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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十一

「しかしあの方、経済感覚が微塵も無いとは

 聞いていたが、魔術においても同じだとは」


軍師にしては重装な支城ビフレスト城代、

「沼跳び」ロミュオーは嘆息した。


参謀部には城砦内のあらゆる情報が集まる。

兵団長の要職にあるサイアスに関わる諸々は

当然ながら山ほど収集蓄積されていた。


そうした中にはサイアスが稼いだ端から

後先考えずにじゃぶじゃぶ勲功を使う事。

それにキレた第二夫人がお小遣い制を採用し

上限額を設けた事等が半ば笑い話として在った。


そして先刻の戦い方を見るに、魔術においても

気力があればあるだけ使い切るような戦をする。


あれでは遠からず歴代の光の巫女同様、

精神崩壊を招くのではないか。光の巫女

以上に換えのきかぬ人材には是非とも自重

して欲しいものだ、とはロミュオーの見解だ。



「自重はしているんじゃないか?

 必ずギリギリで踏みとどまっている。

 アレは絶対にわざとだよ。ククク……


 まぁ僅かでも見込みが狂えば御終いだ。

 流石に献策者としては胃が痛いか。


 もしも彼に何かあったなら荒野の女衆が

 大暴れして現行文明なぞイチコロだろうからね」



ロミュオーの思考を一部呼んで

パンチョは笑い、そう語った。


パンチョの語る「荒野の女衆」とは

サイアスの嫁御衆のみならず騎士団構成員の

半数に迫るサイにゃんファン倶楽部の会員、

さらにはかの奸智公までをも含んでいる。

これはもぅ、確実に、やるだろう。



「お前、他人事か!」



と苦々しくこぼすロミュオー。

サイアスに救援を依頼し具体的な

方策を献じたのは他ならぬロミュオーだ。



「クク、まぁまぁ…… それに

 他人事というよりただただ懐かしいな。

 あの時の君は本当に傑作だったからね……」



パンチョは目深なフードの下で

常と変わらぬ薄い笑みを見せていた。


彼の視線のその先には、かつての架橋作戦で

架橋のために用いられ、今は半ば記念碑扱いで

保持されていたアルバレスト型射出器があった。


 



概ね四半時ほど前の事。

この物見櫓には2つの人影、

加えて1つの騎影があった。


「先手を打たれていたか。

 目端の効くヤツも居るものだ」


苦々しげに呟くロミュオー。

小湿原に潜んでいた大鑷頭に対しての

物言いだった。


遠眼鏡の視界の先にはマッチョタワーに

向かって跳び付きまくる大鑷頭が在った。


異形は人より知力が高い。人の採る手を

読みきって先手を打つなぞ茶飯事で、

ロミュオーはこの大鑷頭が魚人ではなく

端から人を狙ったものであろうと判じていた。



奸智公ウェパルの意向では無さそうだ。

 今はかなり機嫌が良いはずなので」



と2つの人影のさらに高み、

馬上から声を発する兵団長サイアス。


今朝方「盟約」を履行する前に

サイアスは夜明けの空へ向かって

奸智公のために、歌い奏でた。


さらに奸智公の心情を慮り、小湿原の

上空をニティヤと共に散歩して回った。


空の彼方で無限の時を唯独り過ごす

奸智公の気が少しでも紛れるように。


要するに、たっぷり構ってやったので

暫くダダはこねないだろう。それが

サイアスの見立てであった。


荒野に在りて世を統べる大いなる荒神に対して

何とも不遜極まる話だが、これまでの奸智公の

挙措を思えば、否定し難い真実味も在った。



「貴卿がそう仰るのなら

 そういう事なのでしょうなぁ」



サイアスの言に拘るところなく

頷きを返すロミュオー。


奸智公に関してはサイアスに丸投げ。

これは既に騎士団上層部の共通認識であった。





「元々河川の眷属は独立勢力と言いますか。

 好き勝手にやっている向きはありますね」


と常にフードの下にて

薄い笑みを見せるパンチョ。



「ふむ。というか……

 ここからこうして眺めていると、

 まるで『沼の主釣り』に見えますね」



とのサイアスの言には

声を立てて笑い出した。


マッチョタワーが大物狙いの巨大な竿、

大鑷頭が釣られ暴れる沼の主との見立てだ。


ロミュオーもうっかり釣られて笑い、

不覚を感じ一つ咳払いをした。



「大鑷頭だけであれば戦闘中隊が

 如何様にも捌いてみせるでしょう。


 もっともそれだけとは思えません。

 と、言った端から出ましたな、大ヒルが」


「む」



一本釣りの現場のさらに奥に突如聳えた

漆黒の篝火の如き大ヒル3体。これを

見やるサイアスの眼が据わった。



かつてサイアスは二戦隊哨戒部隊の救援で

かの隘路へと赴いた際、ディードを救うべく

大ヒルと対峙した事があった。


2名の城砦騎士、デレクとヴァンクインの

お陰でこれに勝利し誓いを果たせたものの。


肝心の戦闘内容においてサイアスは

大ヒルに剣をへし折られた上、派手に

ブッ飛ばされるという屈辱を味わっていた。


その後騎兵を率い哨戒に出た際に再遭遇。

ラーズを襲った大ヒルに人馬一体で斬り付け

手傷を負わせて追い払う事には成功した。


ただし浅手以上を与える事はできず

自身も痛んだ。まさに痛み分けであった。


その後今日に至るまで、サイアスが

大ヒルを見かける事はなかった。

そういう次第であった。



「兵団長閣下、恐縮ながら彼らの

 救援をお願いしたいのですが……」



ソロリと慎重に頼み込む城代ロミュオー。



「当たり前だ!」


「ぬぉ!?」



ピシャリと返され大いに慌て、

パンチョは腹を抱え声を殺して肩を揺すった。





「現場までの距離を思えば

 如何に宙を疾駆できると言えど

 救援が間に合わない可能性もある。

 策を示して頂こう」


妙策を示せ、さもなくば斬る。

そう言わんばかりの気迫なサイアス。


先刻までご機嫌だった歌姫様の

突如のキレっぷりにすっかり恐れを

成しつつも、そこは城代にして大賢者。


「外部機器にて加速し到達時間を短縮しつつ

 飛翔による気力消耗を抑える手が御座います」


受け入れよ、さもなくば殺せ。

そう言わんばかりの気迫なロミュオー。



「聞かせて頂こう」


「アレを用います」



指呼した先、櫓の下方、防壁の傍ら。

そこには架橋作戦で泥炭の海を渡すべく

船とも棺とも付かぬ箱物を滑走路と化した

橋梁へと打ち出した、かの射出器があった。


「面白い。直ぐに支度を」


サイアスは二つ返事でこれに応じ、

即刻準備が整えられた。





「……本当に大丈夫なのか?」


俄かに騒がしくなった城館外の様子を

のぞきにやってきた城主シベリウスが言った。


「計算は万全。万全の筈です。

 箱舟は放棄も些細な事ですな」


そこはかとない不安を垣間見せつつも

ロミュオーはシベリウスにそう応じた。


精兵10人がかりでギリギリと巻き上げた

射出器に設置された、かつてロミュオーが

何度もこれに乗り沼跳びした「箱舟」。


中には目一杯の布地や藁なぞ緩衝材が敷き

詰められ、サイアスとシヴァが安置されていた。



「策は飽くまで策。

 実現せしめるのは私の役目。

 後はこのサイアスにお任せ下さい、

 シベリウス閣下」



サイアスはシベリウスに

薄く笑んで応じ敬礼した。



「うむ、美事な覚悟よ。

 在りし日の御父君を見るようだ……

 ではサイアス卿。どうか同朋らを頼む」



シベリウスはこれに深々と頷いて

敬礼を返し、手空きの兵らも次々と

それに倣った。 


サイアスはこれに頷きを返し、

射出を担うロミュオーらを促した。



「目標、北西700オッピ、北往路隘路」


「射角、張力最終調整」


「カタパルト、射出準備完了!」


「良し。兵団長サイアス、出撃する!」

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