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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その二十二

じょう」とは古い言葉で「毛抜き」を意味した。

すなわち「鑷頭じょうず」とは「毛抜き頭」といった意味であり、

人体一つ分に近い長さをもつ頭部と、その大半を占める

平たい上下の顎とを持つこの眷属の特徴を評するに正鵠を射た名であり、

ぞんざいな名の多い眷属の中にあって一際異彩を放っていた。


鑷頭の長い頭部の後方には、

頭部とほぼ同等の長さのやや扁平な胴が続いた。

さらにその後方には胴と同程度の長さの尾があった。

いずれも岩のようにゴツゴツと節くれ立った丈夫な外皮に覆われており、

丸太を並べたような胴体の底面四箇所には、全身を支えるには

やや不十分にも見える、太く短い肢が付いていた。


鑷頭は基本的に水中生活者であるため

陸上移動のための機能は最小限とみえ、のらりくらりと這うその動きは

鈍重といって差し支えないものであったが、

相当な重量のある巨体をものともせずにここまで運んでのけた

その膂力は驚異的であり、人と同程度の大きさの魚人を

複数まとめてバリバリと噛み砕く顎の力は言語に絶するところであった。


鑷頭はこれまでに8体の魚人の屍をきれいに平らげ

食した分だけさらに重みを増していた。鑷頭の食欲は飽くことを知らず、

今は大兜の人物が槍にかけて飛ばした色違いの屍に向け、

強引な突進を行っていた。身体を左右に揺すって進む様は

ある種の滑稽さを伴うものであったが、

そこに愛嬌を感じる余裕を持つ者は、少なくともこの場には居なかった。




「目標、鑷頭の頭部。油矢用意!」


サイアスは右手を掲げそう告げた。


「いつでも!」


防壁から応えがあった。


「放て!」


サイアスは右手を鑷頭へと向けた。

フォフォフォンとやや軽い音がして防壁から20矢が飛び立った。


油矢は鏃の後方に厚手の蝋でできた筒を取り付け、筒の内部には

粘土の高い油を満たし、対象に命中した際の衝撃で

円状に拡がって付着するよう工夫の凝らされたものだった。


距離が近いこともあり、20矢は過たず鑷頭を捉えた。

20矢は鑷頭の長い口の上部や後頭部、背といった部位に着弾したが、

3矢を残してものの見事に弾かれてしまった。

残る2矢も刺さったわけではなく、皮革の隙間に挟まっただけ

のようだった。そのため鏃の時点で弾かれた油矢は続く蝋筒を

圧着させることができず、油を対象に付着させるという

本来の目的を十全に果たすことができなかった。結果として、

わずか3矢分の油が後頭部付近に付着したに留まった。



「ふむ、火矢は放棄! 油矢再準備!」


サイアスは防壁に向かってそう告げた。


「了解! ……準備完了!」


ややあって防壁から返答がきた。


「目標、鑷頭上面後頭部! 連射!」


再び20矢が鑷頭へと向かった。距離がかなり縮まったことで、

ほぼ直射に近い有様だった。やや勢いを増した20矢であったが、

これもほぼ全てが弾かれて、わずか3矢が後頭部に残り油を撒いた。

その後防壁からはさらに10数矢が放たれたが、

何れも芳しい結果を残すことはなかった。


「撃ち方やめ! 援護感謝します!」


「済まん! 後は任せるぞ!」


サイアスは浅く振り返って手を上げ守備隊を労うと、

自らの周囲に陣取るロイエたちに話しかけた。



「矢が身体にまで到達していない以上、

 今火を付けてもあのゴツい表皮だけを焦がすだけ。

 あの巨体を止めるには至らないでしょう」


「だな。火矢の中止はまぁ正解だろ」


ラーズが応じた。下手に鑷頭に火を付けたところで、大した効果が

見込めないのであれば、むしろ火だるまが暴れまわることで

攻撃側の被害がいや増すだけだといえた。


「火はトドメ位には使えるかもしれませんが、

 まずは別の攻め手を探しましょう」


サイアスはそう言って松明を右手へと持ち替え、背中の

ホプロンを左手へと滑らせて裏面中央やや左寄りのベルトへ

二の腕を通し、右の縁近くにあるグリップを握った。

ホプロンの裏には数基のグリップと革のベルトが

点在しており、様々な持ち方を可能にしていた。

サイアスはグリップを握った左手にさらに松明をもまとめて握ると、

右手で2本を1本に束ねたジャベリンを掴んだ。


「前に出ます。皆は隙を見つけて仕掛け、弱点の調査を」


「判ったわ。やられんじゃないわよ!」


「手間は掛けねぇさ。任せてくれ」


ロイエとラーズはきっぱりと返答して武器を構えた。

大兜の人物はサイアスに頷き、右手の槍をサイアスへと傾けた。

サイアスは槍にジャベリンをかつりと当てて頷くと、

鑷頭へ向かって歩みだした。

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