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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十二

「サイアス卿が先の戦闘で最後に用いた

 魔術だが…… アレをどう思う?」


ロミュオーはパンチョに問い掛けた。

互いに祈祷師。並みの軍師より遥かに

魔術の類に長けている。問いの要点も

通り一辺のものではないのだろう。が



「分類的には刻印魔術だな。

 具体的には樹印ルーンだろう。

 北方の古い文献でよく見掛ける。


 とは言え構造も様式も普遍的なものだ。

 卿がご存知でも驚くには値しないねぇ」



とパンチョ。


樹印はヤドリギの枝を並べて記した先文明の

古代文字だ。光の王国に北方へと追いやられた

闇の王国の成れの果てたる「火の文明圏」で

専ら用いられ、今でもカエリア王国、特に

王家の伝承の一部として継承されているという。


「ご存知なだけならな」


とロミュオー。


サイアスとカエリアの繋がりについては

元より広く知られているし、樹印を知っている

事自体には何の不思議もないと考えていた。



「まぁ、魔術とは概念の具象化だ。

 手本があれば素質次第でどうとでも。


 精神的に近しい誰かが間近で使ってみせた

 のだろう。それを見届け己がものとした訳だ」



事前に誰かが似たものを使ってみせ、それを

模倣し習得に至ったのだろう。魔術とは

大いなる魔の御業の模倣なのだから。

そうパンチョは笑っていた。


「ヴァディスか……」


まず真っ先にその名が浮かぶのは

自然と言えば自然であった。



「元光の巫女殿が先だろうねぇ。

『業火の嵐』の下りは知っているだろう?


 次にクラリモンドが『寝込む』程の

 ヤツを使って見せ、仕上げに

 ヴァディスが魔術の講義だ。


 いやそもそも回復祈祷が先かな。

 入砦直後から祈祷漬けみたいだしねぇ」



監察をも兼ねる参謀部だが、全ての軍師や

祈祷士がそれを担っているわけではない。

特に祈祷士は回復祈祷で手一杯なため

所謂事情通は少なかった。


さらにロミュオーは支城勤務だ。

中央城砦内の現状に疎い面はなくもない。

もっとも



「どこぞの祈祷師の『異界の風』が

 さりげなく省かれているようだが」



戦絡みとなれば話は別だ。

魔笛作戦の終盤で用いられた大規模な

儀式魔術については重々把握していた。



「そんな事もあったかな……

 まぁ魔術の身近な暮らしのようだね」


話題が自身に及ぶとあっさり

しらばっくれるパンチョ。

それを眺めるロミュオーは


 

「フン、そのようだな……

 まぁそれはそれとしてだ」


「ふむ? 何かな」


「刻印魔術は比較的気力の消耗が小さい。

 事前に術式を施してあればなおの事だ。


 現状有り余るに任せている

 兵士らの気力を活用せしめる術としては

 悪くないのではなかろうかという事だよ」 



と提示。



「ほう、つまり」


「簡素な使い捨ての術式を

 兵らに支給してみるのはどうだ」



サイアスの用いたあの魔術を普遍化・簡素化

して一般兵士にも使えるようにしよう、との

着想を示した。





荒野の異形は火に弱い。魔術の火なら尚更だ。

魔術そのものを用いるには素質と仕組みへの

理解、さらには模倣すべき具現化への開悟

とでも言うべきものが必須となる。


だがこれを事前に術式という形で用意して

やれば、少なくとも仕組みへの理解は大幅に

省略できるだろう。無論その分効果は薄まろう

が試してみる価値はあるのではないか。


そうロミュオーは示唆していた。



「ははぁ、成程。流石は元僧侶。


 ありがたグッズ販売で

 坊主にっこり丸儲け、と」



パンチョはクツクツ笑っていった。

ロミュオーは光の時代から続くと言われる

僧院が母体となった名門たる学院の出だ。


血の宴以降信教そのものは廃れたが、学院は

研鑽過程に当時の理念や慣習を色濃く継承

しており、その影響か現代でも稀に秀でた

奇跡の使い手を輩出する。ロミュオーは

そうした環境で頭角を現したのだった。



「失礼なヤツめ!

 誰が販売すると言った!」



と怒鳴り返すロミュオー。



「売らないのか?」


「実費+αを回収するだけだ!」



まるで悪びれずドヤってみせた。





ロミュオーめ存外に面の皮が厚い、というか

そもそも面付きだったな、と自分がお多福面

を与えたのだという事実を棚上げしつつ



「それはそれは…… まぁ参謀部にも

 資材部や工房のように小遣い稼ぎの

 手段が有っていいとは思うけどね」



パンチョは着想自体には賛意を示し



「そうだろう、そうだろうとも。

 技術研鑽の励みにもなるし

 引退後の保険にもなる」



とロミュオーは満更でもなさげだ。が



「ただし、代わりに上から降りてくる

 研究費はその分確実に削られるだろう」


「それは困るぞ!」


「既にかなりの研究費を得ている連中は確実に

 敵にまわる。その筆頭はイブンとルジヌだ」


「この話は無かった。

 私は何も提案していないし

 お前は何も聞いていない。いいな!」



一気に掌をクルリした。

保身の速さも流石だな、と笑い



「まぁまぁ。面白いアイデアではある。

『貼る回復祈祷』なんてとんでもなく

 バカ売れしそうじゃないか」


「止せ! 我々の価値が下がる!」


「結局そういう事だねぇ…… ククク」



まるで他人事といった体のパンチョ。

人というものの業を嘲笑うというか、

むしろそれを愉快に受け入れている風だった。





つくづく得体の知れんヤツ、と

ロミュオーはパンチョに呆れる風だが

とりあえず敵ではないとは実感していた。


元より人ならぬものだらけの荒野だ。

得体の知れん存在なぞいくらでもいる。

こいつが実際何者であれそれは詮無き事。

重要なのは出自や種族でなく敵か味方かだ、

ともロミュオーは考えていた。


そういう意味ではロミュオーは、

ベオルクやサイアスの進めた此度の

盟や協定には全面的な賛意を示していた。


人であれ異形であれ味方ならばこれを容れる。

人であれ異形であれ敵対すればこれを滅ぼす。


この発想はロミュオーが学びとした

光の王国由来な学院の理念とは正反対な

闇の王国由来のものだ。だが荒野に生きる

ロミュオーには、これこそが正解だと思えて

他ならなかった。


とまれ商売周りについては元より冗談めかした

雑談の類ではあるが、兵らの気力に用途を増やす

という着目点は今後の研究課題に成り得るとの

見解では、両者は一致を見出していた。

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