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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1112/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その五十四

此度の合同作戦を経て、魔と魔の軍勢は

南西丘陵における橋頭堡と新軍事境界線の

構築によって得た南往路を失った。


平原侵攻を成すべき大規模な異形の軍団を

集結させるための陸の経路を失った事で、

これまでは囮の餌箱への誘引を主として抑制

されていた平原侵攻を物理的に遮断された訳だ。


無論規模や強度が魔軍の侵攻を遮断するに

必要十分なものであるかは未だ検証不足では

あるが、一旦壁が出来てしまえばあとは裏から

幾らでも補強できる。


いっそ南方の断崖絶壁と同規模にまで発展

させるのも良いだろう。対異形に使えぬ兵員

なら数万規模で動員できる連合軍にとっては

けして不可能な事でもなかった。


つまり。総じて退魔の楔作戦により中央城砦が

建造されてより100年余の間は、魔軍による

平原侵攻は「起きなかった」のに対し、今後は

平原侵攻を「起こせなくなった」とも言い得る。





いやより精確を期すならば、平原侵攻の際には

残る北往路を用いるしかないという事だ。だが

北往路は中央城砦と城砦騎士団が抑えている。


荒野に在りて世を統べる魔は現状唯一の例外を

除き、黒の月、闇夜の最中現世に顕現し束の間

の遊興に耽る事を望む。


祭の出し物は盛大なほどよく、余興も派手な

ほど好ましい。人の身で魔の意を量る事など

できはしないが、少なくともそういう志向の

魔が在ったならば、平原侵攻の意向をより

露として城砦騎士団と対峙するだろう。


帰結としてこれまでは囮の餌箱としての意義が

支配的であった城砦騎士団に、正真の意味で

絶対防衛ラインとしての価値が付与される。


中央城砦を餌場遊び場ではなく、より良い

餌場遊び場へ向かうための障害物と見做す向き

が増すだろうという事だ。


平原を魔軍の侵攻から守るという防波堤として

の役目が益々苛烈に問われてくる可能性がある。

騎士団としては平原の連合軍程には浮かれる訳

にもいかなかった。


また懸念すべき事象は他にも在った。


騎士団上層部としてはかのアンズーの語った

「カミハトキヲモタヌ」という言葉、この

真意を未だ見いだせては居なかった。


これが仮に「神は時を持たぬ」であるとして、

その神とはアンズーらの主たる奸智公爵を指す

のかそれとも生みの親たる百頭伯爵を指すのか、

はたまた別の魔か魔全体を指すのか。


そして時を持たぬとはどういう意味か。

何も確かなところは判らなかった。ただし

常に最悪の事態を想定しておかねばならない。

その最悪の事態とは何であるかも、杳として

捉え難いのではあるが。





とまれ煩悶し杞憂するのは幹部らの仕事だ。

末端の兵にはそうした心労は必要ない。全体

として見たならば、城砦騎士団は緒戦連勝の

高揚感に包まれていた。


また此度の軍事展開では多くの建造物が

設けられていた。人の寿命は数十年。

荒野であれば一年もたぬ事の方が多い。

だが建造物は人の寿命をはるかに超えて

世に在り続け得る。


そこに人は歴史を感じる。そしてそうした

建造物の敷設に関わる事で、自らの戦いもまた

人の歴史の1ページを彩っているのだと、強く

意識する者が増えた。


この事は城砦騎士団のみならず平原西方諸国

連合軍にも色濃く見られ、全体として人の

軍勢の士気は非常に高くなっていた。


今中央城砦北東域の支城ビフレスト北城郭より

出立しようとする一隊も、目に見えて意気軒昂

にして気炎万丈、とにかく明るい雰囲気に

満ちていた。





此度の連合軍との合同作戦における最後の

作戦「ゼルミーラ」。小湿原の水質を中心と

した調査を主任務とするこの作戦に赴くのは

一個中隊50名。


連日の作戦に比せば隊の規模こそ小さいが

いずれ劣らぬ屈強な体格の持ち主が重甲冑を

纏っている。体積勝負ならそう引けをとる

ものでもなかった。


50名の内訳は36名が第一戦隊支城大隊

精兵衆。精兵衆は戦力指数が3から6と規定

されており、此度の任務には最精鋭の6の者が

6名。残りは4が24名と3が6名であった。


第一戦隊では平素より戦力指数による班分けを

徹底している。これは大隊内でも同様で、同じ

班では長以外、皆同値の戦力指数となるように

編成されていた。


主な理由は戦列歩兵であるからだ。


ずらりと大盾を連ねても、一か所綻びがあった

なら、そこから突破されてしまう。ゆえに

密集陣ファランクスで最右翼を担う班長以外は皆同じ値とし、

装備も練度も揃えてあった。


さらに可能なら体格すらも揃え、とにかく

敵が付け入る隙の生れぬよう調整してあった。


此度の編成では6名1班を6つとしていた。

戦力指数6の者が班長を務め4の者が4名付く。

そして育成枠として此度の任に是非にと帯同を

希望した戦力指数3の6名を1名ずつ加える。


第一戦隊戦闘員は身的能力がずば抜けて高い。

戦力指数には身的能力の平均値と戦闘技能の

乗算を基とするため、逆説的に3の6名は

戦闘技能が未だ低い、言いかえれば実戦経験

が少ない者らだ。


他戦隊なら戦力指数3は実戦経験の豊富な

玄人であるのだが、第一戦隊に限っては

3でも新米な事が多い。それだけ体躯が

秀でている証左でもあった。


残る14名のうち13名は中央城砦より本作戦の

ために派遣されてきた人員で、観測作業を主管

する参謀部所属城砦軍師2名、万一に備えて

祈祷師1名。加えて器具等のの操作を請け負う

第三戦隊所属の工兵10名となっていた。


総じて戦闘要員として精兵36名。

調査員として中央城砦より13名。

これを城砦騎士ヘルムートが率いる。

これが此度のゼルミーラ作戦の本隊であった。





「では閣下、出立いたします」


ヘルムートは城主シベリウスに敬礼した。


「うむ。武運を」


とシベリウス。


調査任務に赴く者に適切かはともかく、

実に彼らしい応答であった。



「櫓から状況は逐次見守っております。

 救援は最速の時宜にお届けしますが

 決して無理は成されぬよう」


「ふむ、そういう相手が出そうですか」



城代にして軍師たるロミュオーに

問い掛けるヘルムート。



「何とも言えませんな……

 我らが無視し得るのはズーと魚人のみです。

 北方河川には多くの異形がおりますし、

 小湿原に未知の異形が居る可能性もあります。


 まぁ最も可能性が高いのは縦長と

 ハイランダーでしょうか」


「ハイランダーというと、

 魔笛作戦で出現した希少種でしたか?」


「然様です。

 一応かの者を上回る戦力値で編成しては

 おりますが、それも1体であればの話。

 奇襲や連携もあり得ますのでご用心ください」


「了解です。では」



ヘルムートは自身の中隊を振り返り頷いた。


「進発だ」

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