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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1121/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その六十三

ゼルミーラ戦闘中隊の最精鋭たる6名が

隘路に入って遠からぬ南端に軍師を見出し

合流を果たして存命を確認したその、直後。



ズゥウウウゥウン……ッ!!



と轟音が大地と大気を揺らした。


刹那精兵6名は弾け飛ぶように散開。

負傷して動けぬ軍師を中心とした円陣を

構築しそれぞれがそれぞれの正面へと備えた。



不意の轟音は陽動の常道。音源を囮とした

奇襲攪乱(かくらん)の一手であろう、そう考えるのが

防衛主軍たる彼らである。雁首揃えて音を

追わずに必要十分な対処を取った。



「大鑷頭が灌木に落ちた。

 裏返ってのびているようだが」


と南東を警戒する精兵が報じた。



「欺瞞だろう」


「だろうな、食えんヤツだ」


「味は悪くないぞ。ササミのようだ」


「こいつらは……」



隙を見せぬも口は出す精兵らに

軍師は痛みに顰めた顔をさらに顰めた。

と、そこに



ウォオォオオオオオオオッ!!



と本隊が戦闘態勢で雄たけびを上げ、

大鑷頭が跳び起きて吠え返した。



「さて、どうするかな……」



北を警戒する精兵が呟いた。

川面がところどころ黒ずんでいるのを

見止め、声の調子は下がり気味だった。





「本隊が鑷頭の気を引いてくれている間に

 決めねばな。合流に関しては無理そうだが」


と南東の精兵。


本隊の気勢は囮の意味合いもあるのだと、

平素共に訓練する間柄なため気付いていた。



「あの鑷頭の戦力指数は概ね14。

 当班が総出で相打ちってとこにゃ」



鑷頭の戦力値は14の二乗たる196。

精兵6名は揃って戦力指数6なため

戦力値は36の6倍たる216。


差額が20であり平方根は概ね4.47だ。

これは精兵1名の戦力指数より低く、総じて

5名戦死1名負傷が関の山との見立てであった。


もっとも実際は負傷した軍師をかばいながら

の戦闘となるため、総出で当たる事は困難だ。

そして5名以下で臨んだ場合はほぼ確実に

殲滅され得る相手であった。



「なら戦域離脱しかない」


「そうだな。一旦隘路を

 西に抜けるか。軍師殿、失礼」



西の精兵が南の精兵に頷いて

ボロ雑巾の如きケープとローブな

軍師をひょいと小脇に抱えた。


「これは、何と言うか……」


と東の精兵。



「うむ、気分はゴミ出しだ」


「お前!

 失礼にもほどがあるニャ!」


「ハハハ。

 怒鳴る元気があるうちは大丈夫ですな」

 


励ましているつもりで逆鱗に触れつつ

精兵らは隘路を脱出すべく西へと駆け始めた。





編成は西を先頭として2-2-2。

中央2名のうち南側の精兵が軍師を抱え、

それぞれ重甲冑の重みをまるで感じさせぬ

軽快な出だしだ。が、数歩進んだところで

6名揃って大きく後方へと跳び退すさった。



ズシィインッ!!



そのまま駆けていれば占めていた筈の地点には

忽然と、唐突に巨大な壁が立ちはだかっていた。



「クッ、矢張り出たか!」



ぬらりと光る黒壁は河川の水を滴らせ、

振動の余韻を残して滑るように北へと沈んだ。


精兵らはその間隙を縫って一息に西へ、

隘路の出口への距離を稼ごうとしたが、

たたらを踏んで東へと跳び退った。



「2体? いや、3体か……ッ!!」



跳び退った東方のさらに東手から黒壁が

横殴りに迫ってきて、後方を護る2名が

派手に錐揉みしつつ南西へと吹き飛んだ。





東から薙ぎ払われて南寄りに吹き飛ぶのは

それが制御された挙動である事を示している。

事実吹き飛ばされた精兵2名は転倒なく着地。

重盾を構え追撃に備えていた。


大地に足付け踏ん張ったのでは助からぬと

みた咄嗟の判断で事前に跳躍し、被弾による

衝撃を最小限に留めるための高等技術であった。


残る4名の精兵は西への転進を諦めて

先の2名同様隘路の南端へと駆けた。


これを追って西からも横殴りの黒壁が

ごぅと唸って迫ったが、先刻同様前列な

2名を錐揉みで吹っ飛ばすのみ。


有意な損耗を与えるには及ばなかった。


戦闘状況における時間単位で

1拍にも満たぬ間に3撃。


巨躯相応の膂力を誇るが動作としては緩慢な

部類に入るその黒壁は、予測の通り3枚だった。

いや、3本と言うべきであろう。河川より

そびえ立って見える部分だけでも

幅より丈がある風だった。



北方河川に潜むうちでも特異なまでの巨躯を

誇るその異形は、専ら屍食性であるという。


ただし相手が弱すぎる場合はいちいち屍になる

のを待つ気はないようで、魚人にすら劣る人や

馬などはそれはもう嬉々として襲い踊り食らう。


巨躯から明らかな圧倒的な質量を活かした

縦への叩きつけと横への薙ぎ払いを主武器とし、

大型馬車を丸ごと潰して河川に沈める事もある。


荒野に中央城砦が出来てより100年余、

北往路を往く兵馬らに最も恐れられてきた

河川の眷属であり、絶対強者たる城砦騎士に

匹敵する戦力指数を誇る事から騎士の敵として

も広く知られる大形おおぎょうの異形。


大ヒル。


それも大鑷頭同様体長2オッピに

迫ろうかというとびきりの大物。


それが、3体。


並んでゆらりとその身を揺らし、

奈落より立ち上る漆黒の篝火の如く

妖しく精兵らを威嚇していた。

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