味を成さぬものだ。


一方羽牙たるズーの減少により小湿原は著しい

浄化をみせており、またアンズーによれば中央

には世界樹と呼ぶべき巨樹が根だけとなって

眠るのだという。


そうした要素を調査すべく出向いた支城よりの

選抜部隊は隘路において複数の上位眷属と遭遇し

戦闘。兵団長サイアス自らによる救援を受けて

これを撃破し同地を制圧した。


その後サイアスの提言により小湿原の全周的な

防壁構築の足掛かりとなる基部を建造し作戦を

終了した。



アイーダ、グントラム、ゼルミーラ。

有り体に言えば城砦騎士団はこの3作戦により

連合軍側の要求を十全に満たした上で魔軍の

一部と不戦協定を結び、かつ城砦北方を所領下

してのけたのだ。


血の宴による魔軍侵攻に屈せず立ち上がった

連合軍100万の「退魔の大軍」が荒野へと

進撃し、99万までも失った末、大湿原西手の

高台を制圧してより100年余。


城砦歴107年、人ははじめて宴の最中に

大いなる荒神たる魔を弑し、そしてはじめて

魔と魔の軍勢と盟を結び、さらに再び荒野に

新たな所領を得たのだった。


そしてこうした偉業の達成に抜群の、

圧巻の働きを示して貢献した武神の子。


天馬騎士、城砦の姉、誓いの歌姫等

無数の異名を以て知られるサイアスの名は

平原西方諸国において最早不朽の様相を呈し、

最も新しい神話として語り継がれ始めていた。

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