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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1125/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その六十七

不惜身命ふしゃくしんみょう、不退転。


城砦騎士団の城砦騎士団たる由縁を胸に

その名と誇りを気高く纏い、うねる黒壁の

如き大形の異形、大ヒルを粉砕せんと挑む

支城ビフレスト副将たる城砦騎士ヘルムート。


そして自らを率いる将の下、心を一つに

拠り合わせ強大なる敵に立ち向かっていく

ゼルミーラ戦闘中隊残存戦力17名。


先刻の大鑷頭への攻め手と同様にヘルムートが

単騎で左翼となり、戦闘中隊たる精兵17名が

高次密集陣で右翼となる角度の浅い二正面攻撃

の構えを取っていた。



城砦騎士ヘルムートのこの攻め手は、

決して間違ったものではなかった。


成しうる限り理と知を尽くして得た最適解だ。

しかも先刻、さらに数月前に同種の状況でも

用いられ成果を得ている。判断の正しさに

疑念を抱く余地などなかった。


だが哀しいかな、彼の判断はどこまでも

人の思考と立場に立脚したものであった。


戦いには常に相手が居る。こちらが

勝を獲るべく知略武略を尽くすとき、

あちらもまた知略武略を尽くして

勝を獲るべく戦っているのだ。


そう、ヘルムートの此度の攻め手には

大ヒルが如何に思考し如何に挙動するか。

そこへの配慮が欠けていた。


人ならざる異形の思考と挙動なぞ幾ら

考えても判るはずもなく、惑うだけ無駄だ

と端から切り捨てて掛かっていたのだ。


それゆえ東端の大ヒルがヘルムートらに

対してもこれまでと同様の戦闘状況を継承

するであろう、と。


即ち隘路内で防戦一方な護衛班に対するのと

同様に「捕食」を目的とした、恐らくは力加減

を調整した河川へと掻き出すような「薙ぎ払い」

を仕掛けてくる、と。


勝手に思い込んでしまっていた。





ヘルムートの成す此度の攻め手は

三つの要点に立脚していた。



一つ、大ヒル3体の目的が隘路内の軍師と

   護衛班6名の「捕食」にある事。


一つ、大ヒルが隘路全域に散開する形で

   挙動しているため、一度に相手する

   のは隘路東端の1体で済むという事。


一つ、相手が1体であれば総合戦力値では

   こちらが上なため、損害の程度こそ

   読めぬものの勝利は揺るがぬだろう事。



これらは全て真である。

これだけなら全て真ではあるが、

ヘルムートはこれらを元にこう考えた。



隘路東端の大ヒル1体はヘルムートらに

対しても「捕食」を目的とするだろう、と。



だが実際はそうではなかったのだ。

隘路東端の1体はヘルムート以上の精確さで

戦況を分析し、採るべき手立てを思惟していた。


上述した三つの要点はまさに真であり、

大ヒルも同様に然様に理解していた。


そしてヘルムートとの企図するところとは

まったく異なる判断を下していたのだった。





大ヒルは聴覚を以て敵の数を精確に捕捉し、

少なくとも隘路で捕食対象としている7名中

大柄で重厚な6名と同等の新手が18名隘路へ

押し寄せてきた事を知覚していた。


これについて大ヒルは、捕食対象が増えた、と

楽観視はしなかった。隘路内の7名すら捕らえ

喰らうのに手間取っているのだ。それが大挙

18名もやってきたなら、最早餌ではない。

厳然たる紛う事なき身に迫る脅威だ、と。


つまり大ヒルはヘルムートら新手を格下の

捕食対象だと見做みなさなかった。全力で排除

すべき敵であると判断したのだ。


そのため捕食を目的として力加減を調整した

河川へと掻き出すような薙ぎ払いを用いよう

とはしなかった。


総合戦力値で上回る格上の脅威に手加減する

愚を冒す事なく、全身全霊、必殺の一撃を以て

これに当たる事にしたのだった。


大ヒルの有する最大威力の一撃とは何か。

それは、宙高く舞い上がった巨体の有する

大質量を丸ごと敵に叩き付ける、盛大極まる

「押し潰し」であった。





無論誰もヘルムートを責める事などできない。

逼迫ひっぱくした状況下、限られた手札で局面を乗り

切らねばならぬのだ。むしろ即断即決は賞賛

の対象にすら成り得るものだ。


だが決死を覚悟し死中に活路を見出さんとする

ヘルムートらを待ち受けていたのは、ずるりと

一旦河川に沈んで薙ぎ払いに来ると見せ掛けて



ドパァアアアァアアンッッ!!



天地が引っくり返ったような大音と

火山の噴火の如き水飛沫をあげ空を舞う

ぬめりにぬめった漆黒の巨体。


隘路を丸ごと覆い尽くさんと迫る

巨体が地に落とす暗き死の影であった。



呆然と、ただ呆然と。


空を覆い陽光を覆い隠して闇夜の如き

暗がりをもたらすそのぬめった巨躯を、

ヘルムートらは眺めていた。


心が折れる暇すら与えられず、ただ

広大無辺な死が迫っていた。だが。


その手は重盾を掲げるのを止めず

その身は纏う重甲冑を疑わなかった。


死の恐怖なぞ、とうに超えている。

万策及ばず尽きるとも、最後の一兵と

なろうとも、命ある限り戦い抜く。


目には直ぐに意思の炎が宿り



「盾掲げ! 耐え抜けェィッッ!!」



一斉に重盾メナンキュラスを掲げ

厳然と迫る死の影に抗おうとした。





その時、奇跡が起こった。

それは奇跡と言うほかない、

実に幻想的な光景だった。


見上げた視界を覆う黒々とした暗がりの空が

上から下へと真っ二つに割けてゆき、暗がり

の奥から陽光降り注ぐ昼の空が現れたのだ。


自身らへと降り注ぐはずの大ヒルの隘路を覆う

ほどのその巨躯は、唐竹に割けた断面から

無窮の虚空を想わせる蒼の輝きに呑まれ地上

より消滅し、蒼に呑まれず残った巨躯は河川へと

追いやられ派手な水飛沫を上げ沈んでいった。


宙を舞う大ヒルの巨躯が何物かに斬られた、

そう理解する事は辛うじて出来た。だが斬断

された結果降り注ぐべき血飛沫は一切生じず、

隘路の上にはただ光と静寂があった。



否、断じてそれだけではなかった。

彼らは見た。彼らを死地より救った

燦然と輝く奇跡の軌跡を。



兵らは知らず、悲鳴の如く叫んだ。

天駆ける黄金と蒼と白銀の人馬一体へと。




「兵団長閣下!!!!」




地上と水上と、天地の狭間のあらゆる者が

見蕩みとれ身動き出来ぬなか、光輝く人馬一体は

荒野の空で仄かに笑んで言の葉をつむいだ。



「忠勇無双たる勇者らよ。

 よくこの苦境を凌いでくれた。

 後はこのサイアスに譲って頂こう」

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