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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十六

「では問題点をどうぞ」


とサイアス。


割と渾身こんしんのアイデアであったらしく、

つんとお澄ましでほのかに笑みさえ浮かべるも

目はじっとりとしてまるで笑っては居なかった。


「ぅぁ、デレクみてぇな目してやがる」


とレガシィ。


デレクの供回りのうちでは最古参だ。


「おぉマジや、そっくりやでぇ」


シェドもこれに頷きおどけてみせ、

サイアスのイラっと感は益々募った。


「どーいう意味だ」


流れ弾を受けた本家本元、鷹揚おうよう

見えても目は笑っていないデレク。


「まったくだ。失礼な」


デレクに同調するサイアスは



「お前もどーいう意味だ……」


「特に他意はありません」



しれっとスルーし


「とにかく問題点を述べよ」


とピシャリ。





「ここに壁を作るってのはまぁ、

 妥当なとこだと判るんだけどな」


とレガシィ。


先刻討伐された大鑷頭のように、今後も

小湿原を餌場と見做して侵入し、或いは

居付く異形を出さぬためには。


北方河川から最短ルートとなるこの隘路に

防壁なりを設けて物理的に遮断するのが

一番だというのはよく判る。判るのだが


「なんで小湿原全部をグルリと囲うんだ?」


これが判らない。


レガシィは肩を竦め

周囲も賛意を示していた。


「ふむ、異形の侵入を防ぐため、

『だけ』だと、そう思っているのか」


どうやら得心の言ったらしきサイアス。

正軍師ははっと何かに気付いたようだ。


「……違うのか?」


とラーズ。


「勿論違う。

 土壌のためだ」


とサイアス。


何やら閃いたらしきシェドが、がに股で

ひょこひょこと跳ね某かを掬いあげるげな

動きを始めたが、サイアスはこれを無視し


「国家百年の計というヤツさ」


と不敵に笑んだ。





「現状小湿原を巡っては、4つの意思が

 ぶつかりあい、しのぎを削っている状態だ」


サイアスは滔々(とうとう)とその真意を説明し出した。



「1つは大魔『百頭伯爵』の意思。


 顕現する度きまって大湿原一帯へと

 逃げ込み昇華し、大地を汚辱に溢れさせ

 ズーや縦長といった落とし仔をばらまく。


 さらにそれらに侵攻させる事で

 小湿原をも不浄の大地へと変えようと

 している。およそ最も悪意に満ちた意思だ」



人と異形の無数の屍を依り代として顕現し、

あらゆる生者の恐怖と苦痛と憎悪と悲憤を

飲み込み溶かし己が一部として際限無く

膨れ爛れて大地を汚す不浄の魔。


顕現する度強くなりゆきいずれは魔王たる

存在にまで腐れ果てようとする大魔。それが

百頭伯爵と呼ばれる存在だ。そして



「この意思に対しては問答無用で阻むべきだ。

 小湿原の全周的な防壁はその予防を兼ねる」



土壌への高い浄化作用を示すという小湿原の

「世界樹」とはこれに抗い得る、大地の抱く

希望の一粒種でもあった。


だからこそ百頭伯爵はしきりに小湿原侵攻の

意図を示しているわけだ。よって小湿原全体を

ぐるりと防壁で覆ってしまえば、どの程度効果

があるかは不明も確かに百頭伯爵の侵攻を妨げる

一助と成るのだろう。理屈としては納得できた。



「次に北方河川に棲まう異形らの意思。

 或いは安住の地を求め、或いは餌を求めて

 今も河川の隣接域へと侵攻を繰り返している。

 これを阻止するには防壁で物理的に遮断して

 しまうのが最も確実で効果が高い」



陸に安住の地を求める河川の生態系の最下層な

魚人と、魚人を餌とする上位の捕食者と。これら

血肉を持った現世の生者らを阻むには物理的な

壁があればいい。これは誰もが理解できていた。





「3つ目は『世界樹』の意思だ。

 百頭伯の腐敗と汚染に抗い大地を浄化する

 世界樹は、実のところ大地を浄化する事を

 目的として生きているわけではない。


 世界樹は自身が生きるために生きている。

 大地の浄化は飽くまで結果であるに過ぎない。


 植物の生きる目的とは繁殖であり

 繁殖とは常に周囲への侵食だ。本質的な

 方向性としては百頭伯爵や河川の異形らと

 何ら変わるところのないものだという事を

 忘れてはならない。


 小湿原全周を覆う防壁とは、

 これを制御するのに有用だ。


 要は城砦騎士団(我々)にとり最も望ましい

 姿へと養成し剪定しようという事。


 即ち小湿原を一個の巨大な植木鉢と見做し

 世界樹を壮大な『盆栽』に仕立て上げる」



世界樹は汚染された大地を浄化する。

だがそれは世界樹の生きる目的ではない。


この事は大半の者にとり、完全な盲点だった。

盲点というより、思考の外にある思考であった。


大地に根差し生きる一個の意思にとり、自身を

取り巻く全てを見通し思考する事は土台不可能。

それができるのは遥か高みより大地を見下ろす

神魔の視座を有する者のみ。


サイアスは随分限定的ではあるが空を飛べる。

大地の呪縛から解き放たれた心身を宙に遊ばせ

およそ人の域を超えた視点で物事を思惟する

事ができた。


現行文明を生きる人のうちで際立って多士済々

たる城砦騎士団にあっても、こうした発想が

でき得るのは極僅か。


自由に空を飛びまわれる参謀長セラエノ。

「戦の主」たる騎士団長チェルニー。

魔剣を従えるベオルクとローディス。

そしてサイアスその人であった。





今や隘路の全ての兵がサイアスの言に聞き耽り

その内容に衝撃を受けていた。見やれば隘路の

東手では戻ってきたヘルムートが精兵らと共に

硬直していた。余程想定外の発想だったものか、

思考が麻痺している風だ。


そう、この場の誰しもがサイアスの発想を

「外なるもの」と。人智の外なる大いなる

「魔」の発想であると感じていた。


もっともサイアスは周囲の衝撃も

驚愕も忌避感も一顧だにせず、

なお滔々と語り続けた。



「最後の意思。それは我々城砦騎士団のもの。


 我ら城砦騎士団にとり、小湿原とは

 中央城砦の立つ高台に次いで命を賭し

 無数の屍を超えて勝ち取った武勲の国土。


 国土を護り富み栄えさせる事。それは

 我ら戦士の妙なる務めにして不朽の誉れだ。


 不退転。万難拝し絶対死守すべく防壁を

 築くのに、如何なる不都合があるというのか。


 防壁が隔てる事により、一層内なる国土の

 豊饒化は進む。外縁部に平原より魚を運び

 入れて健全な沼沢とするもよし、泥炭を耕し

 田畑と成して穀物を育て食卓を潤すのもよし。


 世界樹に果実が生るならそれでワインを

 造るのも一興。要は国家百年の計という事。

 斯様かような次第にて私はこの策を献じさせて頂く」 



発想が魔であれ神であれ。

その気宇、その志は間違いなく

人の世人の国を統べる王者のもの。


そして今後城砦騎士団と騎士団領が

単なる戦闘集団とその拠点から千年王国へと

羽化し昇華するには、こうした才こそ要となる。


そう確信し、デレクは心底嬉しげに

傍らなサイアスの背をペシリと叩き、

そのままに珍しく声を張り上げ、



「我らが親愛なる『城砦の姉』。

 サイアス準爵閣下に対し、敬礼!」



と威儀を正して敬礼してみせ、その場の

誰もが同様に、嬉しげに笑んでこれにならった。

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