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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1116/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その五十八

左へと折れる道がある。


曲がり角には潅木が生い茂り

手前と先を視覚的に隔てている。


目的地は曲がり角のすぐ先を南、なのだが

そちらは手前より道幅が狭く色々危険が多い。


ならば道を通らずに、曲がり角の手前から

潅木の壁を跨ぎ、直接目的地に至ればどうか。


小湿原調査隊「ゼルミーラ」に帯同する

城砦軍師の提言とは、要はそういう事だった。



大小の湿原の外縁部に繁茂する潅木群は

低い箇所で四半オッピ。高くて半オッピ強。


倒木や泥炭等と複雑に組み合わさっており

部位による粗密の差が大きく、往く手の眺望を

完全に塞ぐ事は稀。もっとも小湿原の北辺西部

はズーの減少が早かった事もあり繁茂が著しい。


遠方から遠眼鏡で眺める分には地勢の起伏も

ありまるで問題なく先々が見渡せても、いざ

現地に至って潅木と並ぶと背丈が足りずに

よく見えぬ。そういう造りでもあった。


往路は基本的に東西に細長い。そして

現地の道の先行きは隘路となっている。


南北幅が狭い上南北どちらにも潜在的な

危険が存在する。最悪狭所で挟撃される。

そうなったら目も当てられない。


手前は未だ南北幅もあり、東西に続く道なの

だから東西幅もある。隘路よりよっぽどマシな

陣地となり得るわけだ。だからそこから「釣り」

すべしというのは判る。判るのだが装備がない。


ゼルミーラ調査員の携行する資材や備品には

高さ半オッピの潅木を乗り越え直接隘路の南

へと乗り込む橋梁めいたものを組むための

装備が備わってはいなかった。


だが。


彼らは城砦騎士団中兵団員随一

と言える、鋼の肉体を有していた。


その身に蓄え育み鍛え上げた隆々たる筋肉は

あらゆる不可能を可能にする。それを今、

まさに彼らは現実のものとしていたのだった。





ゼルミーラ戦闘中隊を構築する支城大隊の

精兵衆36名のうち最精鋭となる戦力指数6の

猛者ら6名は、潅木を左に、北方河川を正面に

捉えるようにして防衛陣を敷いた。


縦にも横にも嵩張る巨躯な上

重甲冑を纏い大盾に鉄槍。彼らの

一人一人がほぼ1オッピ分の結界だ。


万全の態勢と意識を以て背後に聳える

黄金の鉄の塊の如き筋肉と重甲冑の

コラボな何物かを護った。


極力背後の様子を見ないようにしているのは

無論任務に支障を来たさないためだ。決して

関わりたくないがためではない、はずだ。


彼らの背後ではおーえい、おーえいと掛け声も

賑やかに、地上高4オッピ近い人体練成の塔が

意外な程がっしりと荘厳に聳え立っていた。


単に聳え立つだけならば、彼らの屈強なる

肉体を持ってすれば造作も無い事。そして

問題はここからだった。



「よし! では諸君!

 ゆっくりと、だが着実に!

 そろそろっと西へしなるのだ!」


「応ッッ!!」


指揮官ヘルムートは平素訓練に用いる鳴子を

ピッピピッピと吹き鳴らし、指呼確認しつつ

マッチョタワーを西へと傾けさせた。


塔の縦への連結部位が肩車を基調としている

ために可動性は悪くなく、各段は数名で筒状を

成しているためポキリと折れてしまう事もない。


意外なほど、誠に遺憾ながら意外なほどに

柔軟な屈曲を示し、さながら生き物の如く

マッチョタワーはぐにゃりとしなった。


その様は白銀に輝く大ヒルの如し。

よくみるとプルプル震えているところも

大ヒルのプリプリな表皮をよく再現していた。



「よし! 補助員、支えい!」


「応ッッ!!」



命じられるが早いか鉄火の如くに待機組な

精兵らが飛び出して、塔がぼきりと折れて

しまわぬよう、折れ曲がりの下方に入り、

肩車しつつ支柱と化した。



「うむ! 土台及び下部は安定した!

 諸君! その鍛え上げた筋肉に懸けて

 その態勢を是が非でも維持せよ!」


「ゥオォオオゥッッ!!」



気迫に満ちた雄叫びか悲憤に満ちた絶叫か

よく判らぬがとにかく野太い声を張り上げ

これに応じるマッチョタワーズ。


とにかくこれにて潅木の繁茂する曲がり角を

無視して直接隘路南部へと到達するための

橋梁が仕上がった。のだが。



この後一体どうする気なのか。





とりあえず軍師の策に乗ってみた。


乗ってはみたが、策が余りに出鱈目過ぎて

そこでまず引っかかりまくったがゆえに

続きを聞いていなかった。


やっちまった。


しかも後戻り不可。


控え目に言っても致命的にやらかした感

アリアリのヘルムートは。そんな感じで

青い顔をして軍師へと問い掛けた。



「……さて。ここからどうするのかね?」



根が実直なため狼狽が表に出易いヘルムート。

配下に動揺がバレぬよう、城代ロミュオーの

気取った口調を真似てごまかした。


嗚呼、されど、やんぬるかな。


彼はこれまでに何度も同じ手を使っていた。

お陰でむしろそれで配下に危機的状況がバレた。


第一戦隊戦闘員は皆鋼の肉体を誇り抜群の

身的能力を有すのだが、こと心的能力に

関しては人並であった。


マッチョタワーに走る動揺、そして戦慄。

そもそもコレどうやって起き上がるのか。

等々12時の鐘が鳴り魔法の解けた童話の

如くになんなんとする気配が。だが



「ではちょいと失礼するニャ」



と最早猫っぽさを欠片も隠そうともせぬ

魅惑のけもみみにけもしっぽ。言わば

みみしっぽ族な城砦軍師。


別体な支柱を成している肩車の辺りから

ひょひょいと身軽にマッチョタワーによじ登り、

ひたひたとその上を歩いて先端に向かった。



「ッッ!!」



声にならぬ一驚を示すマッチョタワーズ。

意外な程に拒否感がない。いやむしろ……



「踏んじゃって御免なさいニャ」


「どうぞどうぞ喜んでッッ!!」



どうやらご褒美であるようだ。

これにて塔の倒壊の危機は去った。





盛大に無茶な筋肉フル稼働を成す筋肉の群れ

にとって、小柄で華奢なにゃんこ軍師の一人

や二人、小鳥が止まったようなものだ。


むしろ喜び勇んで鼻歌を歌いだしそうな有様で

足場プレイに励むマッチョタワーズを文字通り

尻目にして最先端へと至った軍師。

早速周囲を見渡した。


試算の通り、繁茂しきった潅木の高さを厚みを

超えて隘路の南手の小湿原沿岸へと迫っている。


眼下の潅木はまばらで丈も低く、むしろ倒木や

蘚苔に満ちた表層をもつ泥炭に満ちており、

さらに極自然な、清澄な色味の水面がそこはか

となく見え隠れしていた。


ただ一方で、妙に気配が澱んでいるようにも

感じた。これは野生の勘の類だ。もしかしたら

女の勘、かも知れなかった。


眼下への警戒感を保ったまま北の北方河川を

見やったなら、矢張り、とでもいうべきか。

河岸の遠からぬ位置にこちらの様子を窺う

らしき大きな影がいくつも在って、水面を

どんよりと黒ずませていた。


軍師は腰のベルトに吊るした小袋を引き抜き、

足場な重甲冑の角にゴチリとぶつけて河川へと

投げた。ゆるりと放物線を描いて飛んだ小袋は

着水寸前で派手にボワッと燃え盛り、様子を

窺っていた影は散り散りとなった。


「フン、おととはおととい来やがれニャ」


とボソリ呟くと今度は背中をゴソゴソと。

すると背負っていたらしき釣竿が現れた。


「まずは小手調べニャ」


そういうと軍師は身に付けていた右の革手袋

を外し、竿から延びる糸の先に括り付けて、

眼下の小湿原外縁部表面スレスレで

ブラブラと右往左往させ始めた。

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