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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その六十

大ヒルや鑷頭じょうずといった河川の眷属は大きさ

強さともに個体差が激しい。騎士団ではその

差異が経年数に応じて生じるのだと考えていた。


河川内部の世情など陸の者らには知る由も無い。

が、おそらく生まれて間もない頃は魚人にすら

捕食されるほど脆弱ぜいじゃくで、辛くも生き残び歳月を

経た個体が逆に魚人を喰らう側に回る。


平原の生物の生態系に当てはめた然様な分析が

参謀部では支配的で、大型眷属らが魚人を

恨んだように喰らう理由にもなっているのでは

ないかと見做していた。



とまれ此度のこの鑷頭は通常の個体の倍近い

大きさであり、相応に長い年月を生き抜いた

古兵ふるつわものであろうと思われた。


ゆえに老獪ろうかいにもこうして内陸の小湿原に潜み

獲物がのこのこやってくるその時まで、半ば

休眠しつつ待ち構えていたのだろう。


2オッピ近い巨体が体躯を鞭のようにしならせ

飛び付き噛み付いてくる様は凄絶極まり、

しかも狂乱状態にあるものか、文字通り狂った

ように連続でビチビチと水揚げされる魚の如く

に跳ね襲った。


お陰でマッチョタワーズは息付く暇もなく

恐ろしい勢いで総身の筋肉を活躍させていた。


凡そ鍛錬においては挙動の速度や正確性

といった身的能力に係る側面のみならず、

鍛錬すべき部位への意識の集中や、掛かる

負荷を乗り越え限界を超えようという克己心

等、心的能力に起因する要素もまた重要となる。


端的に言えば動作への真剣度合いが

多大に成果へと反映され得るのだ。


それを思えば一瞬でも気を抜き一度でも

しくじったら異形に喰われるという状況は

言語に絶するプレッシャーとなっている。


けだし筋トレ効果としては今世紀最大級だろう。

今、勇壮なるマッチョらはさらなる高みへ。

マッチョエリートへと羽化しようとしていた。

多分そんな感じだ。無論生還できればの話だが。





「しかし何という猛攻……

 獰猛どうもうを通り越して狂気を感じる」


苦渋の深いヘルムートの声。


大鑷頭の猛攻はペース配分もへったくれも

無い、文字通り狂気の沙汰な暴威であった。



「余程臭かったのですかね」



とフードの目深な軍師が冷徹に一言。


「……」


周囲の面々は何とも言えぬ沈黙に包まれた。



大鑷頭の登場に合わせヘルムートと待機して

いた軍師、そして調査小隊は現地より僅かに

南東へと退いていた。


調査小隊にとっては安全の確保のため。

軍師と騎士ヘルムートにとっては視界と

射線の確保のためだ。



「連中の回避も凄まじい。だが

 これでは迂闊うかつに攻撃できないな」



ひっきりなしに跳び跳ねて

ひっきりなしにねじよじれる。


大鑷頭とマッチョタワーズの成す攻防は余りに

激しく、迂闊に投擲とうてきすれば味方に当て兼ねぬ

状況だ。またあの巨体に有意な損害を与え得る

武器の数、言わば残弾にも限りがあった。


状況打破に最も手っ取り早いのは火を使う事だ。

威力はともかく怯ませる事ができ、状況を改善

せしめるだろう。だが小湿原での火の使用は

これを全面的に禁じられていた。


そして実直なヘルムートは禁じられた行為を

敢えて成そうという発想の持てぬ人物であった。



待機中であった軍師はそうしたヘルムートの

気質を理解していたため、敢えて火を使えとは

提言しなかった。最も早急に対処すべき対策を

示さねばならない。


そしてこの状況でこの軍師が最良と考えた

打開策とは、手鏡を取り出す事であった。





「?? 何を……

 いや、それよりも!

 現地で調査に当たっていた

 軍師の姿が確認できないようだ」


大鑷頭の跳び付きを撓りうねって必死に

避けまくるマッチョタワーズの上からは

何時しかみみしっぽ族な軍師の姿が

消え失せていた。


そして勿論こちらに合流しては居ない。


ヘルムートらが大鑷頭の襲撃を察知して十分な

視界と射線を確保するまでには暫し間があった。


もしやその間にかの軍師はその間に

大鑷頭に喰われてしまったのではないか。


基本的に悲観的なヘルムートは

心底苦痛そうに軍師へと問うた。



「アレは一度目の『撓り』の時点で

 隘路あいろへと吹き飛ばされています」



件の軍師は大鑷頭が垂らした糸の先に括り付け

られた餌のつもりだった鋼兜と小手を手応えも

残さず食いちぎった時点でバランスを崩した。


そして大鑷頭が間髪居れず再度跳び上がり

マッチョタワーズそのものを狙い、彼らが

命懸けで撓って回避した勢いそのままに、

現場の北たる隘路へ吹き飛ばされたとの事だ。



「護衛班、往け!」


「ハッ!!」



マッチョタワーの防衛を担当していた

最精鋭となる精兵6名が命に神速で応じ

重甲冑ながらも疾風の如く駆け去った。


こと守備や救助と言った「護り」に関する

判断は恐ろしく速く躊躇がない。これもまた

第一戦隊戦闘員と城砦騎士らの特色だった。


自身の命に関わる状況では単に必死となる

だけだが、誰か或いは何かを護るとなると

途端に必死以上の力を発揮する。


それが栄えある中央城砦防衛主軍。

城砦騎士団第一戦隊の勇士らだ。

一気にその真価を発揮すべく覚醒した。



「根元の諸君、諸君は何者か!

 諸君は第一戦隊員ではないのか!


 だったらこの程度の負荷、超えてみせよ!

 気合で持ち上げ同朋を救えッ!!」


「グッ、ウォオオォオッッ!!」



ヘルムートの苛烈なる檄に雄叫びで応え、

これまで上体を支え状態を保つ、それだけで

手一杯であったマッチョタワー下部の面々が

一気に奮起。


先端部が激しく暴れ踊って回避するその反動

をもものともせず、倒壊寸前の塔の如き全体の

傾きを一気に、美事に垂直にまで戻してのけた。


大鑷頭の跳び付きから盛大に離脱できた

塔上部の面々は興奮と高揚で下部同様に

雄叫びを上げ、往路に熱狂が迸った。


だがその歓喜の熱は一気に恐怖で上書きされた。


当初は激怒から。以降は逃げるものを追う野性

の本能をも加味して狂乱の極みにあった大鑷頭

は、大いに竿立って離脱したマッチョタワーの

その様にブツリと何かがブチ切れて一旦沈んだ。


刹那、全身全霊、有らん限りの力を振り絞り

極限の先を越える超跳躍を敢行。逃げた獲物を

を追う執念の気迫で一気に荒野の上空へ踊った。



グァアァアッァアア!?



北往路に切羽詰った野太い悲鳴が響き渡った。

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