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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十五

その後も正軍師は我を忘れてまくし立て、

後退したみみしっぽ族な同僚軍師も顔負けの

泥んこローブ姿となり、童心に返ったが如き

無邪気な笑顔で測量調査の陣頭指揮にあたった。


サイアスは騎士団最高水準の回避技能を以て

泥ローブから身振り手振りの度に跳ね飛ぶ泥を

華麗にかわし適宜にゃーにゃーと相槌を打った。


小湿原北端の泥炭に或いは寄り添い或いは

足踏み入れて作業する調査員らは当初こそ

呆気に取られた風であった。


が、何やら次第に楽しくなって鼻歌交じりで

作業に勤しみ、リズムに合わせ波打つように

揃って左右に揺れ出した。


それを面白がったサイアスは横笛を取り出し

鼻歌な曲を巧みにアレンジし演奏し出した。


お陰で益々もって盛り上がり、さながら

季節はずれな田植えの如き光景が拡がった。





「何ぞアレ…… 誰か止めろよ」


「ばっか、見て見ぬ振りしろって」


当面敵が来ないとなると、危地であっても

お構いないし。のびのび寛ぐ第四戦隊騎兵隊

の面々は、隘路のあちこちで下馬し愛馬を

休ませて暢気に駄弁りつつその様を眺めていた。


北往路の西の外れな隘路は南北幅が数オッピ。

東西幅は十数オッピといったところ。大型馬車

による輸送や大ヒルのような大型種と部隊単位

で戦闘せぬなら、十分寛ぐ余地があった。


すこぶるだらけきった感のある騎兵隊だが

要諦は抜け目無く押さえており、俯瞰して

よくよく見ればサイアスや調査員を適宜

防衛し攻め手を迎撃すべき布陣を敷いていた。


耳目も揃って北の川面もしくは隘路中央の

サイアスへと向けられており、その分会話の

内容は理解できずとも流れは重々把握していた。



「ってかアイツ適当に返事してないか。

 うっかり聞き返されたらどうする気かね」



河川側で隘路に座り込み

欠伸をかみ殺す騎兵が言った。



「『ちゃんと聞いてた?

  じゃあ何て言った?』

 

 的なアレか。一瞬の油断が命取りだな」



と傍らから別の騎兵。



「あぁ、あるある」


「嘘つけ、んな機会ねーだろ」


「あるっつってんだらぁ!?」



すっかりノリは居酒屋な

自称イケメンズであった。





「そこ、うっさいわよ!

 観賞の邪魔すんな!」


と折角の生演奏と貴重な生にゃーにゃーを

汚すなとばかりにキレるフェアレディーズ。


こちらは相対的に見て随分警護に熱心だ。

小隊内で交代制で休息し、臨戦状態を保った

上でうっとりと声や笛の音に聴き耽っていた。


この様を、女騎兵らが騎兵隊全体のうちでは

新入りなため未だ危地での意識の緩急が巧く

取れず、それでピリピリしているのだろう。


そのように見て取った自称イケメンズな

1名は、フェアレディーズに半笑いで


「俺の歌を聴けぇえぃ」


とふざけてみた。


当人としては小粋なジョークで

場を和ませるつもりだったらしい。が



「死ねッッ!!」


「ぬぉお!?」



単刀直入というか短槍直刺(じかざし)

迅速苛烈なる有言実行で断罪され

手槍で川へ小突き落とされそうになった。


「っはは、流石他称ブサメンズ」


デレクは追撃な猛攻を凌ぐ供回りな1名を

はなで笑い、ちらりと隘路の西端を見やった。


すると隘路の西端から、景気と調子の良い

調べや鼻歌に合わせ、揺れ惑いつつ両手を

振り上げ、ぁよいしょ、さどぅした。と

踊り来るひょっとこ面が。


独創的な田楽舞に騎兵らはどっと盛り上がり、

もはや隘路は春だか秋だかよく判らぬ絶好の

行楽日和なノリと成った。





「ちゃおちゃお! みんなの俺っち

 キャプテンブシェドゥやで!

 工兵大隊の布陣が完了しましたやで!!」


くるくると独楽のように回転し、妖しさ満点の

火男面は、サイアスとシヴァの1オッピ程手前

でピタっと動きを止めビシリとポージング。



立ち足は肩幅の二倍強。

下半身は右方向へ走り出す風情。


上半身と顔はしかと正面へ。

左手はややゆとりを持たせて体側へと

降ろし、右腕は人差し指で天を衝くが如し。


カっとスポットライトを浴びるが如く

キマりにキマったそのポーズは、キャプテン

ブシェドゥが実戦を経て磨き上げ遂にモノに

した至高のポーズ。「トラ・ボルタ」であった。



「貴重な実戦経験が戦闘技能ではなく

 ポーズのキレに昇華されるその才が眩しい」



と軽く肩を竦めお手上げのポーズなサイアス。



人より遥かに強大な異形と対峙し渡り合い

そして生き延びた場合、その者は平原の

基準を遥かに凌駕した極めて良質かつ膨大な

経験を得る事ができるが、その経験は実戦で

用いた要素の昇華に費やされるのが自然である。


よって軍師の目が見抜く成長要素は能力値

または「戦闘技能」に強く偏るのが常であり、

戦闘状況で用いる事のない「通常技能」に

関してはたとえ荒野でも平原と大差ない

成長度合いとなるのが普通だった。



「歌姫様に言われても

 いまいちピンときまへんで!!」



とシェド。


もっともサイアスは異形相手の死闘でも平気で

歌って踊るため歌唱も舞踏も戦闘技能扱いで

育つのであり、的を射た見解とは言い難かった。





「まぁ良いか。運んできた資材や

 機器の規模が知りたいのだけれど」


「ばっちりお持ちしとりやす!」


「ほー、どれどれ」


シェドから受け取った書状に目を通す

サイアスの横合いから、いつの間にやら

寄って来たデレクやラーズらが覗き込んだ。


「かなりの量だなー」


とデレク。


「鉄と木は楼閣2基分に近いかな」


とこちらは具体例をあげるサイアス。


「石は防壁一辺の半分を覆う程度は

 あるって話だったな」


とランドから聞かされていた内容を

思い出して補足するラーズ。


「ふむ、そうか……」


一思案して、サイアス曰く



「デレク様、絵図面って書けます?」


「ん? まーやってやれん事はない」



城砦騎士団随一の「器用人」にして達人。

騎士会若手筆頭な城砦騎士デレクは

しれっとそう応じた。


「マジで何でもできるのなお前」


とレガシィ。


「凄いわねぇ。惚れないけど」


とシルヴィア。



「聞ーてねーし」


「予防線は大事」


「はいはい…… っと紙あるのか?」



苦笑しつつ問うデレクに


「こちらを」


と隘路一帯の白地図を差し出す、漸く

落ち着きを取り戻した風な正軍師。


どろんこローブは既に脱ぎ捨て、小奇麗な

ローブ姿となっていた。防寒と防具を兼ねて

ローブを重ね着していたらしい。





鞍とホプロンを台代わりにしてさっさと

記載準備を整えたデレク。サイアスの


「じゃあ、こういう……

 のであとここをこうして……

 そうそう、それで…… おー流石」


との指示に従い、サクっと

絵図面を仕上げてのけた。



「……」


「……」


「……マジ?」



仕上がった図面を覗き込む一同は、

まずは仕上げたデレクを見やった。


「俺に聞かれてもなー」


とサイアスを指すデレク。サイアスは


「勿論。何か問題が?」


と小首を傾げ、周囲は一斉に頷いた。

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