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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その七十

戦士らの雄たけび轟く隘路より南東、

数百オッピ先の櫓では、遠眼鏡で熱心に戦況を

見守っていたローブ姿が二つ、一息付いていた。


どちらもローブの上に豪奢なストラを掛けている。

平原4億の頂点たる叡智の殿堂、中央塔付属

参謀部構成員のうちでも城砦軍師でありかつ

祈祷士でもある大賢者、祈祷師の証だ。


当代の祈祷師は3名おり、西方三博士などと

呼ばれる事もある。彼らはそのうち2名だった。



「ヘルムート卿のあの様子。

 どうやらバレてしまったようだ」



バレてしまった、と悔やむ風の文言を

実に楽しげな口調で語り、クツクツと笑う

ローブ姿。目深なフードの下の容貌は薄らと

笑んでいるように見えた。



「そりゃあアレだけ派手に暴れればな」



今一人の男が大仰に肩を竦めた。

ローブとサーコートの狭間で鎖帷子が鳴った。

腰にはメイスを吊るしており、そのまま前線に

出れそうな風情であった。



「大ヒルと城砦騎士の戦力指数が近似する事は

 古参なら誰でも知っている。かの現場には

 古参しか居ない。気付かぬ訳がない」



城砦騎士の戦力指数は10以上。

大ヒルの戦力指数も10以上。よって

大ヒル討伐は城砦騎士の登竜門ともされる。


それを3体纏めて一気に始末する者が

城砦騎士でなくてなんだというのか。


もっとも彼らがこうも余裕なのは

事前に事情を知っていたからだ。

そうでなければ大騒ぎだろう。





サイアスの戦力指数が城砦騎士の下限とされる

10に達していると判明したのは、帰境作戦も

たけなわであった頃。


剣聖ローディスが設計し工房長インクスがその

全身全霊を込めて魔剣の土台と成すべく打ち

鍛えあげたサイアスのための長剣「十束とつかの剣」

を受領した際の事だ。


城砦騎士団の制式装備品はどれも戦力指数に

如実に加算され得るほどの高性能を有するが、

十束の剣はなかんずく出色。城砦騎士らの

専用武具すら凌駕する3.0の上昇値を

有するものであった。


黒の月、宴の折の日中の「退路の死守戦」

を終えた時点で既に戦力指数が8弱であり、

騎乗時限定で城砦騎士の水準を上回る12強

にまで至っていたサイアス。


その後も只管実戦を、それも稀有な大物ばかり

を相手にして全てに打ち勝ち膨大な経験を得て

戦闘技能を磨きあげ、剣聖ローディスやその

一番弟子ミツルギ、さらには魔剣使いベオルク

の手ほどきを受けさらに飛躍。


十束の剣を受け取る時点で既に9強、

剣と合わせて12強という値に届いていた。

要はこの時点でサイアスは人の世の守護者

にして絶対強者、新たな城砦騎士の一人と

なっていたのだった。





城砦騎士の称号は城砦騎士団内の指揮権の他は

世俗の権能を一切伴わぬ武力のみを評した尊号

であり、本来なら仮に宴の最中であっても数値

到達から間を置く事なく評され叙勲される

事となる。


だがサイアスの場合はそうはならなかった。

理由は二つ。騎士団の編成と広報上の事由だ。



編成上の事由とは騎士団中兵団の長である

サイアスの代わりが務まる人材が無かった事。


兵団長の役職とは言わば兵士に騎士相当の権能を

与えるものであり、騎士団上層部の末席にも

連なる要職である。


これを代わりに担える者がなく、現行の編成上

サイアスを繰り上げ騎士とした場合は従来の

1000名から1400名にまで膨れ上がった

兵団の統率と運営に支障がでる。


そこで来る合同作戦の終了後におこなわれる

騎士団全体の大規模な再編成までという期限

付きで、サイアスを兵団長に慰留する形と

なったのだった。


ただし身分に関わらず何時戦死するとも知れぬ

死地において、信賞必罰を乱し昇進させるべき

ものをさせぬというのは言語道断の暴挙と

成り得る。


そこで表向きは兵団長に留まり、兵士階級の

頂点にありながら城砦騎士相当の役目を担う事

の代価として、本来は騎士しか成れぬ第三戦隊長

の役職を代行させ、唯の騎士以上の権能を保障し

帳尻を合わせる事とした。


こうしてサイアスは兵団長かつ第三戦隊長代行

という前代未聞の重職を担い、以降は大隊指揮官

として振る舞う事となったのだった。





本来上位の階級や役職、部隊に属すべき者が

下位に留まる事は、それほど珍しい事でもない。

特に騎士団内で最大兵力を誇る第一戦隊では

上位の部隊に行くべきものが慰留され下位の

部隊の指揮官を務める事が常態化している。


ただしそれは飽くまで兵団内部の事であって、

兵団と騎士会を股ぐ形でこれをおこなった例は

城砦歴107年のうちでもサイアスのみだ。


こうした編成上の捻じれ、そして一部の特異な

才を有する者に依拠して成立する城砦騎士団の

根源的な体制を、組織運営上不健全だと考える

者も中にはいた。


城砦騎士団がさらに強固な組織となるには、

誰がその役目を担っても機能する官僚制度に

近いものが必要だ。


そのためには兵団長の役職は不要であり、

サイアスは即刻城砦騎士となって既存の戦隊に

再配属され、その権能の範囲で兵を率いるべき。

そう考えたのが筆頭軍師ルジヌであった。





兵士は兵士、騎士は騎士。曖昧な存在は不要だ

とルジヌは考えていた。ただ、サイアスが

城砦騎士になった場合、大隊規模の兵員統率を

担うべき要職がどの戦隊にも空いていない。


強いて言えば第四戦隊だが、ベオルクは

サイアスを戦隊長として迎えるまでは副長職

から頑として動かぬ構えであり、、サイアスの

実力は未だベオルクに遠く及ばない。


ベオルクを第四戦隊長、サイアスを副長にすれば

全て丸く収まるはずなのだが、この二人、どちら

も凄まじく頑固で面倒くさく、無理だった。


そうなるとサイアスは高い統率力を有しながら

一個の騎士として中隊長規模の兵員運営を

担う事になる。それはルジヌとしても本意では

ない。よって飛び道具として城砦騎士団副団長

の地位を用意すべく騎士団長へと打診した。


チェルニーはこれに一も二も無く飛び付いて

早速ベオルクへ。ベオルクは頑固ながらも

自身の我儘でサイアスの将来を束縛するのも

如何なものかと懊悩していたところだったので、

サイアスにその旨を示唆してみた。


するとあのつんとお澄まし歌姫なサイアスが

生れて初めてな勢いでマジギレし、怒鳴り喚き

散らして出て行く始末。お陰でベオルクが

プッツンしてしまったのだった。





またルジヌはサイアス自身の件以外にも

多数の有能な人材を抱えるサイアス小隊を

解体し人材を抜擢、各戦隊の要所へと再配属

させる計画をも立てて不況を買っていた。


元来騎士団長のブレーンでありスタッフでしか

ない参謀部のルジヌが騎士会や兵団の人事へと

口を出す事は、騎士団上層部の一員であり

騎士会の首領でもある剣聖ローディスにも

快く思えぬものだった。


そこでベオルクはローディスを誘い、揃って

抜き身の魔剣を引っ提げ参謀部へと「お話」

しに出向いた。流石のルジヌもこれは堪らず

自重し猛省する羽目となったのであった。



ルジヌの目指したものはけして否定される

べきものではなく、むしろ組織に良かれとの

思惑の方が強いものだった。


だがそもそも荒野の異形を前にして戦える者

自体が限定的。既存の軍隊組織で採るような

構造様式では立ち行かぬのもまた事実。


結局一部の特異な才に依拠しなければ

魔軍相手には戦えないのだ。これを克服する

にはランドが造るような誰が用いても安定した

強さを発揮できる兵器の存在が不可欠だろう。


もっともそれはランドの特異な才に依拠して

初めて実現できるもの。さらにこうした流れを

推し進めているのが他ならぬ特異な才の主たる

サイアスだと言うのは、ルジヌにとって

これ以上ない皮肉ではあった。


少なくとも今はまだ時期尚早。ルジヌはそう

考え組織改革は後代に託す事にした。一言で

言えばルジヌもまた、凄まじく頑固で面倒

くさい、懲りない人物なのであった。





とまれ帰境作戦に続く魔笛作戦や今回の合同

作戦の裏ではこうした権謀術数が蠢いていた。

これらはすべて、サイアスという特異な存在

に起因しているものでもあった。


騎士団領の平原側の最前線の領主であり、

平原西方諸国の三大国家中カエリア王国や

フェルモリア大王国とも親交を有し、遠からず

連合軍男爵位の叙勲が確定しているサイアス。


広報上の理由とはサイアスの帰境に箔を付ける

意味合いであった。昨今の騎士団の連勝で

またぞろ蠢動しだした闇社会の勢力を駆逐し

騎士団と連合軍の威勢を上げるには、一度に

でかでかとやった方がいい。


そこで合同作戦後そこまでの全ての戦果と共に

大々的に広報し、表向きは騎士昇進と増加した

所領の経営のためとして。


内実は平原の乱世の気配に備えるため所領に

サイアスを駐屯させ睨みを利かせようと

いうものだ。


そう、此度の合同作戦後におこなわれる

サイアスの帰境とは、単なる特別休暇の

枠を超えた、長いものとなる見通しであった。

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