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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その六十九

白昼の死地に突如降って沸いた燦然たる流星は

瞬く間に敵を駆逐して今は優雅に、危地である

はずの往路の隘路を穏やかな草原ででもある

かの如く、優雅に闊歩かっぽしていた。


斬断された大ヒルの巨躯は音も無く轟々と

燃え往く。魔術の炎だ。魔力の塊である異形

とは親和性が高く、存在そのものが炎に上書き

され容易には消せぬ。そもとうに息絶えていた。


隘路の人々は未だ夢幻の中にある心地だった。

余りに圧倒的で、余りに現実離れしていた。

一言で言えば人の領域にない。人智の外なる

強さだと、誰もが感じ始めていた。


窮地を救援され驚天動地の武を見せ付けられて

目を、思考を奪われ呆然とする人々に、隘路の

中央まで戻ってきたサイアスは何事も無かった

かの如く声を掛けた。



「河川の異形は目ではなく、

 音で敵を捉えている。


 大地の震動を水中で読み取り

 地上の様子を把握している。


 そして未だ河中に潜み

 隘路を狙う敵は多い。


 死線を越えた勇者らよ、

 足踏み鳴らし勇壮にあれ。

 

 小勢を百万の大軍勢に見せる

 雷鼓の如き轟音で敵を払うのだ」



幾らかの兵ははっと正気に戻った。また

幾らかの兵はその美々しき姿と声に酔った。


だが総じて兵らは自らの役目を思い出し、

自身らの長官である兵団長の命を履行した。



ドンッ、ザン! ドンッ、ザン!



鉄靴の鳴りが響く中、隘路東端に大鑷頭との

一戦で負傷を得て加療を受けていた残りの兵ら

合流した。中破された重甲冑を放棄し軽装な者

もいるが、皆至って五体満足であった。


騎士ヘルムートは後続の兵らにもサイアスの

下命を伝達し、自身は後続部隊の軍師と祈祷士

を護衛し共に隘路中央へと向かった。



ドドンッ、ザンッ! ドドンッ、ザンッ!



死地を超え生を実感し出した精兵らは

それが未だ隙を窺い彼らを狙う異形らへの

「攻め手」になるのだと理解して、想いの

丈を込め夢中で鉄靴で隘路を踏み付けた。


各個が夢中に打ち鳴らせども、その鳴りは

どこまでも美々しく調っている。骨の髄まで

規律正しい第一戦隊の精兵ならではであった。


縦にも横にも嵩張る重甲冑の群れが鳴らす

規律正しい騒音は、大軍勢の行進にも似て大地

を揺るがし河水を震わせた。そして未だ潜む

異形らを大いに襲い、確かに混乱させていた。



ドザンッ、ドザン!! ドザンッ、ドザン!!



騎士ヘルムートと隘路中央の護衛班たる

最精鋭6名もまた鉄靴の大呼に加わった。

今や隘路は巨大な軍鼓と化し勇壮な鳴りで

小湿原を、北方河川を震撼させていた。



激震の隘路中央で場違いなほど静かに佇み

そうした様を見守っていたサイアスはシヴァに

その場で後肢旋回(ピルーエット)させてぐるりと周囲を、

そして兵らを見渡した。


自身を見つめる熱狂的な視線に頷きを返し、

やがて北方河川へと馬首を向けたサイアスは

すぅと左手を前方へと掲げた。


掲げる左手には忽然と抜き身の繚星が現れて

その刃は銀河の彼方の無窮を映すどこまでも

深い蒼の輝きを発し荒野を、河川を睥睨へいげいした。



「魔性どもよ、去れ!

 小湿原は城砦騎士団(われら)のものだ!!


 総員、勝鬨かちどきをあげよッ!!」



美々しくも苛烈な音声が

軍鼓の如き鳴りを劈いて響き渡った。


それを追い、大地を、大気を張り裂かん

ばかりの大音声が轟き渡り、膨大な

武威の気が北方河川を制圧した。


川中に疎らに澱んで見えた黒ずみは

最早跡形もなく消え去って、悠久にして

滔々(とうとう)たる流れは束の間の清澄と静寂に満ちた。





「サイアス卿、貴方は……」


熱狂と興奮の坩堝から何とか兵らを帰路へと

手向け、一息付いた城砦騎士ヘルムートは

未だ悠然と隘路中央に佇む人馬一体へと寄った。


救援の礼も戦勝の祝言も口に出来ぬほど、

ヘルムートは困惑し、問わざるを得なかった。



「貴方は、既に……」



平原の人の世の守護者にして

荒野の異形を武で圧する絶対強者。


すなわち。


城砦騎士なのではないか。


いやむしろ。


城砦騎士に匹敵する大ヒルを単騎で

こともなげに3体も屠る英傑が。


城砦騎士たる自身より遥かに

格上だと断言できる存在が。


城砦騎士でないはずがないではないか!



どうかそうだと言ってくれ、頼む。

でなければ最早私は立ち往けぬ!


そう言わんばかりのすがるような眼差しを

向ける人の世の守護者にして絶対強者が

一人、城砦騎士ヘルムート。



サイアスはその様を瑠璃色の瞳でじっと

見やり、どこか困った風に微笑した。

そしてシヴァの首鎧を軽く撫で、

ねぎらいを示しつつ言葉を紡いだ。



「私は兵団長です、ヘルムート卿。

 此度の合同作戦終了までは

 そういう事に(・・・・・・)なっています(・・・・・・)





サイアスの応答に数秒硬直。

その後途端に慌てだすヘルムート。


「ッ!? 何と、それは……

 そっ、その、聞かなかった事に……」


どう見ても、いや聞いてもこれは機密に関わる

事柄だ。恐らくは連合軍と上層部、さらには

参謀部が総出で進める悪巧みいや策謀に関わり

ある事に相違ない。


下手をすると監察に粛清され兼ねぬ、と

大いにキョドるヘルムート。だが


「もぅ遅いニャ」


祈祷士による加療で立ち上がれるまでに

回復した、みみしっぽ族な軍師が断じた。


「!?」


そう、確かに遅かった。

傍らには監察を兼ねる参謀部の

軍師が2名に祈祷士が1名なのだから。



「指揮系統上明確な格上である

 城砦騎士を前にして全兵に命を下す。

 また戦闘後も格上を前に下馬しない。


 サイアス卿は礼節を重んじるお方です。

 つまり示唆すべく(わざ)とそうしておられた

 訳で、その時点で察するべきでしたね……」



と今一人の軍師が補足した。


要は既にして


『サイアスは騎士会の序列において

 ヘルムートの上位に位置している』


という事なのだ。だが哀しいかな、

ヘルムートに腹芸は出来ぬ、出来ぬのだ。



「マズい事になった……」



一言で言えば、にらまれた。


聞いてはならぬ事を聞き、答え難い事を

泣き落としに近いやり方で答えさせてしまった。


幸いなのは決定的な言及だけは避けて

くれている点だが、そんな言い訳が

参謀部に通用する筈もない。


現場指揮官であるヘルムートは平素より

中央から寄越される管理官でもある

参謀部構成員に苦手意識を有していたため、

色々しどろもどろであった。





「まぁ端から隠す気も無かったというか。

 大ヒルには以前派手にブッ飛ばされた

 借りがあったもので……」


とクスクス笑い助け舟を出すサイアス。

まるで他人事のノリであり、大ヒルへの

鬱憤うっぷんをすっかり晴らしてご満悦であった。



「ここは一つ、何とか

 見逃して頂くという訳には……」



再び縋るような目で泣き落とさんとヘルムート。

こうなっては相手が年下だろうが格下だろうが

関係ない。ただ只管、一心不乱に拝み倒すのみ。

これも現場の知恵、なのかどうか。



「以前『呑み会』でかばって頂きましたので。

 まぁまた遠からずあるのでしょうが……」



遠からずまた「騎士会」がある。

そこで間違いなく酔っ払いの中年どもに

よってたかって絡まれるのでかばってくれ、

というか是非とも身代わりになってくれ。


そうサイアスは示唆し小さく肩を竦めた。



「判りました! 身を盾にして……

 は無理なのでせめてお供いたしましょう!」



酔っ払い中年どもには物理的に敵わないので

せめて道連れになると約すヘルムート。

サイアスは軽く笑ってこれに頷いた。


「ウチらには?」


とちゃっかりたかる軍師2名。

その目はしっかり据わっていた。



「ヴァルハラの食券で」


「スイーツ飯かニャ!」



けだしスイーツは万難に効くようだ。


悲哀に満ちたヘルムートの様に精兵らは自身の

将来を重ね合わせ、何とも神妙な面持ちであった。

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