サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十七
元来第四戦隊とは、他戦隊にて死線をくぐり
遂には指揮官を務めるに至った選りすぐりの
猛者を抜擢して編成された、特務専一の
精鋭集団である。
色々何もかも突き抜けており、またお世辞にも、
口が裂けても謹厳実直とは言い得ぬが、一旦
事が定まるとその挙動の峻厳苛烈かつ精確さは
驚異的の一言。
今や誰もが号令一つなくそれでいて一個の
意思を共有し、鞘奔る剣の一閃の如く、
撃ち合わされて飛び散る火花の如く動いていた。
フェアレディーズは騎乗し騎射の準備を整え
自ら隘路外との連絡網構築を任じ、早速
工兵大隊の元へ指示伝達に赴いた。
工兵大隊の仮設陣で書状を受け取ったランドは
まずはと図面に目をやって、親方衆や工兵らと
顔を見合わせ頭を抱えていたものだが、共に
差し出されていた文面に目をやるや急変。
一気に表情が引き締まり、声の通りが良い兵に
文面を朗々と読みあげさせた。書状の文面とは
サイアスによる先刻の言行を正軍師が一言一句
違える事なく書き取った上、恐るべき速度と
精確さで写しを作成したうちの一通であった。
他の一通はやはり同様に作成された図面の写しと
共にシェドの手で支城ビフレストへ。さらに
別の一通はベオルクやスターペスの詰める
ミンネゼンガーの野営陣へと送られた。
こうしてほどなく城砦北方に展開する全体が
ゼルミーラ作戦の目指す国家百年の計を共有。
その後本城へも伝達され、いずこでも最大限の
評価と協力体制を獲得する事となった。
隘路外の仮設陣では、ランドや親方衆の指示の
下、先陣構築法に基づく仮組みの部材が
恐るべき勢いで量産されていた。
彼らが量産するのは一辺が1オッピ。
骨組みのみで出来た鉄骨の立方体だった。
仕上がった立方体は頂点を中心とした
3本の鉄骨による4つの部材へと一旦分割され、
部材は畳まれ1本化されて出張って着た精兵ら
の手で隘路へと運ばれた。
小湿原と北方河川との狭間となる北往路のうち、
最も狭隘な北西の隘路。その隘路のうちでも
最も狭隘な個所は3オッピ。輸送用の大型馬車が
2台並べるかどうかの瀬戸際な幅だった。
仮設陣からの部材はまずはここへと運ばれて
再組み立て。最も河川寄りから順に3つ。
つまりは隘路の幅いっぱいに鉄骨の立方体が
設置され、杭が打ち込まれ固定された。
仮設陣からは続々とさらなる部材が届けられ、
先に設置固定された立方体の上下左右へと
次々接続されていく。
その様を俯瞰したならば、それはさながら
方眼紙を1マスずつ塗りつぶしていくような。
歪な器に角砂糖や氷を流し入れていくような。
そんな有様となっていた。
南北方向に3基、上下方向に3基。
東西方向へは置けるだけ。こうした仕様で
隘路全体を満たすように骨組みのみな中空の
立方体の群れが設置固定されていった。
中空な立方体の内側では精兵や工兵らが
行き来して、仮設陣から運んできた鋼板を
最も北寄りの立方体の北面へと内側から
打ち付け、さらに内側には土嚢や石材を
積み上げていく。
一方四戦隊騎兵隊は最も南の立方体の内側に
軍馬を置き、自身はするすると立方体をよじ
上って骨組みの上に陣どり、河川に向けて
油を捲いたり火矢を射込んだりと「川焼き」
にあたった。
縦に3基も積み上げた立方体の上部は多分に
足場として不安定なものだが、平素より疾駆
する軍馬の上で正鵠無比なる騎射を成す連中だ。
むしろ馬上より気楽な風情で、時折工兵らの
施工をも手伝いつつ鼻歌交じりで役目した。
こうしておよそ小一時間後となる
第三時間区分初旬、午後2時前後。
隘路に仮初の防壁が誕生した。
高さ3オッピ、厚み3オッピ。
施工が進めばさらに上部に歩哨が往来
し得る回廊をも設置する予定であった。
実のところ、これらはすべて中央城砦の
外郭防壁と同一の規格によるものだった。
施工もかつて外郭が築かれた際に用いられた
手法をそのままに流用しており、それゆえに
滅法手早く手堅く仕上げ得たのだった。
とはいえ現状北面のみ堅固で中身は未だ空隙。
多分に見かけ倒しな張り子の虎だ。だが最初の
一歩としては上出来に過ぎる代物であった。
そして外枠さえ形になってしまえば、内側は
時幾らでも手間暇を掛けて仕上げていける。
また内部の充填が多少荒くとも、そこに
世界樹の根である植物相が侵入して土嚢を
食い破り石材や鉄骨に絡まれば、この上なく
強靭な生垣とも成り得る訳だ。
「後は時間をかけてゆっくりと、
この防壁を展延していけばいい。
来る繁栄の礎たるこの防壁の設置を以て
本作戦の最終的かつ最大戦果を成し、
了とされるのが宜しいでしょう」
隘路の東手、戦闘中隊と大鑷頭の死闘が
成された辺りにて。形となってきた防壁を
眺めるサイアスが言った。
「うむ。まさに貴卿の仰せの通りです」
とヘルムート。
彼の中では此度の任務は単なる調査、付随して
戦闘。その程度の認識に過ぎなかったため、
その成果は望外なまでに想定外の喜びを生んだ。
「では現刻を以て此度の西方諸国連合軍
との合同作戦中、最後の一手。作戦名
『ゼルミーラ』を終了する。
引き続き我らは当地を警備。また
施工を支援し防壁の拡張に貢献する。
だが諸君。既に第三区分も半ばに近い。
まずは作戦終了の祝いを兼ねて持参した
支城特製弁当を食すとしよう!」
「応ッッ!!」
高らかに宣告するヘルムート。
高らかに盾や槍を掲げ応じる精兵たち。
「……さっき食べに帰りましたよね?」
サイアスは軽く眩暈を覚えていた。
「さっきはさっき、今は今!
時間区分が変わったら別腹!!」
自身に満ち溢れた朗らかな声でそうのたまう
ゼルミーラ指揮官、支城副将たるヘルムート。
精兵らはやんやと喝采し鉄靴を踏み鳴らした。
「……そうですか」
手指で額を押さえるサイアスに
デレクや正軍師も苦笑いしていた。
「あぁ勿論、騎兵隊や工兵諸君の分も
たっぷりと持参しておりますぞ。
是非とも共に! さぁ、さぁ!」
精兵衆は此度はがっつり運んできた特大の
貨車より次々とホプロン盛りの弁当を取り出し
片っぱしから配ってゆく。
川風が肌寒さを感じさせるこの時分に
ホプロン盛りより上がる香り豊かな湯気は
余りにも刺激的に過ぎ、隘路からは匂いと勢い
に気もそぞろとなった工兵や騎兵隊がやってきて
こぞって上目使いでサイアスに訴え掛けてきた。
「サイアス卿。音頭は是非とも
立役者たる貴卿にお願いしたいのです」
百を超す切実たる眼差しを一身に浴び、
サイアスはさっさとそうする事にした。
「いただきます」
「いただきまぁっすッ!!」
そういう事になった。




